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風編みの歌 5話 幻燈箱

 本日、最長老さまが地下の封印所から銀色の箱を持ってまいりました。 

 封印所には、古代の遺物や記録がたくさん収納されております。

 岩窟の寺院の導師たちの第一の務めは、この封印物を外の世界に持ち出さぬよう守ること。

 よって中に封じられているものは、ふだんは厳重に封印されているものなのですが、最長老さまはたまに「特別講義」と称しまして、古代の叡智を僕たち蒼き衣の弟子に披露してくださいます。

 講義室は、数百人の弟子たちでぎゅうぎゅう詰め。

 後ろの方には、黒き衣の導師さまの姿がちらほら。

 黒髭のバルバトス様や、氷のヒアキントス様、メディキウム様などがおられます。

 導師様の中でも特に研究熱心な方々は、弟子と一緒に最長老さまの講義を聴講されるのです。

 が。

 むろん、不真面目な我が師は、かつて聴講なんて一度もしたことがなく――

 え。あれっ?

 なんでいるんですか。

 ああもう、また鼻をほじって。

 一体何しに……あ、古代の遺物を見に来たのですね。

 つまり野次馬根性というやつですね。きっとそうに違いありません。

 我が師には、向学心などこれっぽっちもないのですから。


「ええ、これが幻燈箱といい、エレキテルの波を受信して、この四角い画面に映像を映し出すというものである」


 白い手袋はめている最長老さまが朗々と説明されました。封印所から出された銀色の貴重な遺物は、三千年も昔のものだそうです。

 最長老さまが箱のボタンをそっと押されますと。箱の中に、ぽうっと幻があらわれました。

 とたんに僕たちは「おお!」とどよめきました。

 箱の中の幻が動いています。しかも音も出ています。

 幻を見て、僕たちはさらに「おお!」と声をあげました。

 おそろいの服を着た女子が幾人も、箱の中に現れたからです。

 そこは、どうやら男子禁制の寄宿学校のようです。

 男ばかりのこの寺院とは正反対の、まさしく女の園。


「これは、戏曲(ドラマ)というものである。実録ではなく芝居である。当時、大陸の一般家庭は、どの家もこのような幻燈箱を所有していた。これはエレキテルの波を受信することで幻像を映し出すものである。エレキテルの波はいと高き塔から発せられ、電視台と呼ばれており……」


 あ。となりに座ってる赤毛のトルが、鼻を押さえてます。

 もしかして鼻血?


「なんか、女の人って、久しぶりに見たんで……」


 いや……うん、気持ちはわかります、学友よ。

 動いて喋ってる女の子なんて、僕たち一体、何年ぶりに見たことでしょうか。


「この箱はエレキテルの波を受信するだけではなく、中に幻像を保存することもできるのである。今見せたのは、この箱の内部に保存されたものの一部であり、当時流行した連続物の戏曲(ドラマ)だと思われる」


 最長老さまは箱のボタンをそっと押して幻を消されました。


「あ。ちょっと待って!」 


 そのとたん。うしろから、我が師の声がいたしました。


「それ、続きどうなんの? 今ヒロインが、勝手にお嫁に行くことに決めた友達にうらぎり者って怒鳴りちらして泣いてたでしょ? それからどうなんの?」


 あの人ったら……!

 僕は頭を抱えました。

 我が師は、婦女子の艶やかなる姿に関心を持たれたのでしょうか。


「続き、見たいなあ」

 

 最長老さまが口をへの字に曲げて、我が師を睨みあげておられます。

 いまにも呪いの言葉を飛ばしてきそうな雰囲気です。

 もう……穴があったら入りたいです。

 ものっ……すごく、恥ずかしいです。

 我が師の代わりに謝罪しようと、僕が席を立とうとしたその時。


「私も、続きが視たい」


 我が師の隣で聴講されていたバルバトスさまが、そろそろと挙手されました。

 するとすかさずその隣におられるヒアキントスさまも手を挙げて。


「私も、続きが視たいですね」


 さらにその隣のメディキウムさままでが、


「わしも、続きが視たい」


 と指をくわえて上目づかいに最長老様を凝視されました。

 ちょっと……!

 なぜみなさま、我が師に加勢するんですか? 

 しかもセリフがみんな同じ? なんか雰囲気がおかしいです。


「僕も、続きが視たいです」


 すると今度は一番前の左端の席から、蒼き衣の弟子がすっくと席を立って訴えました。

 すぐ後ろの席の弟子が続けて立って、


「僕も、続きが視たいです」


 ……なにこれ。クソ真面目な優等生のリンまで立ってるじゃないですか。

 ありえない……。

 あれよあれよという間に、ひとりずつ、席順どおりに弟子たちが立ち上がっていきます。


「僕も、続きが視たいです」 

「僕も、続きが視たいです」


 同じセリフを言って、きっちり席順通りに立っていく、蒼き衣の弟子たち。

 なにこの連鎖運動。おかしい。絶対おかしい!

