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アスパシオンの弟子(コンリ版)  作者: 深海
くろがねの歌
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くろがねの歌 4話 くろがねの兵士

 漁師のメセフの報せは、瞬く間に寺院中に広まりました。

 七人の長老様はただちに会議室へと集い、メセフを呼んで事情をお聞きになりました。

 蒼き衣の弟子たちは、不安と好奇心の混じった顔でわらわらと会議室の前に群がりましたが。


「今回の事は、すぐに公報として掲示板に張り出されます。君たちは待機していなさい」


 ヒアキントス様が冷たい声で仰いながら、弟子たちを共同部屋へ先導誘導してつめ込みました。

 他の導師様たちは、一斉に岩の舞台へ向かわれています。湖に結界を張るのは朝夕の二回。今日はすでに朝の回を終えていますが、念のためにその結界をさらに強固なものにするつもりなのでしょう。

 メセフの言う「兵士ども」が、絶対に湖を渡ってこないように。

 

『今度は追いかけてくるなよ』


 我が師にはそう言われましたが。僕は気が気ではありませんでした。

 相手が軍隊となると、いかな韻律を操る導師とて苦戦するでしょう。

 そわそわ部屋の中を行ったり来たりしていると。


――「街の人々を助けるべきです!」


 回廊から怒鳴り声が響いてきました。

 共同部屋の戸口からそっとのぞいてみれば、黒き衣のユスティアス様が、必死に流行物研究家のデクリオン様に訴えています。


「風編みをするだけなんて! 皆様は、寺院を守ることだけしか頭にないんですか?」

「まだ状況が、皆目分からぬからだ」


 デクリオン様は、壁に拳を打ちつけるユスティアス様をなだめるように、もの柔らかな口調で仰いました。


「まず長老方が透視をなさって、街の状況をご覧になる。街に対する我々の行動は、それから決まるんじゃ」

「でもお師様! こうしている間にも、だれかが傷つけられているんですよ?」


 ユスティアス様はとてもお若い導師です。弟子の時の呼び名はクリフといい、去年までデクリオン様の弟子でした。正義感に溢れる面倒見のよい人で、今でもよく、弟子たちの間で起こるいじめや小競り合いを仲裁してくれます。


「メセフの事情聴取が終わり次第、長老方は舞台に来られる。導師らの全体協議が行われようぞ。そこでおまえの主張を訴えればよい。さあ、おいで」


 デクリオン様は、やるせない表情のユスティアス様の背を押して急かしました。

 お二人の姿が回廊の奥に消えるのを、僕は震えながら眺めました。


『こうしている間にもきっとだれかが……』


 メセフの舟すら焼かれたのです。

 街はいわずもがな。おそらくたくさんの家が焼かれ、多くの人が傷ついているのでしょう。

 ああ、お師匠さま。どうか無事でいてください……!




 

 それから三刻後。岩の舞台で協議していた導師様たちがぞろぞろと、共同部屋に来られました。

 弟子たちは一斉に自分の師のもとに駆け寄り、事情を聞き始めました。

 やはり向こう岸の街は、相当破壊されているようです。


「ユスティアスがガンガン主張してなぁ、参ったわ」


 デクリオン様がご自分の弟子に苦笑混じりに話す声が、回廊から聞こえます。


「やれ救護班を作れだの、結界を一時解いて街の人を寺院に保護しろだの」

「大にいさまは、正義感の強い人ですもんね」


 回廊をのぞいてみれば、デクリオン様は額の冷や汗をぬぐっており、眼鏡をかけた若い弟子がうんうんうなずいています。


「長老様の透視によれば、街は火の海。半分以上丸焼けだそうだ。そして襲ってきた軍隊というのは人間ではないらしい。どうやら、古い遺跡から出てきた、虚ろな魂の一団とのことだ」


 虚ろな魂というのは、古代の遺物のひとつ。体が全部鉄でできた兵士のことです。古い遺跡からしばしば発掘されるもので、生き物ではないのに動きます。

 その動力源は――。


「恐るべき魔力の持ち主が街にやってきたようだなあ。メセフの話じゃ、何百もの鉄の兵士が操られて動いとるそうだ」


 そう。鉄の兵士たちは、韻律の力で動くのです……。

 デクリオン様の言葉に、眼鏡の弟子も、聞き耳を立てる僕も、ごくりと息を呑みました。


「まあ、古代兵器を使用しているとなれば、我ら導師の出番ということだなあ。古代の危険なものは、みな寺院預かりになるか、導師の手で破壊されるべしと大陸法典に定められておるからのう」





 まもなく調理場の前の掲示板に、最長老様がしたためた公報が張り出されました。

 デクリオン様が仰ったとおり、向かいの街が古代兵器を操る何者かに蹂躙されている、とそこには明記されていました。

 その何者かをくいとめるために、導師を五人街へ派遣すること。

 そして、弟子の中から補助役の志願者を募るということも書かれていました。


「弟子は負傷した街の人たちの手当てを手伝い、避難誘導をするべし、か!」


 むろん僕はいの一番に志願しました。何がなんでも、我が師の無事を確認しなくてはなりません。

 しかし脱院の前科持ちに、最長老様は渋いお顔をされました。


「救護活動にかこつけて、勝手なことをするのではあるまいな?」


 僕は絶対に独断で行動しないと誓いましたが、相手は半信半疑の目を向けてくるばかり。

 しかしお若いユスティアス様が口ぞえしてくださり、なんとか街へ行く小船に乗り込むことができました。


「君の気持ちはよく分かる。アスパシオン様が無事であるように祈ろう」


 ユスティアス様は僕の肩を叩いて励ましてくださいました。

 船は寺院所有の小型帆船。船頭はメセフです。

 志願した弟子はたくさんいましたが、船の定員の関係で、僕を含む十五名が選ばれました。

 派遣される導師はお若いユスティアス様と、黒髭の長老バルバトス様、それから魔力随一のヒアキントス様、薬学に詳しいメディキウム様、そして俗世にお詳しいデクリオン様。

 メキドの後見を外されてまだ怒りのさめやらぬバルバトス様と、彼に悪知恵を囁くヒアキントス様が一緒とは。なんだか気になりますが、この人選は最長老様が決めたはずです。偶然でしょうか。

