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アスパシオンの弟子(コンリ版)  作者: 深海
くろがねの歌
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くろがねの歌 12話 常若の少女

 兄弟子様の懐でぬくぬくうとうとしているうちに、朝になりました。

 眠りから覚めても、鳥たちの群れはまだ枝にずらりと止まっています。

 僕は兄弟子様を齧ったり蹴ったりしてなんとか起こしました。目を開けるなり兄弟子様は、


「うわ? なにこれ!」 


 いまさらのようにびっくりなさり。わたわたと木の幹の裏側に隠れて、信じられない光景をおそるおそる眺め上げました。

 いやほんとにいまさらです。

 だって一晩中、鳥たちの包囲の中で眠っていたのですから。


「大鳥グライアを見て集まってきたようですよ。鳥たちがまだくっちゃべっています。どこどこ?って、

うるさいぐらいです」

「人間の状態じゃ、何言ってるか解らんな。しかしどんだけいるのこれ」


 鳥たちは、まだまだ増えてきています。いったいどれだけいるのでしょう。彼らの情報伝達力はすごいものです。


「あー、これまさか、俺のこと神獣だと思われたかな?」


 鳥をまじまじと見ていた兄弟子様が、ぽんと手を打ちました。


「神獣?」

「大昔の古代兵器でな、生物と鋼を合体させた奴らのことさ。そのいっとう最初に作られたのが、グライアを改造したやつだった。そいつはな、鉄の鳥の群れを操って戦ったって話だ」

「でもなんで、その神獣だって思われたんです?」

「よく見てみろよぺぺ。宵闇で暗くて、気づかなかったのか?」


 僕は目を凝らして、朝日のさしこむこずえを見つめました。鳥たちがまぶしい陽光を浴びて輝いて見えます。

 きらきらと。まるで光沢のある金属かなにかのように……。


「え?! 本物の鳥じゃない?!」


 僕は驚いて何度も赤い目をこすりました。オオルリも、ミソサザイも、ムクドリも、まるっきり本物のように見えるのですが、その羽の一枚一枚が金属の輝きを持っているのです。

 集まってきた鳥たちがとても精巧にできている鉄の鳥であるのにようやく気づいて、僕は言葉を失いました。

 もしかして木の洞にいたフクロウも、鉄でできていたのでしょうか。

ああ、いました。ムクドリの群れの隣に止まって、眠そうにあくびをしています。朝になったので眠たくなったのでしょう。その羽はやはり金属で、淡く黄色に輝いています。


「ペペ、こいつらはもともと神獣に操られてた眷属たちなんだろうよ。神獣の姿が記憶に入力されてるもんで、それに似てる俺の姿に反応したんだろうな」

 

 しかし、その鳥たちがどうしてこの北の果ての森に?

 

「ここは北の辺境で、人なんか住んでなくて、超秘境レベルだ。ってことは……」


 兄弟子様は頭をぼりぼり掻いて、ご自分の記憶を掘り起こしました。


「俺が昔、寺院で読んだふっるい歴史の文献にこんな記述があったな。


『グライアの神獣が竜王メルドルークを滅ぼしたのち。

 グライアの眷属は、北の彼方に去りにけり。

 神獣のつがいであった鳥の賢者に導かれ、安住の地を求めけり』。


うーんつまり……この鳥たちが、安住の地を求めた鳥たちってことじゃねえか?」

「それってつまり、この鳥たちは何百年も生きてる、もと兵器ってことですか? 鉄製のものを、生きてるって言えるかどうかわかりませんけど」

「だと思うんだが、しかし故障もなしに何百年も動いてるなんて、ちょっとありえないよなぁ」


 兄弟子様は首を傾げながらそろそろと荷物を引き寄せて、酒の袋の口を開けようとしました。


「ちょっと! 朝から飲まないでください」

「おっと。だめ?」

「だめです。先を急ぎましょう。また鳥になってください」

「え。またグライアになるの? まじで?」

「はい。僕に、考えがあります」


 兄弟子様は荷物を背負い、再び瑠璃色の大鳥に変じました。僕は荷物のてっぺんの司令塔に登り、しがみつきました。大鳥が空へ飛び立つと、木々に止まっていた鉄の鳥たちが一斉に舞い上がり、群れを成してついてきます。思ったとおりです。


