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現実の兄から見た現実の妹

作者:



 アニメや漫画、ライトノベルの世界――いわゆる、「二次元」の世界における「妹」というのは、お兄ちゃん大好きなブラコンの属性に当たることが多いらしい。


「お兄ちゃん!」

「もう、お兄ちゃんったら! しっかりしてよねっ」

「えへへ、お兄ちゃんだーいすき!」


 反吐が出るわ。

 これが俺、井上昂輝(いのうえこうき)の思う「二次元の妹」に抱いた感想である。


 俺の住む世界は、Z軸まで求められる「三次元」の世界だ。二次元と同じく、三次元にも、兄妹という関係があるのは当たり前のことだ。

 俺の家族は――まず高2の俺に、サラリーマンの父さん、専業主婦の母さん。そして――中3で俺の妹である井上麻衣(いのうえまい)の四人家族。

 今回はその家族の中で、俺と妹との関係について話していこうと思う。長くなるだろうが聞いてくれ。



 ◆



 現実の兄から見た現実の妹とは。


 ――俺のことを「お兄ちゃん」とは呼ばない。


「おはよう、お兄ちゃん!」

 朝、俺が目を覚ますとすぐ、寝ぼけ眼に笑顔いっぱいの妹の姿が映し出された。


 ……はい、妄想乙。

 麻衣が俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶはずもない。


 例えば、麻衣が母さんに「晩御飯ができたから昂輝を呼んできてくれる?」と頼まれたとき、麻衣は母さんの指示通りに俺の部屋の前にまで来てくれる。

 部屋の前まで来たら、ノックして、「お兄ちゃん、夕飯ができたよぉ」と言うのが二次元だが、俺の妹はまるで違う。

 

「……チッ」

 まず、ノックをしない。そして、毎回俺の部屋に入ってくる際、舌打ちを欠かさない。


「おい」

「……なんだよ」

 ベッドの上に横たわって漫画を呼んでいた俺が、麻衣に呼ばれてむくりと起き上がる。

 今の分かった?


 麻衣は俺のことを「お兄ちゃん」とも呼ばないし、「昂輝」と名前でも呼ばない。


 ――「おい」である。

 最初はそれが俺を呼んでいるということすらも分からなかったが、妹は俺に用がある時、必ず「おい」と俺に声をかける。

 まぁ、その「おい」で「なんだよ」と反応してしまう俺も俺なわけだが。


「夕飯」

 感情の篭ってない名詞一つを口から吐き出すと、麻衣は俺の部屋を出て行き、そのまま一階に下りていった。


 今のやり取りを見て分かっただろう?

 現実の兄と妹ってのは、たいてい壊滅的に仲が悪いんだよ。



 ◆



 現実の兄から見た現実の妹とは。


 ――ほとんど会話をしない。


 それはおかしい、と文句を言う人も出てくるだろうが、あえて言葉を返させてもらおう。

 お前ら、仲の悪い奴と気軽に会話なんかできるか?


 現に今の夕飯だってそうだ。


「ほんと? お母さんもそう思うよね!」

「そうねぇ」

 この会話は麻衣と母さんによるものだ。同じ女通し、会話に花を咲かせている。そんな中、父さんが仕事で遅くなるということで男一人の俺は、ひたすら飯を食うことに神経を注ぐ。

 しかし、俺と麻衣の会話が0かと聞かれれば、決してそうではない。


「おい」

「……あ?」

「醤油」

「……ん」

 だったり、


「おい」

「……あ?」

「リモコン」

「……ん」

 だったり。


 ……悪い。これ会話じゃねえわ。

 麻衣は俺に対しては「おい」と固有名詞(命令形)しか口にしないんですよ。



 ◆



 現実の兄から見た現実の妹とは。


 ――身勝手にも程がある。


 例えば、今の夕飯だってそうだ。


「おい」

「なんだよ」

 醤油もリモコンも取ったのに、俺に声をかけてくるとはどういうことだ?


「アンタ、椎茸(しいたけ)好きだったでしょ?」

「……は?」

 いや、初耳なんですけど。麻衣の問いに俺は思わず目を丸くする。


「そんなに好きならあげる。感謝しなさいよね」

「……ちょ」

 麻衣用によそられた煮物の中から、椎茸だけを厳選して俺の皿の中にひょいひょいと入れていく。

 ……コイツ……!


 今の行動、妹の兄に対する思いやりのある行動だと思う人は今すぐ考え直して欲しい。

 ――いや、だって俺、椎茸大好きでもねえし。


 要するにこれ、妹が嫌いな椎茸を俺が好物だと勝手に決め付けて俺の皿にぶち込んでいるだけである。

 

 ――お前、何なの? 何様なの?

