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風編みの歌 11話 誕生祝

 蹴鞠の儀から、一週間たちました。

 夏至の日に五人の長老様たちは船で湖をお渡りになり。湖の向こうの街から、新しく蒼き衣の弟子となる子たちを引き取ってこられました。

 「捧げ子」と呼ばれるその子供たちが来るのは一年に一度。大陸中の宮廷魔術師たちに推薦されてやってきます。

 魔力の高い子供、そしてとりわけ王族や貴族といった生まれのよい子供でなければ、導師見習いにはまずなれません。各国の王族がこぞって親族を導師にして国へ呼び戻し、還俗させて、将来の国政をよりよいものにしようとするからです。また、公に国の後見役になるのも、大体はその国の王族出身の方々です。

 ちなみに僕は王子でもなんでもなく。湖の向こうの街外れで生まれた、小作人の子。学校などろくに行ってなくて、自分に魔力があるなんて全く自覚してませんでした。しかも周囲からは、虹色の後光の子で前最長老の生まれ変わりとみなされてますが……これは絶対信じられません。

 だって今は、完全に落ちこぼれです。変身術すら、まともにできないぐらい……。


「弟子! ヒアキントスにおすそ分けもらった。一緒に食おう」 


 夕刻。結界を張る風編みを終えた我が師が、ナツメヤシの砂糖漬けを両手いっぱいに抱えて僕の前に現れました。

 ヒアキントス様は北五州地方の大公家のひとつ、蒼鹿家のご出身。ご実家から珍しい食べ物や品物の仕送りをいつもたくさん受けておられます。

 意地汚い我が師のこと、相当ねだってゲットしたに違いありません。


「いりません」

「えっ。弟子、どこか具合でも悪いの?」

「いいえ。お腹いっぱいなので」

「夕餉の前なのに?」

「大丈夫です。ほっといてください」


 心配げに僕の顔を覗き込んでくる我が師。

 この人、いまだに僕のことを十才ぐらいの子供だと思ってるんですよね。声変わりして何年もたつのに。 

 心配はいいから、ちゃんと真面目に講義してくださいよ。僕が落ちこぼれなのは、サボり魔のあなたのせいなんですってば。

 ため息混じりに夕餉の給仕のために調理場に向かっていると。回廊の向こうから、おろしたての蒼き衣を着た子たちがわらわらやって来ました。


「あのう、調理場ってどこですか?」


 先日来たばかりの新しい弟子たちです。


「小食堂におられるお師匠さまに夕餉をもっていくのかな」

「はい! お給仕をするようにいわれました」

「案内するよ。こっちだ」


 僕のあとにぞろぞろと、かわいらしい弟子たちが続きます。

 今年の新入りは七人。寺院にやって来たその日に、この子たちは導師様にお披露目されて、

弟子にしたいと望んだ方々に選び取られました。

 蒼き衣の弟子は一般教養をみなと一緒に覚えると同時に、ひとりの師のもとについて、その師の専攻を学びます。師は己れの得意とする魔法系統や私的な研究分野の後継者を育てる目的で、弟子をとるのです。

 でも。

 弟子の方が、師を選ぶことはできません……。


「うわぁ、みんなちっちゃくてカワイイなぁ」


 先に小食堂へ行って待っていればいいのに、列の一番後ろから、我が師がにこにこしながらついてきます。


「弟子も来たばっかりの頃は、こんなだったよなぁ。超かわいくて」


 我が師は自慢げに新入りの子たちに仰いました。


「俺の弟子はなぁ、導師全員が弟子に欲しがったの。だから公平にクジで決めようってことになってさ、俺が見事に当たりクジひいたんだ」


 ちょ……何言ってんですかぬけぬけと!

 たしかに、「全最長老の生まれ変わり」だという触れ込みの僕を欲しがった導師さまは、それはそれはたくさんおられて。僕の師は、クジ引きで決められましたけど。

 でも、この人は……魔法の気配を隠すのが大得意なこの人は……!


「調理場はここだよ。まずは水差しと杯を運んで」

「はあい」「はーい」「はいっ」


 新入りの弟子たちが調理場の中に姿を消すと。

 僕は深いため息をついて、我が師を睨みつけました。


「ウソつき」

「え? 何が?」

「クジで偶然あたり引いたなんて……」

「表向きはそうじゃん?」


 我が師はけろっとうそぶきました。

 そう……実はこの人、韻律を使って当たりクジを引き寄せて、僕を手に入れたのです。いつものお得意の、魔法の気配を消す魔法を使って。

 この人の弟子になったその日、僕はそのことを本人から嬉々としてバラされて、唖然とした記憶があります。

 ああ、なぜ僕はこんな人に選ばれたのでしょう……。


「あ、えっとさぁ、弟子、夕餉食べたら石の舞台においで」  

「はぁ?」

「ほら俺って星見が専門だろ? たまにはちゃんと星空見ないとな」

「それって、天文学の講義してくれるってことですか?」


 僕の半信半疑の半分すわった目にたじろぎながら、我が師はこくこくと激しくうなずきました。


「す、する……いや、します……どうかさせてください。だからどうかいつもの弟子ちゃんのままでいてっ」





 我が師が講義? 一体どんな風の吹き回しなのでしょう?

