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輪廻の歌 5話 歌柱

 真っ白くまばゆい閃光が俺の目を焼いた。

 光が四方に飛び散り、ゆっくり周囲に溶け込んでいったあと。

 視界にようやく、じわじわと無残な光景が浮かび上がってきた。

 ぽっかりあいた大穴。

 穴の先にべったり広がる宵闇。 

 大きく破壊された木の洞から、外の寒気がびゅうびゅう流れ込んでいる。

 メニスの少女の姿は……見えない。

 どこにも。どこにも――。

 俺の両手が勝手に肩の上に上がり。口から恐ろしい笑い声が飛び出した。  


『わははははは! さあ、メニスの肉を拾おうぞ!』 


 大穴に向かってゆっくり歩き出した俺の体のそばに、影の塊がゆらゆら近づいてくる。


 来るな……来るな!


 叫ぼうとしても声が出ない。俺は心の中で念じた。


 いやだ! いやだ! 入って来るな――!


 俺は必死に念じ続けた。

 こわくて哀しくて、頭がどうにかなってしまいそうだったけど、強く念じ続けた。

 バーリアルをこの体に入れてなるものかと。

 光の玉が俺の――我が師の胸に触れ、ずぶずぶ入りかけたそのとき。

 体がぶわっと虹色に光りだした。 


 来るな――!


『ぐあっ?!』


 虹色の光に触れたバーリアルがひどく身震いする。

 とたんに閉じかけた扉をなんとかこじ開けるような感覚がして。

 俺の口から、俺自身の言葉がほとばしった。


「ちく……しょう! ちくしょう! 来るなあああ!」


 こわくてたまらなかった。

 自分がやってしまったことが恐ろしくてたまらなかった。

 俺は渾身の力をこめて虹色に輝く右手を無理やり動かし、影の塊に向かって突き出した。


『討ち放て! 光の矢!』


 これまでに覚えた攻撃と呪いの韻律が、次から次へと頭の中によぎってきて。


『引き裂け! 鋼の帯!』


 無我夢中で唱えていた。  


『吠えよ! 天の光!』


 必死で唱えていた。


『吐き出せ! 深淵の息吹!』


 何度も、何度も、唱えていた。


『凍りつけ! 蒼の咆哮!』


 ……消したかったからだ。

 

 自分がしてしまったことを。あとかたもなく消したかったからだ……。


 だから俺は、唱え続けた。

 憎いバーリアルが木の洞にびたりと貼りつけられ。すさまじい悲鳴を上げ。ぶちぶちにちぎれても。

 俺は、唱え続けた。

 声が枯れても唱え続けた。

 魔力が無くなっても叫び続けた。


「消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろおおお!!!!」


――「ぺぺ! もういい! やめろ! そいつを輪廻させたらだめだ!」


 目覚めた兄弟子さまが俺の腰にがしりとタックルをかけて。

 地に押し倒すまで。


 



 気づくと――。

 僕は落ち葉の絨毯の上に寝かされていました。

 やぶれた灰色の衣が脱がされてそばに畳まれて置いてあり、我が師の黒衣の上に草で編んだ服をかぶせて着せられています。

 兄弟子さまが籠から取り出して着せてくれたのでしょう。

 半身を起こすと、ずきりと後頭部に痛みが走りました。ひどいたんこぶができています。

 どうやら兄弟子さまに倒された瞬間、頭を打って気を失ってしまったようです。

 すぐ近くには、ほのかに光を放っている籠……。

 いまいましいことに、バーリアルはまたもとのように封じられていました。

 喋らないのは僕が放ったありったけの韻律で瀕死になっているからでしょう。

 兄弟子さまはどこに?

 僕はよろよろ歩いて大穴があいた木の洞から出ました。

 外は、吹雪でした。風と雪が吹き荒れていて、恐ろしい寒さです。

 僕が吹き飛ばした幹の残骸は、恐ろしく広範囲に飛び散っていました。

 寒さではなく恐怖のせいで、僕の全身がぶるぶる震えました。

 

 なんてことを……僕はなんてことを……!

