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終歌2 赦しの歌

 使い魔は寺院に連れて行ってよい。

 長老トリトニウスの許可を受けて、トルがおのれも小動物に変えてくれと訴えると。


「そんじゃ俺も! 俺も変身したい!」


 エティア王がはいはいと手を挙げて割り込んできた。


「おいおい、俺、王様を二人も護衛できる自信ないぞ」

「固いこと言うなよ、おじい。俺様の騎士たちもみんな、ウサギだのネズミだのにすればいいだろ」

「どこの動物園だよっ」


 言い合う俺たちの前に、トリトニウスがばっと片手を出す。


「つっ、使い魔は!」


 出した直後に親指と小指を引っ付けて三、いや薬指も縮めて二匹まで、と叫びたかったらしいが、俺たちに一斉に睨まれた結果、しわしわの右手はそのまま固まった。


「ごっ、五匹まで!!」


 俺。

 トル。

 ジャルデ陛下は確定。

 あと二枠のうち一枠は、サクラコ妃殿下が当然の権利としてもぎとり、残り一枠をジャルデ陛下の騎士たちがじゃんけんで決めようとしたその時。 


「あの、ぺぺが心配だから……」


 フィリアがおずおず名乗りをあげた。

 メニスの美少女よ、その気持ちは嬉しいが。君に何かあったら、俺のおそろしいご主人様が黙ってな――


「行っていいぞ」


 えっ? 


「私が変えてやる」


 言うな否や、灰色の導師はおのが娘に変身術をかけた。

 メニスの魔力の最低基準って高すぎるとつくづく思う。アミーケは黒の導師にひけをとらないぐらい韻律を使えるのに、それでも里を追い出された。

 あの厳しい護衛長(じいちゃん)のせいらしいけど、そりゃグれて、大陸統一ぐらいやってしまうよな。


「きゅ? きゅきゅ?」


 フィリアは、かわいらしいリスに変化した。つややかな茶色の毛皮。ふさふさの尻尾。大きな黒い眼。

 お、おそろしくかわいい。

 韻律の変身術は、前世で生きたものにしか変化できない。つまりフィリアは前世で、このかわいらしいリスとして生きていたことがあったのだ。

 くりくり首を傾げるそのリスが、アミーケの手で俺の胸にぎゅうと押し付けられた。


娘を頼むぞ(・・・・・)


 瞬間浮かべる、細目のほくそ笑み。

 フィリアを頼む? 彼女の魂を抜いちゃった俺のことを、あんなに怒って嫌ってたくせに?


「おまえが誰かと幸せになるなど、認めぬ。わが娘を、私の代わりにおまえの主人とする」


 そ、そういう意味か。


「お母様、無理強いはだめ!」

 

 リスがあわてて、ペペは自由にしていいんだとあたふた言い出した。

 魔人の俺が、フィリアに隷属する? 

 主人が厳しいアミーケから優しいフィリアになる?

 そ、それ、すごくいいかも!

 だけど俺は、フィリアの気持ちに答えることはできな――


「ぺぺ、ごめんね。私のことはほんとに気にしないで。ね?」


 ……。

 うあああ! なにこの首傾げるリス! かっ……かわいすぎる!

 うあああ! だめだめだめだめ俺、奥さんひと筋! ひと筋だからぁ!


「早く、早く俺も!」


 頭をかきむしって身悶える俺を押しのけ、ジャルデ陛下が我が師に催促する。


「まあ待て、レディファーストだ」


 しかし我が師はきっぱりのたまわり、サクラコさんを変身させた。

 全身桃色甲冑の巨人であるサクラコさんは、なんとビロードのようにしなやかな毛皮をもつ黒豹に変化した。

 うっ、美しい!! 