 大体星見なんて、半年以上やったためしがありません。我が師の専門が天文学ということすら、僕は忘れかけていたぐらいです。

 まあ、いつもの気まぐれでしょう。どうせすぐに宇宙遊泳だーとか抜かして、浮遊の術で飛び回って遊びだすに決まってます……。


「おいぺぺ」


 上座の席から、金髪のレストが抗議顔でやって来ました。黒肌のラウと数人の取り巻き付きで。


「おまえ、師匠のたかりをやめさせてくれないか? あのナツメヤシは、私の誕生祝いのためにお師さまが取り寄せてくれたんだ。いつも友達に配るのに、私の分しか残らなかったぞ」


 う。レストはヒアキントス様の弟子。しかも出身が同じ蒼鹿家という元貴公子で。それに……。


「レストは気前がいいよな。毎年誕生日にもらう祝いのお菓子を分けてくれるっていうのに。ランジャのナツメヤシを味わえないのは残念だ」


 肩をすくめる黒肌のラウも、南の国の元王子。他の取り巻きもひとかどの家の子たち。たしかに桃色の砂糖漬けのナツメヤシは超高級品……普通の人の口には、なかなか入らないものです。

 レストは自慢げにのたまわりました。


「まあ、今年は苺のグラッセも、お師さまからいただいたから。皆にはそれを配ったけどな」

「レスト! 誕生日おめでとう。これ超上手いな」


 食堂のあちこちから、レストへ祝いの言葉が飛んできます。見れば彼と仲良い友人たちが、ルビーのようなきらきらするお菓子を頬張っています。

 レストは、「これからお師さまが湖の岸辺でお祝いに光魔法を見せてくださるのだ」と友人たちを誘いました。寺院で随一の魔力を持つヒアキントス様の韻律が見られるとあって、親しい友人たちは歓声しきり。


「レストのお師匠様はさすがだな」

「お菓子くれるし、素晴らしい技を見せてくれるし、最高だよな」

「ともかくペペ、アスパシオン様に重々言っておいてくれ。これからは、いやしくねだるなって」


 恥ずかしさに顔をうつむける僕を、隣に座るリンが気遣ってくれました。


「レストは今日、誕生日で浮かれてるようですね。そういえばあなたも……」  

「ごめんリン、もう僕、食堂を出ます」


 僕はほとんど夕餉を残し、不機嫌な顔で石の舞台へ登りました。

 そこは導師様たちが風編みをする所。寺院の二階からせりだしている大きな岩場で、空が一望できます。


「お師匠さま?」

 

 満天の星がまたたく下で、目を凝らして舞台を眺めたが。先に来て待っているはずの我が師の姿は見えません。開口一番、ナツメヤシのことを言わなければならないかと思うと深いため息が出ます。


「お師匠さま、どこですか?」

――「かんばしくない。困っている」


 そのとき。石の舞台の奥の方で、話し声が聞こえました。

 今のは……黒髭のバルバトス様の声? 

 僕は舞台の隅へそろそろと動き、闇の中にまぎれて息を殺しました。

 黒い衣の姿は宵闇に沈んでほとんど見えないが、バルバトス様らしき人の隣に何者かがいます。


「胸を斬られても生き残った子なのに。意外と使えませんでしたか」


 氷のように冷たい声。ヒアキントス様です。


「コロンバヌスが邪魔だ。まだファラディアに居座って牽制している」

「対処法は数種ありますが。まずはファラディアに蜂を送り込みましょう」

 

 ひそやかで冷たい声が恐ろしい言葉を紡ぎだします……。


「ひと刺しですぐ効果が出るものがよいな」

「銀を十ほどで、よい蜂を雇えます」

「しかしそれでも、こちらの本丸がしっかりしてくれなくては。いくら飾りでも」

「飾りなのですから、そのような扱いをすればよいのです。扱いやすいようにする方法はいくらでもあります」


 お二人の声はさらに暗く。闇に沈みこんでいきました……。


「玉座に座っているだけでよいのですからね。いっそ本当に、人形になさってはどうですか?」

「秘薬か」

「我が家に代々伝わるものがございます。ご希望であれば手配いたしますよ。防腐効果は保障済みです」

「誰かに使ったのか?」

「先代の蒼鹿州公閣下が、反乱ばかり起こす一領主に使われました。玉座に座らせておけば、あたかも生きているように見えるものです。遺体の腐敗は、全く起こりません」

「そうか。では、近々誕生祝いとしてトルナーテに送るとするか。滋養強壮の秘薬とでも称して」


 そん……な! 僕が思わず声をあげて、二人のところへ飛び込みそうになりました。

 しかしそのとき。

 僕の体を大きなもふっとしたものが抑えこみ、叫びかけた僕の口が大きな毛むくじゃらの手のようなものに覆われました。


「……!!!!」

「しーっ」


 背後から僕を押さえ込むものの中から、なんとくぐもった声が。


「静かに。あいつらが出て行くまで、しーっ」


 この声は……お師匠さま?!