「ふむ? で、あの群れをどうするつもりだ、ペペちゃん」

「兄弟子さまが命令したら、その通りに動くと思います。兄弟子さまのことを神獣だと勘違いしてるのなら」

「ちょっとおまえ……」


 兄弟子様はぎろっと目を剥きました。


「自分が何言ってるか解ってるか? それって、古代兵器が大陸中で使われてた時代と同じ戦い方をするってことだぞ。つまり……」

「大陸法典に抵触しようがかまいません」


 僕はきっぱり言いました。


「僕らが相手にするのは古代兵器です。毒は毒をもって制すです!」

 




 具合の良いことに、鉄の鳥たちは僕らのあとをずっとついてきます。

 大鳥グライアは渋い顔をしながらも、ずんずん南下しました。下を見れば、細く続く獣道のようなものを目印にして飛んでいます。


「塩の道だ」


 兄弟子様はこういう道はいっぱいあるのだと仰いました。 


「獣たちがな、塩を舐めるために通る道なんだ。ほら、ちょっと向こうの方にも筋みたいな道が見えるだろ? あれもそうだ。つまりこの道をたどっていけば、いずれ塩のある所に出る。で、塩がある所の近くには――」

「人間の街があるってわけですね?」

「そういうこと。人間が生きてくのに必要なのは、水と食いもんと、それから塩だ。寺院で習ったろ?」


 たしか歴史学を研究されているシレンティウス様が、全体講義の時に仰っていた覚えがあります。

 この星に移住してきた人間たちは、一番始めに塩の採れる水辺の近くに街を作ったのだと。

 塩を求めるのは、人間という種族の本能的な習性であるのだそうです。


「これが五塩基生物のメニスとなると違うんだ。汗すら甘いあいつらは、あっまい岩糖の近くに集落を作るんだそうだ」

「メニス? それって……」


 優等生のリンは、その種族の混血です。人よりも寿命が長い、ということは聞いたことがありますが、汗が甘いというのは初耳です。

 リンは別段他の人と変わらない感じですが、そういえば近づくとほんのり甘い香りがします。何か香をつけているのだと思ってましたけれど、もともとの体臭なのかもしれません。


「人間はな、もともと塩気の多い海で生まれて進化した生き物なんだそうだ。で、メニスは糖分の多い海で生まれて進化したんだろうって言われている。もともとの起源の星が、飴玉みたいなところだったんだろうなぁ。やつらが体から甘露を出すのは、そういうわけかららしい」

「甘露ってなんですか?」

「うんと……まあ、体液だ。巷じゃ、不老不死の秘薬とされてる。でも、どっかで見つけても絶対飲むなよ」

「なぜですか?」

「麻薬と同じ代物らしい。いったん飲めば、それなしには生きられなくなるんだ」


 ぐおん、と大きな風が横殴りに吹いてきました。自然の風ではありません。

 司令塔から落っこちそうになった僕は、とっさに畳まれた黒き衣を掴みました。


 ぐおん。


 またものすごい風が横から吹いてきます。吹っ飛ばされそうになったので、兄弟子様の黒い衣に齧りついてなんとかしのぐと。


「そこのデカ鳥! 止まりなさい!」


 風と共に、りんとした声が響いてきました。

 そこでようやく、大鳥が横から風をあてられていることに気づきました。

 暴風で思わず閉じた目を開けてみれば。

 すぐ真横を、とても大きな鉄の鳥が飛んでいます。銀色に光っていて、その姿形は兄弟子様とそっくり。そう、大鳥グライアの形です。


「とまりなさいったら!」


 僕は仰天しました。その鳥の背には、美しい少女がひとり、またがって乗っていました。

 長い鳶色の髪をなびかせながら。





「こら! そこのグライア! 飛ぶのを止めて」


 鉄の鳥に乗る少女は、半袖の皮の服から出ているまっ白な腕をブンブン振って必死に叫んできました。

 頬を薔薇色に染め、ひどく怒っています。

 風になびいているのは、鳶色の髪だけではなく。

 あれは、スカート……でしょうか? 