 ああ、そういえばトルからの手紙。このごたごたのせいで、まだ処分してませんでした……。寺院に帰ったら、速攻で焼くなり何なりしなければ。


「これが旅行に行くというのだったら、良かったんだがなぁ」 


 デクリオン様が船べりにもたれて、使命感に燃える「もと弟子」をチラ見しては、ため息をつかれています。

 ユスティアス様は意気揚々と船の舳先に立ち、向こう岸をまっすぐ見据えておられます。デクリオン様は本当は来たくなかったようでしたが、血気にはやる「もと弟子」のお目付けとしてついていくよう、最長老様に命じられたようです。

 

「せめて遺跡巡りのおつとめなら、ささやかな楽しみもあるというものだが」

「遺跡巡り?」

 

 優等生のリンがそれは何ですか、と尋ねました。リンは師のメディキウム様が行くのだから当然自分もと志願して、選ばれた十五人の弟子のうちに入っています。

 

「導師たちは数十年前まで、大陸各地にある遺跡を定期的に見回っていたんじゃ。いったん発掘し終えた遺跡でさらに何かが見つかる、ということがままあったものでな。危険なものほど、地下深くに封印される傾向がある。そいつが地震や何かの弾みで、ひょいと地表に出てくることがよくあったのだよ」

「古代の遺物は、韻律で動くものが多いそうですね。今回のもののように」


 リンが言うと、デクリオン様は深くうなずきました。


「本来なら、作った奴らに始末させるのが筋なのだがな。もうこの世に灰色の導師はおらぬゆえ、我ら黒の導師のお役目になっておるわけだ」


 かつて導師の衣は習得する技に応じて三色あったそうですが、今は黒き衣の導師しか存在しません。古代兵器を次々と創造したといわれる灰色の導師も、癒しの技を司っていたという白の導師も、この大陸から絶えて久しいものです。

 とくに灰色の導師たちは、彼らが生み出した神獣メルドルークを制御できなくなり、この生物兵器に焼き滅ぼされたと言い伝えられています。真実はそうであったかどうか、さだかではありませんが。

 

「百年間異常がなく、何も出てこない遺跡は遺跡巡りから外される。そして現在、見回る必要のある遺跡は一箇所もなくなっていたんだが。街を破壊するのに古代兵器が使われているとなれば、十中八九、どこかの遺跡から掘り出されたものだろうなぁ」


 デクリオン様は船べりから湖を眺めながら、ため息をもらしました。

 

「さて一体、どこの遺跡から掘り出したものやら。遺跡は大陸の三大景勝地近くにいっぱいあってな。おかげで遺跡巡りをすると、観光も一緒に楽しめるという寸法なんじゃ」

 

 大陸三大景勝地。ああそれ、試験に出たのでしっかり覚えました……。

 生命の大樹を擁する妖精の森。黄金砂漠の大渓谷。それから、虹の大滝。

 どれも大陸の大人気スポットで、毎年何十万人と観光客が訪れているそうです。旅行するとなればまずこの三箇所が候補にあがり、誰でも一生に一度は必ず行くのだとか。

 その中のひとつである虹の大滝は、この北の辺境のすぐ近くにあります。

 デクリオン様は導師になりたての時に一度、その大滝の近くの遺跡を見回ったことがあるのだと仰いました。


「大滝はすばらしいぞ。何重もの滝が一斉に流れ落ちとるところに、虹がいくつもいくつもかかっとるんだ。あれはまさに一見の価値がある」

――「今回のものは、大滝の近くの遺跡から来たものでしょうね」


 観光地を思い浮かべてうっとりなさるデクリオン様のそばに、ヒアキントス様がすっと並び。目と鼻の先に近づく向こう岸を冷たいまなざしで見つめました。


「大滝付近の遺跡群はここからかなり近いですし、大規模です。その昔この一帯は統一王国の軍用地で、軍事施設がひしめいていたと伝えられております。今回の鉄の兵士も、きっとその時代のものでしょう」 


 岸が近づいてきました。

 船の上から、僕らは目を凝らしました。

 ガシャガシャという鎧の擦れ合う音とともに、たくさんの鉄の兵士がものすごい速さで動いているのがはっきりと見えます。

 動きは人間のようですが、鎧の中身はからっぽのはず。生き物ではありません。


「あ……!」


 その兵士の群れの中に。


「お、お師匠さま!?」


 我が師の姿が見えました――!

 僕は船べりにがぶりより、身を乗り出しました。

 あの長い黒髪。まちがいなく、我が師です! が……。


――「破壊しろ! なにもかも! うはははは!」


「……えっ?!」


 信じられないことに我が師は。岸辺に仁王立ちで両手をかざして……


「うはははは! 破壊だ! 破壊!!」

「お、お師匠さまっ?!」

 

 我が師がさっと手を振ると。その方向に兵士たちが方向転換して動いていきました。


「そ、そんな! なんで!」


 おそるべき光景に、僕はその場に凍りつきました。

 

 黒き衣の裾をひるがえし。我が師は、鉄の兵士たちを動かしていました。


 不気味な韻律を、声高らかに唱えながら。




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