 僕を包み込むものは、すすすとさらに舞台の暗がりへと移動してしゃがみ、完全に気配を殺しました。


「さて、私はこれからレストに誕生祝いの花火を見せねばなりませんので。そろそろ失礼いたします」

「ずいぶん可愛がっているな」

「むろん。将来あの子は蒼鹿家に戻り、私の忠実な手足となる子ですからね。大事にせねば」


 バルバトス様とヒアキントス様は、それから二言三言、挨拶のようなものを交わして、舞台から降りて行かれました。


――「いやあ、こわいねえ。蜂さんとか、秘薬とか、やだなぁ」


 僕を背後から抑えるものから、いやに明るい声が聞こえます。


「トルが……トルが大変なことに……」


 震える僕に、その明るい声は諭してきました。


「うん、大変だねえ。でも今から鍾乳洞に潜って、気球で国越え作戦って、間に合わないんじゃない?」

「え」

「ほんとは鳥になりたかったみたいだけどぉ、弟子ちゃんはウサギにしか変身できない。だから図書室の本を再び漁って、熱気球の作り方を発見した」


 ちょっと待て。


「鍾乳洞に編み込んだ大籠と縫い合わせた布袋を背負って侵入。地上に出たらでかいランタンを改造したバーナーをふかして飛行する計画を立てた。ちなみに雛形ではすでに実験済み。結果は大成功で自信をつけた」


 ちょっと待て……。


「鍾乳洞の地図も図書室からほっくり出したから、脱院できると確信。決行日は今夜に決定。自殺に見せかけるための遺書はすでに、お師匠さまの寝台の下に入れてきたんだよねえ?」


 ちょっと待てーーーー!


 僕のなかでいつものあれが。

 おどろきのあまり。



 きれた。




「なんで! そこまで知ってるんだ!!」

「しらいでか~♪ ボク、神様だよ? なーんでもお見通しサ」


 俺を抑えるものがふわっと離れる。俺は一瞬固まり――それからおそるおそる、振り向いた。


「やあ! 弟子ちゃん!」

「ひ……」

「弟子ちゃんはニンジン好き? え? キライ? それはいけないなぁー」


 息をごくりと呑んで思わずあとずさる。

 目の前にいるのは……闇の中にそそり立つ、巨大な着ぐるみ。

 片方が前に倒れた長い耳。出っ歯な前歯。片手にニンジン。体色は、ピンク。

 これはまさしく――!


「ぴ……ピピちゃん!!」

「すっごくえらいアスパシオンって導師さまがぁ、湖渡りする最長老さまに土下座してぇ、ボクを呼んでくれたんだよぉ。弟子ちゃん、ボクのこと大好きなんだってねえ。ボク、うれしいなぁ♪」


 大好きじゃねええええっ!

 中身は絶対クソオヤジであろうそのピンクのウサギは、両腕を広げ僕をつかんでぎゅうと抱きしめてきた。


「どうしてボクが呼ばれてきたかって? だってえ、今日は、弟子ちゃんの誕生日だからサ♪」


 きつい! 息ができない! 死ぬ!


「あれ? もしかして弟子ちゃん、自分の誕生日忘れてた?」


 はあはあ。わ、忘れてないけど。忘れられてるとは思ってた……。

 そう、俺はレストと同じ日に生まれた。生まれは、月とすっぽんだが同じ日に。

 ていうか、やっぱりこいつ、俺のことすっごく小さい子供だって思いこんでるんだ。

 こんなもので俺が喜ぶとでも……とでも……!


「そ、そんなことより! と、トルが……トルがっ……」

「うんうん。でもさ、家出はダメだとおもうよぉ? これからボクらで、なんとかしようねえ。でも、その前にさぁ……」


 巨大な着ぐるみは。雑誌に載っている通りの決めポーズを、ピシッと取った。


「弟子ちゃん、お誕生日おめでとぉ! さぁ、君も、ニンジン、食べようネ☆」


 ちょうどそのタイミングで、湖の岸辺からひゅるひゅると光の筋が宵空に舞い上がる。

 美しい星空に、赤や青のきらきら広がる魔法の花が空一面に広がった。

 ヒアキントス様が、花火の魔法を放ったらしい。

 むだに奇麗な背景を背負うピンクのウサギは、くいっと大きく首を傾げた。

 闇夜に浮かぶウサギ。

 ……こえぇ……。


「あ、ナツメヤシの方がいーい? あの氷みたいに冷たくてこわーい導師様から、分捕ったんだけどぉ?」

「……バカ! ほんっと、バカ! このクソオヤジ! だいきらいだ! おまえなんか!」

「よしよし。そんなに泣かないで」

「泣いてねーから! 俺、泣いてねーから!!」

「ああ、もぅ涙だらだらじゃん。かわいいなぁ。いますぐ、元気が出るお薬をあげるよ。そしていつもの弟子ちゃんにもどろうね♪」

 

 着ぐるみの中でクソオヤジはころころ笑いながら、とどめの一撃を俺に放った。 

 雑誌に載っている通りの決めポーズで。



「ニンジンぶしゃー☆」




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