 しかしこれはちょっと獰猛すぎるとトリトニウスがダメ出ししたので、我が師はもう一度やり直し。すると今度は、美しい翡翠色の小鳥になった。


「サクラコさん、綺麗!」


 トルがきらきら眼を輝かせる。鳥好きのアミーケも目を見開き、霊鳥ケツアルじゃないかと狂喜の声をあげた。聞けば、凄く珍しい種類の鳥らしい。


「次、俺! 俺!」 


 ジャルデ陛下がうるさいので、我が師は仕方なく、トルより先に彼を変化させた。しかし陛下が変化したものは……

 みんな一斉に身をかがめてのぞきこむぐらい、ちみっと小さなものだった。

 

「なんだこれ?」「ちっさー」「……トカゲ?」

 

 ばさり、とかわいらしいコウモリのような羽を打ち鳴らし、ジャルデ陛下はうはははと軽やかに笑う。


「なんだこれ? トカゲに羽ついてるぞ。飛べるんじゃないか?」

「あれえ? 実物ってこんなにちっさいの? 竜王メルドルークって」


 我が師が目をすがめながら口を尖らせたとたん。

 

「ええ?!」「うっそ!」「ただのトカゲだろ!」「神獣じゃないだろ?!」

 

 みんな仰天。

 灰色のアミーケがひくひく口の端を引きつらせている。とても嫌そうに。


「お、お母様、このトカゲ、ほんとに……」

「何で転生してるんだ、くそトカゲ!」


 ……。

 どうやら本物らしい。 


「だってさ、ラ・レジェンデの遊戯札の、竜王の絵柄とそっくりじゃん?」


 我が師の言う通り、たしかにみてくれはポチ2号とそっくりだ。

 長い尾。手足には鋭く長い爪。二枚の翼。たてがみではないかと思われるほどボリュームのある背びれ。鱗輝く肌。

 この姿形、たしかに竜王メルドルークだ。しかしその百分の一模型? っていうぐらい……小さい。


「おまえ大昔に、戦神の剣に魂を食われただろうが!」  

「んー? わっかんねえな。前世の記憶なんてさらっさらないぞ」


 アミーケに怒鳴られたちっさなトカゲは首を横に振ったが、ああそういえば、と極小の手をぽんと打った。


「そういえばさ、大鍛冶師ソートアイガスが戦神の剣を修理したときに、竜王の魂を吐き出させたって……そんな感じの話が、うちの王家に伝わる巻物に書いてあったな」

「なん……だと!」

「ガルジューナを呼ばなきゃ! 僕たちずっと竜王を探してたんだ」


 トルが湖の岸辺に駆け寄り、神獣を呼ぶ。

 地下に潜んでいた緑の蛇は、湖の岸辺にずるずる顔を出すや。


『ああ! ああ! メルドルーク! いとしいお方!!』


 狂喜の叫びをあげてのたうった。おかげであたり一帯どこどこ揺れて、地震勃発。湖の水がざわざわ波打つ事態に。


「や、やっぱり本物ぉ?!」「手乗りサイズだったのか……」「しんじられん」

「よかったね、ガルジューナ!」

『なんという喜び! ご主人様! あなたこそ、まこと、まこと、わらわの主人!』


 蛇が主人のトルを言祝ぐ。約束通りに竜王に会わせてくれたと、おいおい泣く。その口がかっぱり開き、中から小さな本体が飛び出してきた。

 本体――小さくて細長い緑の蛇は、おのれと同じぐらい小さなトカゲをぎゅうぎゅう絞りあげた。


「ぐは! 放せえ!」

「あ、あの。あのう……」


 顔面蒼白のトリトニウスが、「竜はちょっと」とダメ出しする。

 しかし我が師が変身を解こうとしたら、緑の蛇は烈火のごとく怒り、ごおっと炎を吹きかけてきた。


『もう一生、放さぬ!』


 あわれエティア王はがんじがらめ。大変ありがたいことに、これで留守番組となった。


「なんでだあ! ちくしょう放せ蛇!」

『照れなくてもよい。我らの仲は公認ぞ』

「照れてねえ! ぎゃああ!」


 くねくね体を這わせて竜王を緊縛する蛇に背を向けて、我が師が「あー、次、次ー」と、苦笑しているトルを手招きした。