 最長老さまは、なんだこれはとあんぐり口を開けておられます。

 席を立つ弟子たちに唖然。

 あっという間に、僕の順番がやって来ました。

 でも、あの幻像の続きなんて興味ないしと、ためらっていると。

 足元からそろそろと忍び寄る、異様な気配。

 これは……魔法の気配?!

 まさかと思ってちろりと後ろを見れば。

 我が師がニコニコして口パクしています。


『た・ち・な・さ・い!』


 ぶ。韻律呪文!

 しかも無音発声? なんて器用な真似を。

 みんなが立ってるのはこいつのせいってわけですか!

 ちくしょう!

 絶対立つものかと僕は足を踏ん張りました。我が師の野望に屈するものかと。

 ですが。

 師の魔法の力は有無を言わせぬすごいものでした。なんなのでしょう、この本気の魔力は……。

 反抗空しく。僕も……「席を立たされて言わされ」ました。超強力な、魔法の力で。 

 


「僕も、続きが視たいです……」





 こうして弟子たち全員が立ったおかげで、銀の箱に再びドラマが映されました。

 物語は愛憎もりだくさんの泥沼展開。もうえぐいのなんの。

 主人公の女の子は親友に裏切られて初恋の人を奪われ、しかも不治の病に。奇跡が起きて回復するも失明。新しい恋人と出会い結婚するのかと思いきや、そこへ昔の親友が再登場。泥沼の三角関係が幕を開け、しかも殺傷沙汰になるほどの痴話げんかぶり。

 うわあ……女の世界ってこわい……。マジでこわい……。

 み、見てられません――

 赤毛のトルが隣で恐怖のあまり凍り付いてます。


「僕の姉さまみたいだ……」

「え」


 どっちが? 主人公? それとも親友?

 こわくて、僕はついに聞けませんでした。

 視聴し終えて講義室を出て行く弟子たちの会話に僕は引きつりました。


「ドラマの続きすごかったけど、なんで俺、立ったんだろうな」

「あー、それ僕も思った。なんか急にそうしないとってそわそわしちゃってさ」

「目に見えない団結力ってやつか?」

「きっとそうだよ。僕、見てて感動したもの。だからつられて立っちゃったんだろうな」

――「弟子! 弟子!」


 廊下に出ると、お師匠さまがくいくいと手招きして僕を呼びました。 


戏曲(ドラマ)楽しかったか? かわいい弟子に見せてやりたくて、俺がんばっちゃった♪ 弟子ってば、女の子大好きなんだろ?」

 

 え。自分が見たかったんじゃ……ないんですか?

 なにその、「お父さん子供のためにがんばっちゃった。てへ♪」って顔は。


「展開怖すぎて、正視できませんでした」

「えっ……」


 僕は声をひそめて我が師に囁きました。


「ていうか、人を操るとか勘弁して下さい。皆さまに気づかれなかったのはさすがですが」


 そう、気づかれてません。

 あれだけ強力な魔法を使っておきながら。最長老さまも弟子たちも、全然気づいていないのです。あの有無を言わせぬ強制の魔力、魔法の気配に。

 なぜならお師匠さまは魔法の気配を消すのがうまいのです。

 でも、僕には分かりました。

 お師匠さまの魔力には特徴があります。言葉で言うのは難しいのですが、独特の気配と匂いがあります。故意に隠そうとする気配、とでもいうのでしょうか。

 おそらく僕が、魔力が視える虹色の子だからなのでしょう。

 僕が全然喜んでいないので、我が師はひどくがっくりされました。


「そんな……弟子を喜ばそうと思って、せっかく最上級韻律呪文駆使したのにい」


 ちょ……最上級って……いやそれ、使いどころまちがってるでしょう。

 激しくまちがってるでしょう。

 そんな落ち込んだ顔されても、大きなお世話ですってば!

 この勘違いオヤジ!


「えっと。僕を喜ばせたかったらですね、その魔法の気配を消す韻律教えてください。今からとっとと教えてください」

「うへえ。それめんどくさ――」

「部屋でみっちり講義お願いします。僕、また試験近いんです!」

「うええええ」


 僕はいつものように我が師を引きずっていきました。

 そのおそろしい魔力を、もっと有意義なことに使えばいいのに、と呆れながら。

 でも我が師の力は、無駄に使い捨てられた方がいいのかもしれません。


 世界のためには。




 次の日。朝の魚採りをしに船着場へ行くと。

 赤毛のトルが悲しげな顔をして僕に近づいてきました。

 

黒髪(アスワド)、僕は、この寺院を出て行かないといけないかもしれない」

「え? それは……どういうことですか?」


 僕はびっくりして聞きました。するとトルはひそひそ囁きました。


「メキドの宰相たちから密書が来たんだ。ファラディアが攻めてきて、国境付近で会戦になったんだけど、僕の父さんからメキドの王位を奪った摂政が戦死して、王を名乗ってた奴が逃亡したらしい。貴族たちはこのままだとメキドは滅ぶって騒いでる。宰相たちが言うには、国の混乱状態を収められるのは……僕だけだって」


 つまり、王位についてくれって、頼まれたってこと?