 

 兄弟子さまは大穴のすぐ近くにいました。

 籠から出した黒き衣をはおっており、幹の破片が山のように積み重なったところにしゃがみこんでいます。

 まさか。

 まさか。

 その下に?


「あ、兄弟子さま……」

「あ、ぺぺ。起きたか?」

「ご、ごめんなさい!」

「いや、バーリアルの結界が解けたのは俺が動けなくなっちまったせいだ。ほんとすまねえ」

「そ、そこに……?」

「ん。埋まって――」


 返事を聞く前に僕は破片の山に飛びつきました。

 その山には、少女の家具の破片がたくさん混じっていました。

 祈るような気持ちで瓦礫を取り払っていくと、瓦礫の下からまっ白な手足が垣間見えました。

 真珠のようにほんのり光る白い肌を見て、兄弟子さまがホッと息をつきました。


「おお、この子、だれかに加護の結界をかけられてるぞ。母親のしわざか? 肌がほんのり光ってるのはそのせいだ。おかげでかすり傷ひとつ負ってないぜ」

 

 でも、息は? 呼吸は?


「うーん。意識の方はやばいかもな」 


 そんな……お願いだから……頼むから……


――ちるりりりり


 吹きすさぶ風の音に混じって、笛の音のような音が聞こえてきました。

 鳥のさえずりです。

 ちるりりりり

 少女の鳥たちが……鉄の鳥たちが飛んできたのです。

 大木が吹き飛んだ爆音を聞いて、夜のまどろみから覚めたのでしょう。

 次から次へと飛んできた鳥たちは、あっという間に群れなして、雪が吹き荒れる空をぐるぐる飛び回りました。

 悲しげに鳴く鳥たちの下で、僕らは瓦礫の山をすっかり取り除きました。

 メニスの少女の顔が現れると。兄弟子さまは頭を横に振って深いため息をつきました。


「……がんばってみるわ」 


 がんばってみるって……それって……


「体は大丈夫だが、魂が抜けちまってる。引き戻すぜ」


 蒼ざめる僕の肩をなぐさめるように叩いた兄弟子さまは、右手にぽうっと青白い光の玉を灯らせて、はてしなく長い韻律を詠唱しました。

 始めのおどろおどろしい部分を聞いただけで、「禁忌」とわかる呪文でした。

 青白い玉がぱりぱりと放電し始め。玉の色がじわじわ変化して黄金色になったとき。


「さあ、体へ戻る道しるべを作ったぞ。帰ってこい!」


 兄弟子さまは手のひらに乗せた玉を少女の額の上にかざしました。

 次の瞬間――

 どおんと、はるか前方から恐ろしい爆音が響き渡りました。


「う」「え?」


 何かが、雪の積もった地を一直線に走ってきます。

 雪が舞い上がり、その周囲で渦巻いています。

 これは……何かの波動? 地走り?