 長めの白いスカートがめくれて、その下にあるものが見えそうで見えなくて、なんとももどかしいです。


「えっと、俺のこと?」


 兄弟子様がとぼけた声で答えました。


「あと三日後でだめ? ていうかあんた、鳶色の髪で菫の瞳? ってことは……」

「とぼけないでこの鳥泥棒! 母様の鳥たちを返しなさい!」

 

 鉄の鳥が急接近してきて、大鳥に体当たりしてきました。見事な突撃に、僕はあっけなくふっとばされました。

 荷物と一緒に。兄弟子さまが、悲鳴をあげました。


「俺の酒がああ!」


 大鳥は必死の形相でぎゅんと下へ飛び、酒の袋を追いかけました。

 いや、僕の方を優先して下さい! と叫ぶ間もなく、みるまに地表が近づいてきます。

 こんなところでスカイダイビングする羽目になるとは。何かパラシュートの代わりになる物は?

 ……ありました。僕はすぐそばを落ちていく黒き衣を、口と手足とで掴みました。ぶわっと空気をはらみ、衣がめいっぱいふくらみます。空気の力にひっぱられ、衣ははちきれんばかり。歯がぎりぎり痛みます。手足もいっぱいに引き伸ばされ、ばらばらになりそうです。

 なんとか着地できる……と思った瞬間。僕はサッと下に飛び込んできた鉄の鳥の少女にすくい上げられました。


「あ、ありがとうございます!」


 命拾いしたと思ってお礼をいうなり。少女は僕の両耳をひっつかみ、すぐそばを飛ぶ大鳥に見せつけました。


「さあ、着陸して! でないとこのウサギの顎をガタガタいわせるわよ!」

「ペペ! なんでつかまるんだ!」  


 僕は深い深いため息をつきました。

 兄弟子様、それはあなたが僕よりお酒を優先したせいです……。

 




 後生大事そうに酒の袋を足で抱える大鳥は、美少女の操る鉄の鳥の後についていき、葉の落ちかけた広葉樹の森の中へと降りたちました。

 おびただしい数の鳥たちは大鳥と少女の周囲に降りてきて、葉っぱの落ちた木々の枝に止まり、神妙に様子を伺っています。

 鳶色の髪の少女は僕の耳をぎっちりつかんで離さず。ともかく鳥たちを返せとの一点張りでした。

 大鳥はしばし黙って彼女の主張を聞いていましたが。突然チッと舌打ちをして、人間の姿に戻りました。

たちまち少女は顔を赤らめ、「きゃあ!」と叫んで僕を思わず離し、その場にうずくまりました。


「すみませんごめんなさい!」


 僕は兄弟子様の代わりにあやまりました。

 なにしろ人間に戻った兄弟子様は、一糸まとわぬ姿。

 僕は慌てて黒き衣を探しました。少女に受け止められた時、衣はすっ飛ばされてしまったのですが、幸いなことにすぐ近くの木の枝に引っかかっていました。


「早く何か着てよ!」


 少女は顔を両手で覆っています。


「うっわ、初々しいなー」


 兄弟子様が調子に乗って仁王立ちになっているので、僕は後ろ足で思いっきり、彼のむこうずねを蹴り飛ばしました。

 

「いて! わかったよペペ、お前も仲間に入りたいんだな」

「ち! ちがいますっ! ちょ! やめ! ちょっと!」


――『その言葉は無に帰した』


 こ……のセクハラ導師! 年頃の少女になんという精神攻撃を!