 でもトル、もうメキドは自分の国じゃないって、この前きっぱり言ってたはずじゃ……。

 僕は喉から出かけた言葉を呑み込んで、やっとのことで言いました。


「で、でもトルは第三王子じゃ……?」

「上の兄さん二人は、もうすでにこの世に居ないんだ。革命の時に殺されちゃって……僕も斬られたけど、何とか命を取りとめた」


 僕はトルの胸に残っている傷跡を思い出しました。

 あの痛々しい、ひどい傷の痕跡を。


「お姉さまが僕をかばってくれた」


 トルは辛い顔をしてうつむきました。

 

「前の王家で生き残っているのは、僕一人。王統を継げるのは僕しかいない。まさかいまさら還俗できるとは思ってなかったけど……」

「大丈夫なんですか? 向こうに知り合いはいるんですか?」

「貴族たちはみんな顔見知りって程度かな。でも心強い味方はいる。もし帰国することになったら、僕のお師匠様が全面的に後援するって言って下さってる」

「バルバトス様が?」

「うん。メキドの王室顧問になってくれるって」


 トルは力なく笑って魚の桶を抱えました。


「剣は苦手だけど、練習しなくちゃな。戦場に出なきゃいけない時もあるだろうからね……」





 それから一週間後。

 メキドから公式に、トルを迎える使節がはるばるやって来ました。

 でも湖には風編みの結界が張られているので、迎えの使節は湖の向こう岸の街で足止めをくらいました。

 供物船に載せて送られてきたその使節の密書に目を通した最長老さまは、トルの還俗をお認めになりました。

 トルはさっそく、長旅の準備を始めました。僕は彼の荷造りを手伝いました。彼の私物はほとんどありませんでした。荷物は身繕いのための櫛や歯ブラシ、換えの下着、講義の時に使う石版と白墨ぐらい。

 バルバトス様に餞別にもらったという韻律集や辞書といった文物が、さほど大きくない衣装箱の中で一番場所をとりました。


「蒼き衣は置いていく。ここでは布は貴重だからね。お下がりにするか、でなければ切って雑巾にでもしてくれ」


 トルは六年ぶりに蒼き衣を脱いで丁寧に畳んで寝台の上に置き。迎えの使節から贈られてきた絹の衣と、金糸の刺繍の入ったマントを身につけました。その赤い髪は窓から差し込むまぶしい日差しに照らされて、キラキラ光って燃えるよう。どこからどう見ても、美しい貴公子です。

 こうしてたった一刻ほどで準備を終えたトルは、ファラディアの王室顧問であられるコロンバヌス様と一緒に、湖を渡る船に乗り込みました。

 コロンバヌス様は途中までトルと道中を共にして、じかにファラディア王家に赴き、ただちに休戦するよう働きかけるとのことでした。


「戦など愚かなこと。なんとしても止めさせてみせるわ」


 バルバトス様もメキドへ付いて行きたいそぶりでしたが、長老の身であるゆえ、ヒアキントス様のように寺院にいながらトルの後見をなさることになりました。

 これからトルとそのお師匠さまは、頻繁に密書を交わすことになるはずです。


「あれ?トルは外に出るのか」


 船が出港する直前。湖の岸辺でのんびり昼寝していた我が師が、いまさらのように船に気づいて船着場にやってきました。

 僕はヒソヒソと我が師に囁きました。


「メキドに帰って即位するんです」

「へえ? バルバトス、うまくやったな」

「え?」

「いやまあ、いい出目を出したんだろうってこと」

「いい出目を……出した?」


 我が師はのほほんと鼻をほじって言いました。


「まあでも、俺たちには全っ然関係ないことだなぁ」

――「黒髪(アスワド)!」


 その時。いったん船に乗り込んだトルが、船着場の僕たちを見て降りてきました。

 

黒髪(アスワド)、支度を手伝ってくれてありがとう。そして、今までありがとう。君の事は忘れない」

「僕こそ……」


 トルは急いで首から提げていた蒼い宝石の首飾りを取り去り、僕の手にねじ込みました。


「姉さまの形見だけど。ぜひ君に」

「ちょっ……これ本物の宝石じゃないですか」

「いいんだ。君が持っていて。手紙を書くよ。必ず」

「トル、待って!」


 僕はあわてて彼に銀の板に花の模様を彫りこんだしおりを渡しました。

 これはかつて我が師が気まぐれに、僕にくれたもの。お返しには全然つり合わないものでしたが、僕の衣の袂には、それしか入っていなかったからです。


「モタシェッケラム、アスワド!」

 

 メキド語でありがとうと言ったトルは、白い歯を見せてにっこり笑い。僕の肩を力強く抱きしめた後、マントをひるがえして船に乗りました。

 船はすぐに魔法の風に送り出されて、湖をするする渡っていきました。

 船尾に立つトルは、僕に向かって手を振っていました。

 いつまでも。いつまでも……。


 



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