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輪廻の歌 2話 虹色の玉

 おかえりぺぺ……?

 ペペ……


 そうだ、僕は……!

 白い髭をたらした黒衣の人に名を呼ばれて、僕はようやく思い出しました。

 自分が今は何者で、どうなってしまったのかを。

 僕は人間に生まれ変わって。ハヤトの弟子になって。

 危機に陥ったハヤトを助けるために、そのまん前に飛び出して叫んだことを――。



『なんでやねん!』



 湖上の都で、我が師を前に僕は何度も叫びました。

 神聖語で「なんでやねん」と。

 僕の推測では、バーリアルに乗り移られた我が師はその言葉で正気に戻るはずでした。

 なのに。


「うるさいわ。どけ!」

「『なん……』きゅうう! お師匠様っ……な、なんで! や、ね、ん……!」


 神聖語で「なんでやねん」では、まったく効き目がありませんでした。

 僕はバーリアルのかまいたちにあっけなくやられたのです……。



『なんでやねん!……こんな感じでいいのか?』


 僕の目の前に、ウサギの時の記憶がまたふわりと映りました。



『どう? ハヤト。こんなんでいいの? 漫才のツッコミってむずかしいな』

『うまいうまい。えへへ。ぺぺの「なんでやねん」はさー、なんていうかさー、俺への愛に満ちあふれてるっていうかさー、ハヤトかわいい愛してるっていうかさあ、そんな感じだよなー』

『はあ?!』

『愛の告白! なーんちゃって』

『なんでやねん!』

『ふぐっ!』



 ああ……。これ……。そう、これです。

 これこそ我が師が設定した、正気に戻る鍵。


「ちくしょう! あの人、何考えてるんだ!」

 

 どうしてあの人は、僕がウサギの時の記憶を思い出すことに賭けたのでしょうか。

 思い出せない可能性の方が高いのに。

 しかもあんな風にこっぱずかしいことをムリムリ言わせるなんて、とても卑怯です。計画的な犯行のニオイがぷんぷんします。


「愛してる」なんて。


 どう考えても、強制して言わせる言葉じゃないでしょう。

 ちょっと正座させて、とっくりじっくり説教しなければ!


「……って、ここは一体?」


 僕はおろおろと、一面に広がる広大な白雲の波を見渡しました。

 ここはどう見ても、ついさっきまでいた北州の水上の都ではなく、白くて輝いていて暖かいところです。

 ああ、まさかここは――。

 雲の上に座る黒衣の人が深くうなずいてきました。


「そうじゃよ。天と地のはざま、死した魂が集う場所じゃ。ぺぺよ、久しぶりじゃのう。人間の人生はどうだったかね? 楽しかったかね?」





 白い髭の黒衣の人はわっせわっせと白い雲を練り上げ、もこもこの丸い台座を作りあげました。

 見ればふだんから雲の形を変えて、いろいろな家具を作っているようです。 

椅子やテーブル、食器のようなものまで器用に作りこまれています。


「ほれ、模様替えしてやったぞ。ここにおいで」


 くいくいと手招きされたので驚きおののく僕が近づいてみると。とても暖かい手が触れてきました。

 そこでようやく、僕はおのれの姿が光の玉になっていることに気づきました。

 これが魂の様相なのでしょうか。なんとも形容しがたい色の玉です。赤も青も黄色も緑も混じっていて、虹色としか言い表しようがありません。

 丸い雲の台座にすっぽりはまった僕の向かいに、黒衣の人は自分も切り株のような形の雲の椅子を作って座りました。 


「さてペペよ、そろそろ、わしのところに戻るかね?」

「いやです!」


 僕は反射的に答えました。そしてはっきり思い出しました。

 目の前の黒衣の人は、まごうことなく前世の僕を――すなわちウサギのペペを生み出した人だということを。そして僕は前にも一度確かにここに来て、この人に今と全く同じことを聞かれて、全く同じように答えたことを。