「まさかトルも神獣だったりしてね」

「はは、まさか。もしこわいものだったらやり直して、人畜無害なものにしてくださいね」


 我が師が韻律を唱える。トルの体がみるみる変化する。

 まばゆい光。

 蒼白い氷のような色合いの空気がふわりと広がる。

 清涼な色なのに、ほのかに暖かく、なんとも心地よい――

 俺たちはまじまじと、変化したトルを見つめた。

 しばらくの間、誰もが無言だった。

 あたりは水を打ったように沈黙に支配された……




「……えっと」




 たっぷり数分、みな言葉を失っていた。

 ようやくのこと静寂を破ったのは我が師。その声でハッと我にかえった者が幾人もいた。

 ぼりぼり銀髪のカツラをかいて、我が師はみんなに同意を求めた。


「えっと、これって……人畜無害だよな?」


 一斉に深くうなずく、俺たちとトリトニウス。


「連れてって……いいよな?」


 一斉に深くうなずく、俺たちとトリトニウス。


「じゃあ、船に乗り込むべ!」

「オルゴール流しっぱなしにしててね」


 導師たちに風編みの結界をはらせないため、俺はエティアの騎士たちに銀の小箱を渡してお願いした。

 こうして。我が師と使い魔たちは、湖を渡った。

 最長老ヒアキントスに、引導を渡すために。


 

 私はそこに立っているの きれいな水辺に

 私はそこに映っているの きれいな草地に



『寺院に到着した僕らは、会合の広場に通されました。

 ヒアキントスの統制で、寺院はがらりと雰囲気が変わっていました。

 広場の周囲にずらりと並ぶ蒼き衣の弟子たちは、まるで軍隊のよう。

 弟子団の隊長・副隊長は、ヒアキントスの弟子たち。

 彼らは僕ら使い魔を入り口で取り押さえるつもりだったようです。

 しかし隊長の一番弟子も副隊長の金髪のレストも、僕らを見るなり硬直し、僕らが入場するのをただ見送っただけでした。

 広場では、最長老ヒアキントスが、封印所から掘り出してきた兵器を石舞台にずらっと並べて待ち構えていました。石の座席に座す、百人ほどの黒き衣の導師様たちとともに。封印所からお蔵出しされた兵器は、魔力を封じる魔道器ばかり。アイテリオンを封じたという、我が師の噂を警戒しての対応だったようです。

 さらには。白の導師からもらったという十体の精霊が、天を覆いつくさんばかりにひゅんひゅん飛びかっていました。

 しかし。

 起死回生を計った氷結の御方の気概は、僕らが広場に入った瞬間――』



――「おろ? 弟子、なに書いてんの? うわあ、きったねえ字!」

「あ! お師匠様、だめ!」


 うわ、我が師ったらいつのまに俺の書斎に?

 な、なにするんだ、返せこら!

 本が山積みの卓から立ち上がる、ウサギな俺。書きかけの本をさっと持ち上げぱらぱらめくる、銀髪カツラの我が師。


「えーなになに、ヒアキントスの驚きようといったら、アイダさんを思い出した瞬間の、アイテリオンのあの顔のごとく――」

「声に出して読むなーっ!」


 この本は何よ? と銀髪のカツラをかぶった我が師がにやにや表紙を見る。

 そして、固まる。

 ほんのりじんわり、我が師の頬が染まっていく……。


「ふ、ふうん? これが七巻目? ということは、ほ、他にもあるわけ?」 


 エティアの王宮の隣に居候している潜みの塔。そのてっぺんの俺の「書斎」。

 我が師はいろんな物が山積しているその部屋を、鋭いまなざしで探る。

 まずい。やばい。我が師がここに押しかけてきてからというもの、全巻書棚から撤去してるが、この部屋には在るんだよ。我が師への泣き言や文句をたらったら書き連ねてるから、見られたらやばいなんてもんじゃ…… 