 一瞬でやってきたその突風の息吹に、僕らはあっけなく吹き飛ばされました。


「な?!」

「ちょ……待ったあああ! せっかく本気出して、黄泉帰り玉を作ったのにいい!」


 兄弟子さまの手の上にあった黄金の玉がぱりんと音をたてて砕け散りました。

 僕らの体は空高くに放り上げられ。ぐるぐる回転し。きりもみしました。

 天と地が幾度も逆になり。そして上昇が止まり……。

 僕らは落ちました。悲しげに鳴く鳥たちの間をすりぬけて、まっさかさまに落ちました。

 積もった雪が削られているその始まりのところに、暗い人影があります。

 僕らはその人影のまん前に、どどっと折り重なって倒れ落ちました。


「……これは、どういうことだ?」 


 人影から、突き刺すような厳しい声が放たれました。


「我が娘に何をした? 答えよ不埒者!」


 僕は震え上がりながらその人の足元を見つめました。

 長い衣の裾がじわじわと炎のように輝いていました。  

 淡い灰色に――。





「鳥たちがあわてて報せに来た。我が家が破壊されているとはどういうことだ? おまえたちは何者だ?」


 灰色の衣をまとった人――メニスの少女の母親は、僕らの前に仁王立ちになって問うてきました。

 目を見張るほどとても美しい女性です。

 まだ二十代半ばかそれぐらいの若い人にしか見えません。

 まっ白な肌は真珠のように淡く輝き、大きな紫の瞳は怒りに爛々と燃えています。

 突風に長くたなびく銀の髪。まるで恐ろしい冬将軍のような神々しさ……


「その衣は黒き導師のものだな? ということはひとりは導師か。もうひとりはなんだ?」

「ごめ……んなさい。ごめんなさい!」


 灰色の導師に圧倒された僕は、堰を切ったように叫んでいました。


「僕のせいです! 僕が……僕が! あの子を吹き飛ばしてしまって……!」


 兄弟子さまがいなかったら、僕は一瞬で消し炭にされていたことでしょう。


「なんだと? 去ね! 不埒者!」

「ちょっと待ったー!」


 兄弟子さまがとっさに張ってくれた結界が、灰色の導師が怒りに任せて放った氷の息吹を左右に散らしてくれました。

 びゅおおおおとものすごい音が僕らの左右を吹き抜けていき。あっという間に巨大な霜柱がガチガチ生え昇り。壁のようにそそり立ちました。


「たんま! お願い! 言い訳きいて!」

「問答無用!」

「バーリアルが出たんだってば!」

「なん……だと? 宵の王のことか?」


 もう一度氷の息吹を放とうとした美しい人は、振り上げた右手をひたと止めました。


「そうなの! 乗り移って暴走! だからこいつは悪くないの! 許してやってアミーケ! このとーり!」


 正座してぱしっと頭上で手を合わせる兄弟子さまを、灰色の導師は穴のあくほど見つめました。

 フッとため息をつき。目を細め。美しい人は、ぽそっとつぶやきました。


「……なぜ、その名を知っている?」


 兄弟子さまはきょとんとしました。


「え? いま俺様、名前かなんか呼んだ?」

「思いっきり呼んだが?」


 眉をひそめる灰色の導師を兄弟子さまはまじまじと眺め、それから思い出したようにぽんと手を打ちました。


「あー、俺様、導師になる時たくさん本読んで勉強したのよ。あんたのことも、俺様が読んだふっるい伝承記録に残ってたかも。そんで覚えてたんだな。グライアの神獣とともに北の辺境に姿を消した灰色の導師」

「……我が愛称が記録に乗るはずがない。今のおまえが呼んだ名を知っているのはこの世で唯一人。六枚羽の……」

「えっ? い、いやいや! ちょっと今それどころじゃねえって!」


 兄弟子さまは話の流れを断ち切ってサッと立ち上がり、メニスの少女のもとへ行こうとしました。

 僕も後に続こうとしましたが。

 めざすところをひと目見るや、僕らはおどろいてその場に固まりました。

 灰色の導師が放った地走りはメニスの少女を避け、左右に分かれて迂回して僕らに直撃していました。その雪と土が削られたかなり深い溝が、横たわる少女をぐるりと囲んでいます。

 目を閉じて微動だにしない少女の周囲に、鉄の鳥たちが無数に集まっていました。

 さっき空を飛んでいた時よりもさらにたくさんいます。

 鳥たちはまだまだ飛んできていて、少女の周りに次々と降り立っています。

 

 ちりりりり。ちりりりり。

 

 鳥たちはしきりに鳴き合っていました。

 哀しいニュースを告げあっているのでしょうか。

 鳥たちの声は低くとても悲しげで……泣いていました。

 そのさえずりはあっという間に悲しみの合唱となり、吹き荒れる風雪に乗ってあたりに響きわたりました。

 