 雲の上に座るその人――僕の創造主にして前最長老カラウカス様は、ばつが悪そうに頭をかきました。


「しかしのう、心配でたまらんのじゃわ。おまえさんは我が魂を分けて練りあげた人工魂じゃからなぁ。できれば我が魂に戻してから生まれ変わりたいんじゃ。おまえさん、ほんとにわしのところに戻る気は……」

「ありません!」

「じゃろうなぁ。他のみんなも自我を持ってしまって、おまえさんと同様好き勝手しとる。となればちゃんと普通の魂と同じように輪廻転生を繰り返してくれるのかどうか見届けるのが、わしの務めのような気がしてのう。それでここにしばし腰をおろしておるわけじゃ。つまりわしはおのれの使い魔の創造主として、非常にセキニンを感じとるんじゃ」

「みんなって……」

「アルティメットギルガメッシュニルニルヴァーナや、ブーレイブーレインデードーとか、潮丸一号二号三号とかじゃ。みんなおまえさんとおなじ、わしから生まれたものたちじゃよ。しかしカメは万年生きるでな、いまだここには来ておらん。カナリアだったやつはここに来て渡り鳥に生まれ変わったが、ついこの前またやってきて、今度はペンギンになったわ。小魚どももやってきてな、極地でクジラの仔になっとる。みんな、しごく順調じゃ」

 

 僕の創造主は、ニコニコ顔で聞いてきました。


「なあぺぺよ、人間になって楽しかったかね?」

「は、はい。楽しかったというか、ちゃんとハヤトに会えました。それはよかったと思います」

「転生先を自分で決めることは不可能と思っとったが。おまえさんを見てると、相当強く念じれば、望みのものになれるのかもしれんなぁ。おまえさんはちゃんと人間になれたし、カナリアも鳥が好きらしくて鳥類にばっかり生まれかわっとる。ペペよ、おぬしは今度は何に生まれ変わるのかのう。楽しみじゃ」

「こ、今度はって……僕はここにくるなんて全然思ってなくて……」

「しかしここに来たということは、そういうことじゃよ。今生は終わり。次にいく時が来たのじゃ」

 

 次?!

 そんな!


 微笑むカラウカス様のお顔は、嘘ではないと仰っています。

 寺院のことはまだ何も解決していないのに。

 それに僕が死んだら、我が師は……!


「そ、そんな。僕は今すぐ戻らないと! ハヤトのもとに戻らないと!」


 取り乱したせいで、俺のたがが外れた。



 ぶっつりと。



「たのむ! 今すぐ俺を、も、戻してくれ!」

「おやおや。ようやく地が出たか。ずいぶん猫をかぶっておったのう。しかしそんなにあの子のそばにいたいとは」

「だってあの人、まだひとりで靴紐結べないんだよ?!」


 もうあれはいい大人じゃよ、と俺の創造主が言う。もう親がいなくても大丈夫だと。

 十年間、面倒を見る人がいなくてもいけたのだから、そんなに心配する必要はないと。


「ごらん、輪廻の流れがちょうど見えとるぞ」


 俺の創造主が天を指さす。雲の合間に漆黒の天が見える。藍色の空のまんなかに、とても太い光の大河が流れている。よく見ればそれは、おびただしい数の光の玉のようなものが集まってできている。

 何て美しい……。

 あれは、魂の流れ。光の玉ひとつひとつが魂で、天のきわみに寄り集まっているようだ。

 輝く魂たちは自然にできている光の流れに乗って、ゆったりと運ばれていくのだ。

 次に生まれるところへ。


「いやだ……」


 俺は首を振った。


「いやだ。まだ行けない。俺はハヤトのところへ戻りたいんだ!」

「どうしてそんなにこだわるのかね?」

「だ、だってあの人は……その……」


 「俺」がいちばんはじめにみたものは。


 黒い髪の、男の子――。


「ぺぺよ、どんな理由があろうが輪廻の流れには抗えんぞ?」


 気恥ずかしくて口ごもった俺を、創造主は優しい同情のまなざしで見つめてきた。


「わしみたいに雲に錨を打って、ここに居残ることすらできんだろう。素のままの姿で、人の形をとることもできぬのだから。ほれ、お迎えがきたぞ」

「あっ……!?」

 