「おお? これかなぁ?」


 ひい、一冊見つけ出しやがった。ピンポイントで床板ひっぺがすとか、韻律使って見つけないでよ。勘弁してっ。


「ちゃんと書棚に入れなきゃだめじゃないのぉ?」

「み、み、み、見ないで下さいお願いします。後生だから」

「ここにチューしてくれたら、見ないでもとに戻してや――」

「ほっぺた突き出すな!」


 我が師から「我が師に捧ぐ歴史書第一巻」をひったくり、さりげなく机の鍵つき引き出しに突っ込む。ここにもすでに一冊入れているが、とりあえずの隠し場所だ。


「ちっ。つれないなぁ」


 ああもう、汚いもみ上げ見えてるよ。髭剃ってよ。 

 最近銀髪のカツラだけ被ってりゃいいだろって、投げやり感ありあり。

 俺がウサギの姿じゃなかったら、カツラ被らないって言うし。 

 おかげで俺はずっとウサギのまま。ほとんど人間に戻ってない。

 やっぱりこれじゃだめだ。

 

「でもさあヒアキントス、どうか時の泉に永久収監してくれとか、自殺より過酷な罰をよくぞ望んだなぁ。もう二度と輪廻するわけにはいかない! なんて泣きじゃくっちゃって」

「仕方ないですよ。暗殺教唆を皮切りに、さんざん眼の敵のように苦しめてきた相手がまさか……」


 我が師と。

 ウサギの俺と。

 リスのフィリアと。

 鳥のサクラコさん。

 それから僕らと一緒に寺院に入ったのは。




 美しい、牡鹿――。





 私はそこに立っているの きれいな水辺に

 私はそこに映っているの きれいな草地に

 蒼い角を生やした私 蒼い毛を撫で付けて 

 あなたのもとへ駆けていくの


 気配だけでそれとわかるの

 あなただとすぐにわかるの

 何度生まれ変わろうと

 黄金のたてがみは変わらない


 だからどうか焼かないで

 あわれなわたしを焼かないで

 そばにいさせてほしいのです

 ただ、そばに 




 その鹿は。角も体毛も光沢ある蒼だった。

 瞳は淡い水色で、すらっと伸びたしなやかな四肢は針金のよう。

 白から水色へと色移りしている、長いたてがみ。

 これが人間だったら、たぶん絶世の美少年とかいわれるレベルの絶世の美鹿。

 我が師と共に、その背にウサギとリスと小鳥を乗せた牡鹿が寺院の広場に入ったとたん。

 ヒアキントスはその鹿が何か、一瞬で理解した。

 解からぬはずがない。

 かの御仁の部屋は、その鹿の姿で満ちている。

 蒼鹿州の守り神。

 大陸最弱にして最も美しい神獣。


 アリン。


 あのとき。広場には、ヒアキントスの苦悩の絶叫が響き渡った。


『なぜ? なぜあなたがっ……! なぜだあああああっ!!』


 牝鹿という巷の噂は、やはり金獅子家のでっちあげ。

 神獣アリンは、雄雄しい牡鹿だった。

 そういえば八番島で一緒だったイマダさんも、アリンが牝鹿にされてるのを気に病んでたな。同僚たちは決して触れないようにしてたっけ。

 

『トルナート陛下だとっ?! 馬鹿な! 私こそが、アリン様の最大の敵であったというのか? そんな馬鹿な! そんな……アリン様、あなたのためだったのに! すべて、あなたのためにやったのに!!』 


 牡鹿の正体を知った時の、ヒアキントスのあの貌。

 思い出すだけで胸が痛くなる。まるで最愛の恋人を間違って殺してしまったような貌だった。

 氷のように冷たいあの人でも、あんな顔するんだなぁ……。

 ヒアキントスが宵の王を使って金獅子家を攻撃したのも。

 レクサリオンを暗殺したのも。

 蒼鹿家に神獣を保有させ、大陸に覇を唱えようとしたのも。

 みんな、アリンに対する仕打ちへの復讐だったらしい。

 無力で無垢で勇敢なアリンを、深く愛するがゆえの行為。


「あの取り乱し方はちょっと……」

「んだな。さすがに正視できんかったわ」 

 