 さらにいやます少女の悲鳴の中。人間に戻された僕は、大事なところを両手で隠しながら、周囲に散らばった荷物のところへ走りました。

 草の服をやっと探し当てて着こんで戻ってみれば。兄弟子様は黒き衣をまとい、とりすました顔で少女の前に胡坐をかいて座っていました。


「いやぁほんとごめんな? 俺の弟子が泣かせちゃってさあ」


 兄弟子様。いつから僕はあなたの弟子になったんですか。もとい、責任転嫁しないでください。


「で、君のお母さんは、神獣グライアのつがいの鳥、じゃないよなぁ? 知り合いかなんか?」


 少女は草の服を着た僕をみると、安心したように息を吐き、げっそりした顔でつぶやきました。


「お母様は、グライアの女王ルーセルフラウレンから鉄の鳥たちの面倒を任されたの。当時から動いてる鳥はもうほとんどいないけど、母様は今も鳥たちを作り続けているわ……」

「へえ、作ってんの!」


 さっきの騒動ですっかり形勢を逆転させた兄弟子様は、とてもえらそうに腕組みをしていましたが、少女の言葉にさすがに目を丸くしました。


「あの森の下で永遠の眠りについてるルーセルフラウレンが、さびしくないようにって。いつでも、鳥たちに囲まれているようにしてあげたいからって」 

「君のお母さん、灰色の導師かなんか? 古代兵器を作れるのは、灰色の技を極めた導師だけだ。だが今はもうその技は失われて、灰色のやつはひとりもいないはずだけど?」


 少女は警戒のまなざしを兄弟子様に向けながら、口を貝のように閉じました。


「君のお母さんて、年いくつかな?」 

「……」


 少女は答えません。兄弟子様はそんなに警戒すんな、と、とてもうさんくさい笑みをひげぼうぼうの顔に浮かべました。


「あんたがメニスの混血だってことは、ひと目でばれてるぜ。鳶色の髪に菫の瞳ときちゃ、まちがいなくそうだろ? 君の母さんは、純血種のメニスで導師だな? 五百歳は下らないんじゃねえの?」

「メニスってそんなに長命なんですか?」


 僕が驚いて声をあげると。

 純血種は約千年生きるらしいぜ、と兄弟子様は肩をすくめました。

 少女は美しい菫色の瞳で僕らを黙って睨んできました。たしかに、彼女は優等生のリンと同じ髪の色、瞳の色です。

それに……。


「いい匂い……」


 僕はくんくんと、鼻をひくつかせました。


「甘い匂いがしますね。リンと同じ匂いだ……」


 ほんのり甘い、蜂蜜のような香りがします。僕が鼻先を近づけると、少女は怯えてさっと後ろにあとずさりました。


「おいおいペペちゃん、今は人間なんだからさ、獣みたいな仕種はやめろよ」


 兄弟子様に言われて僕はハッとしました。ずっとウサギでいたので、動物の仕種が身についてしまったようです。いえ、これは思い出した、と言った方がいいのでしょうか。

 ますます警戒する少女に、兄弟子様は、「頼む!」と、両手をぱんっと合わせました。


「ちょーっとだけ、お母さんの鳥たちを貸してくれないかなぁ? 三日間だけ。ちゃんと返すからさ」

「古代兵器が、暴走しているんです」


 僕はすかさず訴えました。

 バーリアルという人型の鉄の兵士が、とある導師の悪巧みによって動かされていて。金獅子家が統べる北州を蹂躙しようとしていると。いえすでにもう、破壊が始まっているかもしれないと。


「古代兵器には、古代兵器で対抗するのが有効だと思うんです。ですから……」

「……兵器ですって?」


 菫の瞳の少女の顔が、みるみる怒気を帯びてきました。


「はい、ですから古代兵器の鳥たちに協力してもらって、鉄の兵士たちの動きを止められないかと……」


 一所懸命話していた僕は、続きの言葉を喉の奥で飲み込みました。

 少女の顔は赤味を通り越し、いまや真っ青になっていて、わなわなと肩を震わせていたからです。

 少女は叫びました。


「この鳥たちのどこが、兵器ですって?」


 菫の瞳には、涙がいっぱいたまっていました。


「お母様の鳥は、兵器なんかじゃないわ!」


 その涙は透明ではなく、真珠のようにまっ白で。

 甘くかぐわしい芳香を放っていました。




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