 雲がさっと開けて、漆黒の天が頭上いっぱいに広がってくる。

 とたんに光の玉である俺は、雲の台座からふわりと浮きあがった。


「か、カラウカス様! た、助けて!」

「すまんのうペペ。わしの力では、おまえさんを大地へ戻すことはできん」

「そ、そんな! 助けてくれ! ハヤトのところに戻してくれっ」 

「無理じゃというに。わしは万能じゃないんじゃ。おまえさんらを見守ることしかできん」

「いやだ!」

「達者でのうー」

「いやだってばああああー!」


 俺の創造主が手をひらひら振る。

 俺はどんどんどんどん、光の流れの中へと押し上げられていった。

 なすすべもなく。





 まずい。

 まずい。

 そんな――!

 見えない何かの力によって、俺はあっという間に光の大河へ引き寄せられた。

 すでに白い雲間ははるか眼下、手を振るカラウカス様は豆粒のよう。

 あたりを見渡すと、俺だけではなく実にたくさんの光の玉が雲間から浮かび上がっている。

 紅いもの。蒼いもの。銀色のもの。色はそれぞれ様々だが、みんなこの数時間のうちに亡くなった生き物たちの魂だ。

 何とおびただしい数なんだろう。

 動物だけじゃない。きっと植物のものもあるはずだ。

 魂たちは星空よりも密度の濃い光の渦をなし、大きな流れへと一斉に向かっている。

 まずい。ほんとまずい。空の高みのあの魂の流れに乗ってしまったら、俺は完全に「人間のペペ」ではなくなってしまう……!

 俺は必死に抗った。なんとかして下へいこうとした。しかしおのが意志に反して、漆黒の天を流れる光の大河は、どんどんどんどん目の前に近づいてくるばかりだ。 

 抗う俺のそばを、フッと紅い玉がかすめていった。それはとても熱くて、怒りと哀しみに満ち満ちていた。


『アスパシオン、許さない――』


 あ。もしかしてこれは……。


『仇を打てなかった……デクリオン様……デクリオン様……どこですか?会いたい……』


 ユスティアスさま!?

 そういえばあの方は、バーリアルに操られた我が師に一瞬で倒されていた。


『たすけて』

『ああ、俺は死んだのか』

『おかあさん! おかあさんどこ!?』

『いたい……』


 哀しい叫びや泣き声がたくさん聞こえてくる。

 俺の近くにあるということは、水上の都にいた兵士たちや住民たちの魂なんだろう。

 ああ、こんなに。なんていう数なんだ……。

 正気に戻った我が師は、おのれがなした所業に愕然とするにちがいない。しかも俺まで殺したとなれば、あの人は――


「だめだ! もう絶対笑わなくなる。だめだ、そんなの!」


 光の玉の俺にはもう涙は流せない。でももしまだ目があったなら、すすり泣いて涙をぼろぼろこぼしてるところだ。


「いやだハヤト! ハヤト! ハヤト!」


 せっかく。せっかく人間に生まれ変わって、あの人のところに戻ったのに!

 このままでは、あの人をひどく苦しめることになってしまう。


「ハヤト! ハヤト!」  

 

 ついに光の大河に呑まれるというその瞬間。

 