 ヒアキントスはその場でただちに最長老の座を降り、おのが右手を粉砕した。

 自ら、二度と韻律が使えぬようにと。そして大陸同盟の盟主フラヴィオスにおのが身と蒼鹿州を委ねることを、黒き衣の導師たちに宣言した。 

 俺たちは本当に、寺院でなにもしなかった。

 ただ美しい牡鹿が、自分の姉を返してくれるようにと穏やかに願っただけ。

 そして。

 優しく、ヒアキントスにこう言っただけだ。


『ヒアキントス様。どうか、罪を償ってください。

 あなたの罪を誰も赦さないでしょう。

 でも、僕だけはあなたを赦します。

 あなたは前世の僕のために、もろもろの罪を犯したのだから。

 どうか僕のたてがみに触ってください。僕らの、和解の証に』

 

 ヒアキントスは触れる資格はないと叫んだが、トルはそっとそばに近づいておのれの首に抱きつかせた。

 おのが心の恋人にふれたとたん、氷結の御方は声をあげて泣き出した。まるで、小さな子供のように……。


 まこと。

 まこと、トルは王者だと思う。





 ただちに地下の封印所から、トルの姉君が出されたのはいうまでもない。

 生命維持カプセルごと封印されていたエリシア姫を、俺たちはこの潜みの塔へ搬送した。

 脳死状態になっているエリシア姫を救うべく、今も治療は続いている。 

 トルとサクラコさんは姉君のことが心配なので、ジャルデ陛下の客人としてエティア王宮に泊まっている。アズハルの娘リネット王女も、トルに呼ばれてメキドから駆けつけてきた。

 女性陣は潜みの塔の設備に惚れこんで押しかけてきたフィリアと、毎日王宮庭園でお茶会を開いて親交を深めているようだ。

 ホッとすることに、エリシア姫と入れ替わるように、兄弟子様はカプセルから出てこられた。

 寿命が削れた兄弟子さまの頭髪はまっ白。肌はしわしわ。でも、今のところは元気だ。アミーケがさっそく温泉地へ療養に連れて行っている。


「しっかしジャルデ陛下はいつ、人間の姿に戻れるのかね」

「当分無理ですよ、あれ」


 緑の蛇は巨大な皮を王宮の地下に置いて、小さな竜王にひっついたまま。

 どれだけ会いたがっていたんだろうか。はずかしいから皮は脱ぎ捨てられないとかいってたくせに、いざ再会したら、裸でずっとジャルデ陛下に巻きついている。

 陛下は閉口して人間の姿に戻りたがってるが、あの小さな竜の姿でいる方が、家臣たちには受けがいい。王は竜王の生まれ変わり、という噂が巷に広がって、エティア王国の株が急上昇しているからだ。

 なぜ噂が広がったのかといえば、王宮の屋根にとぐろを巻いている巨大な抜け殻――ガルジューナの皮が、鎮座しているから。

 巷ではあれが、竜王メルドルークだとみなされているという。


――「おじいちゃん、おやつの時間よ」


 三時?

 もうそんな時間か。

 レモン色のスカートをはいた娘が微笑みながら、部屋に入ってくる。

 銀の盆を卓に置いたその子は、ニンジン入りの橙色のドーナツの山の向こうで、にこりと微笑んだ。

 レモン。

 レモン。

 君がすっかりよくなって、本当によかった……!


「おお、うまそう!」


 ああもう、我が師ったら。節操なくそんなに手にとって。


『つむじかぜ』

「きゃあ!」


 ちょ! こら! レモンのスカート、韻律でめくるな! 

 ほんと好き放題韻律使って!

 でも我が師が次に転生したら、やばいなぁ。

 転生するたびに陪乗される魔力。ひとつの魂で御しきれるものだろうか。今はカラウカス様の御魂が抑えてくださってるけど、転生したら離れてしまうっていってたから。なんとかしなくちゃ。


「へへへ、見ろ、この魔力を! 俺余裕で世界征服できちゃうぞ?」


 ……!