 ちりりりり。ちりりりり。


「ごめん……ごめんなさい……」


 早く少女の魂を体に戻さなければ。天上へ吸い込まれてしまう前に。

 でもかたわらにいる兄弟子さまはふうふうと肩で息をしていて、もう一度禁忌の呪文を唱えられそうにありません。まだすっかり回復しないうちに目覚めたので、魔力が尽きかけているのでしょう。


「僕が……僕がやります。僕が道しるべの玉を作ります。兄弟子さま、さっきの韻律教えて下さい」

「え? あれはすぐには覚えられねえぞ。一千行もあるぜ?」

「何千でも何万でも覚えます! お願いします!」

「うえええ、めんどくせええ」


 僕が兄弟子さまの腕を引っ張って一歩踏み出すと。

 灰色の導師が僕らの肩を両手でつかんで引き止めました。


「待て。大丈夫だ」

「はい?」

「鳥たちに任せておけ」


 突如。無数の鳥たちの合唱の音色が変わりました。

 鎮魂歌のような調べが力強くリズミカルになり。ドンドン太鼓を打ちティロティロと笛がころがるようなさえずりが流れ出しました。


「あの子の魂を見つけたようだな」 


 灰色の導師が白く美しい顔をホッと緩めました。


「体のある場所へ誘い始めている」


 鳥たちのさえずりは次第にとても陽気に弾みだし、行進曲のような調べになりました。


 ちりりりっ ちりりりっ

 ちりりりっ ちりりりっ


 僕と兄弟子さまは固唾を呑んで鳥たちの大合唱を見守りました。

 

 モドッテオイデ! モドッテオイデ!

 ココダヨ! ココダヨ!

 コッチ! コッチ!

 

 激しく吹き荒れる風にも。舞い散る雪にも。その歌声は負けませんでした。

 とても強力な魔法の気配があたりに降りてきて、鉄の鳥たちはみなほんのりと輝きだしました。

 その歌声は美しく合わさり、いまや目に見える太い一本の光の柱となって天へうねっています。

 まるで黒き衣の導師が、寺院の舞台で風編みをする時のように……。 


「ペペ、あそこにいる。見えるぞ」


 兄弟子さまが雪の舞う漆黒の天を指差しました。

 たしかに。たしかにいます!

 菫色のきれいな玉が。


「こっちです! あなたの体はここです!」


 僕は叫んで激しく手を振りました。


「ごめんなさい! どうか戻ってきてください!」


 魂の玉は鳥たちの歌柱に引き寄せられるように、雪降る天の高みからゆっくり近づいてきました。

 そして歌柱の中に入り込み、ゆっくりゆっくり降りてきて……

 地に横たわるメニスの少女の中にすうっと入っていきました。

 すると。

 鳥たちは歓喜のさえずりをあげて一斉に飛び立ち、自分たちが作った歌柱のまわりをぐるぐる飛び回りました。

 歌の柱は一瞬ぱあっとまばゆく輝きを放ち。それから周囲にこまかく砕け散りました。

 光の粒が雪と溶け合い、キラキラ舞い落ちてきます。


 オカエリ! オカエリ!


 僕の耳に、飛び回る鳥たちの言葉がはっきり聞こえました。


 オカエリ! オカエリ!  


 少女の手がぴくりと動き。ゆっくりまぶたが開いて……。


「う……」


 薔薇色の口が動きました。


「フィリア!」


 灰色の導師が名前を呼んで近づいて助け起こし、少女を抱きしめました。


「フィリア大丈夫か?」

「お……母様?」


 よかった。よかっ……


 僕の両頬からポタポタ熱いものが落ちてきました。

 恐怖と哀しみのあまり、今まで出る余裕のなかったものが。


「そうかあの子……フィリアっていうんだ……」


 目をしきりに拭いながら、僕は雪の中を舞う鳥たちの群れを見上げました。

 漆黒の天に渦巻く鳥の群れ。

 鉄の鳥たちの喜びの調べは、それから長いこと雪降る空に響き渡っていました。

 雪が止んで。お日さまが出てくるまで。




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