 はるか下の白い雲間が、突然かぽっと二つに割れた。

 豆粒みたいな大きさのカラウカス様が、驚いて飛びのくのが見えた。

 俺もハッと驚いた。

 雲の割れ目から、光の玉がぎゅんと飛んでくる。 

 ものすごい勢いで、流星のごとくまっすぐこちらに向かってくる。

 赤色のような、緑のような、青のような黄色のような、なんとも形容しがたい色の玉。

 虹色の、だれかの魂だ。うっすら人の形をとっていて、髪の長い人なのだとわかる。


『ぺぺ!!』 


 俺はその魂に突撃され、がっちりと抱きしめられた。


『ぺぺ! 見つけた!! まにあった!!』


 まさか。この魂は。

 まさか。

 まさか――。


「ハヤト!!」


 まちがいない。クソオヤジの魂だ。


『帰れ! 地上に帰れ! 死なせない。死なせないからな!』


 うっすら人の形をとる虹色の玉は、ゆらめく光の両腕で俺を包み込んだ。

 暖かい空気で全身を覆われる感覚が襲ってくる。しかしそれは一瞬のことで、その光の人は僕をパッと放した。


『ぺぺ、ごめんな。いたかったろ? ほんとごめんな』


「ま、まて! なにを!?」


『俺の兄ちゃんの言うことをよく聞くんだぞ。わかったな』


「まてクソオヤジ! は、ハヤト! いやだハヤト! はなれないでくれ!」


『心配すんな。秘技っ! 竜巻球(スクリューボール)!』


「ハヤ……!」


 輝く虹色の人は優雅に一回転して、思いっきり俺を蹴り落とした。

 まるで蹴鞠のボールを蹴るように。

 下へ向かって。


「ハヤトおおおお!」


 まじで?!

 蹴る?!

 俺はすさまじい速さで下へ下へと落ちていった。

 おそろしい勢いでぐるぐるぐるぐる回転して、落ちていった。

 目が回った。

 あまりの回転の速さに気が遠のき、ただただ、落ちる感覚だけがしていた。

 落ちて。落ちて。落ちて――。

 永遠に落ち続けるのかと思われたとき。


 すとんと、どこかに収まった。

 

「う……」

 

 ずっしりとした体の感覚。ずきずき痛む頭。鉛のような手足。

 そして。あたりに降りている、とても濃い魔法の気配。

 空気がとても煙たい。何か香のようなものを焚きしめているように、とても甘ったるい匂いがする。


「おお、成功か?!」


 兄弟子さまの声が、耳元で聞こえた。

 俺は……地上に戻ってこれた?

 うっすら目を開けることができるが、なんとなく違和感がある。

 体がとても重く、自分のものではないような気がする。

 ようやく開いた視界に、髭ぼうぼうの人の顔が入ってきた。

 兄弟子さまが僕をのぞきこんでいる。

 周囲はとても暗く、岩だらけ。ここは……どこかの洞窟の中?


「あ、兄弟子さま? ここはいったい? ハヤト……お、お師匠さまは?」

「おお! 大成功じゃん!」


 兄弟子さまが目を輝かせて喜びの声をあげる。


「すげえなあいつ。ほんとにやりやがった」

「え?」


 俺は痛む頭を抱えながらゆっくり起き上がった。

 すると、さらりと長い黒髪が肩に落ちてきた。


 え……? 黒い衣を着ている……?


 おそるおそる、自分の顔をさわって確かめてみる。


「こ、これって……!」

「いやあこの俺様も初めて見たよ、魂転移の術。ハヤトすげえなあ。俺よりすごい導師なんじゃね?」


 これ……俺の顔じゃない。

 手足は大人のものになっていて。黒い衣を着ていて。 

 これはまるっきり……そう、まるっきり……!



「な……なんで俺が、クソオヤジになってるの?!」



 目を見開いて辺りを見渡すと。すぐそばに魔法陣のようなものが描かれており、ひとりの少年が横たえられている。

 胸に深い傷のある、息をしていない少年。

 それこそは。まごうことなく、俺の体――。


「なんで! ど、どうして?!」

「どうしてってそりゃあ、ペペの体はもう死んでるからさ。ピンピンしてる方に入れられるのは、当然だろ?」

「入れられた?!」


 さもなんでもないことのように飄々と答える兄弟子さまに、俺はうろたえ蒼ざめた。


「な……なんで!! どうしてっ!!」

「そりゃあもちろん、ハヤトはペペを助けたかったんだろうに?」

「そんな……そんな! こんなのって!」


 信じられない事態にぶるぶる震えて、俺は俺のものではない顔を両手で覆った。 

 俺は蹴られて、クソオヤジの体に突っ込まれたのだった。

 あいつによって。

 あいつの代わりに――。




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