「お? どうした? 固まっちゃって」


 今いきなり。あ、アイダさんとの。会話を。思い出した、ぞ……。 


『人生の半分以上を、人工の空を作って生きる。これからもずっと、メニスはそんな切羽詰まった生き方をしそうですからねえ。どうせなら人間とか他の生き物に生まれ変わって、楽しく韻律を使いたいです』

『楽しく?』

『見ろ、この魔力を! 俺余裕で世界征服できちゃうぞ? とか人に自慢したりしてね』

『せ、世界征服しちゃうんですか?』


 待て……


『いえいえ、そうウソぶきながら、韻律で鼻毛飛ばして誰かにこっそりひっつけたりとか、女の子のスカートめくりとかして遊ぶんですよ』

『え?』

『そんなふうに普段は余裕しゃくしゃくのらりくらりとしていてね、ここぞという時にかっこよく、右手ひとつで世界の危機を救うんです』

 

 待て……!


『ああでも、世界を救うなんておこがましいですよねえ。まあ、肝心な時に一番大事な人を救えたら……それでいいかな』

『大団円のあとは幻像マンガの王道風に、ヒロインにプロポーズでめでたしめでたし、ですか?』

『あはは。それいいですねえピピさん』


 ちょっと待てえええっ!!!

 

「弟子? 何身構えてんのよ」


 大団円……のあとに?

 く、来るのか? 来ちゃうのか?

 ぷ、プロポーズが来るってのか?!



 そういう仕込み、アイダさんならやりかねない!



 ぜ、全力でお断りできるのか、俺?! 

 こいつアイダさん……むさいけどアイダさん……詐欺のようだけどアイダさんだぞ?!


「なにぶるぶる震えてんのよ」

 

 やばい。なにこの、卓はさんでむかい合って、じいっと見つめ合ってるシチュエーション。

 我が師が目を細めてる。にこぉと口をほころばせてる。

 やばいこれ、く、く、く、来――


「あ、ドーナツのかす、口についてるぅ」


 きたああああ! 人差し指でウサギの口つんつんきたぁあああ!

 マジで王道恋愛マンガ風アクションんんんっ!

 やめろ! 指を口にねじこもうとするな! 断固拒否する! このでかいウサギの前歯で阻止してやる!


「ちっ! 口開けろ! ここでおまえが脊髄反射でかぷんと人差し指をくわえてだな、ぼぼぼーと恥じらって赤くなったところにだな、俺がとどめの言葉(・・・・・・)を――」


 や、やっぱり仕込まれてる(・・・・・・)―――――!!

 だ、だれがそんなことさせるか!

 思惑通りになんてさせないぞ。

 早急に、『強制的にアイダさんに戻してそのまま永久に状態固定する装置』を発明してやる。一生こいつをアイダさんにしてやる! 今にみてろ!

 一級技能導師級の俺にできないことは、たぶん、たぶんっ……ないっ!

 とどめの言葉(・・・・・・)を言うのは。

 ぷ、ぷ、ぷ、プロポぉズをするのは。 


「うがあああ! 開けろこら! 前歯じゃま!」

「ぐぎぎぎぎぎぎぎ!」


 この、俺だ――!!



――「ぺぺ!」


 あ、フィリア! いいところに来てくれた。た、助けてく――


「ペペ聞いて! やったわ! エリシア姫がついに、目を覚ましたわ!」

「お? おおおーっ!」

「お、開いた」


 あ。

 やばい。

 口、開けちゃっ――。



 ああああああああああああああ!



「やだなぁもう。顔真っ赤っ赤だぞぉ。あのさぁ弟子、いやぺぺ、俺とさ――」


 聞こえない!! 聞こえない!!! 聞こえない!!!!


 長く垂れた我が耳をふさぐ。うあーと大声を出して、我が師のおぞましい言葉をかき消す。

 聞いてないからノーカウント。絶対、ノーカウント!

 エリシア姫とトルとリネット。

 姉弟三人にお祝いを言ったら、「アイダさん顕現作戦」、始動だ!


「ぺぺ! 待て! もう一度言うからっ」


 塔の螺旋階段を駆け降りる俺に、我が師の声が追いすがる。

 俺はひとこと、叫んで逃げた。

 


「あとでーーーーっ!!」






愛打さんとの会話は、「創世の歌 12話 水鏡」をご参照ください。


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