 お前のおかげで俺、ピーマンとレバニラ炒めと豆乳が大好きなことになってるお兄ちゃんなんだけど。


「あぁ、昂輝って椎茸好きだったの? それならはい、母さんのもあげるわ」

「………………さ、サンキュー」

 母の愛、ここでは必要ねぇよ……。俺はそんなことを思いながら椎茸だらけの煮物を口の中にかき込むのであった。

 井上昂輝。ピーマンとレバニラ炒めと豆乳――と、椎茸が大好きなお兄ちゃんである。



 ◆



 現実の兄から見た現実の妹とは。


 ――兄を毛嫌いしている。


 まぁ、それは今までの説明で十分分かると思うのだが。

 例えば、風呂。


 俺がたまたま麻衣よりも先に風呂に入って、


「おい、風呂空いたぞ」

 とリビングでテレビを見ている麻衣に伝えると、視線をそらしたまま、


「それなら栓抜いとけ」

 決まってこう言う。


「……もうやってあるよ。風呂も沸いてるしさっさと入れ」

「ん」

 これはどういうことか。詳しく説明するととんでもなくくだらないオチなんだが、


 麻衣は、俺の入ったあとのお湯に浸かるのがたまらなく嫌らしい。

 お風呂沸かすのだってタダじゃねえんだぞ、と文句を垂れると、


「アンタの入ったお湯に浸からないぐらいだったらそれぐらい払うわ」

 と言葉を吐き捨てたからな。風呂を沸かすために消費されるガス代は、俺の入ったお湯に入らない為の回避料金だってさ。ざけんな。



 ◆



 現実の兄から見た現実の妹とは。


 ――本当にわがままだ。


 ある日、麻衣が理由は分からないが夜遅くまで家に帰ってこなかったことがある。中学生だし、女だし、不安だということで母さんと父さんは麻衣に対して門限を設けている。

 その門限を1時間ほどオーバーして帰って来た麻衣は、当然ながら、父さんに本気で怒られた。説教されるのは勝手だが、俺の前で怒るのは勘弁して欲しい。

 俺は自分の部屋に戻ろうと思い立ち上がろうとした際、ふと麻衣を見た。リビングで説教を受けている麻衣は、涙目だった。父さんに正座を命じられ、正座のまま拳に力を入れて握り拳を作って、必死に涙を堪えていた。

 妹の涙を見ても、別に俺は麻衣の味方をしようと思わない。かと言って、父さんたちの味方をしようとも思っていなかった。普段から麻衣と関わるとろくなことにならない。

 俺が部屋に行く前に、説教が終わった。怒った父さんは風呂に入ると言っていつも以上に足音を響かせながら脱衣所の方へ姿を消した。


「……っく」

 麻衣は、小さな嗚咽を漏らして、とうとう堪えていた涙を零した。


「……」

 やがて、麻衣の目に俺が捉えられた。今まで俺がいたことに気づいていなかったらしい麻衣は、自分の涙を見せるのが恥ずかしかったんだろう。すぐに鼻をずずっ、とすすって手でこぼれ落ちる涙を拭う。


「……なによ」

 一言吐き捨てて、麻衣は俺に強い眼差しを向ける。


「……」

 なによ、と言われても、別に俺は麻衣に対して何の感情も抱いちゃいない。だから俺は、素直にそれを伝えることにした。


「別に何も思ってねえよ」

「……ただでさえパパに怒られてイライラしてるのに……アンタの顔を見ると余計にイライラしてくるんだけど」

「だったら見ないことだな。お前から俺のことを見てきたくせに何言ってんだか」

 時々、こうして麻衣は言葉と矛盾した行動をとるのだ。まぁ全て、大嫌いな兄――俺を罵倒したいだけなんだろうが。


「あと」

 俺は麻衣に伝えておきたいことがあった。きっとまた怒られるんだろうが、それを覚悟に言葉を続ける。


「――今回は全部お前が悪い。父さんを恨むのはおかしいと思うぞ」

 これは俺の言葉じゃなくて、麻衣に対する言葉でもない。家族として、兄から、妹に送る言葉だ。


「……アンタ、何様よ? 突然兄貴ぶっちゃってさ」

 一応お前の兄貴なんですけど。


「とにかく、私が悪いなんて意味分かんない。遅れたのだって理由があったからだし」

「……」

「私の話を何一つ聞かないで怒られる……ああ、ウザいウザいウザいウザい! アンタだってお父さんと同じで私の味方でも何でもないんでしょ!?」

「ああ。元々、俺に甘えてこない妹なんて可愛いくもないし、優しくしようとも思わねえよ。そもそも、お前は俺の妹な以上、家族で一番年下なんだ。年上の言うことは黙って聞くもんだ」

「うっ……」

 麻衣が苦い表情を見せて小さく(うめ)く。


「まずは、家族を信じるところから始めるんだな」

 俺は麻衣の髪に手をやって「よしよし」とやってみようと思ったが、オチが見えていたので慌てて避ける。


「――大人ぶっちゃって、キモッ」

 麻衣が思わず笑って、俺に罵倒を浴びせる。

 笑ってるお前は、女の子っぽくて可愛いと思えるな。――その罵倒が無ければ。


「けっ、可愛くねえ奴」

 俺はうすら笑いを浮かべて肩にかかったバスタオルで濡れた髪を拭いて、階段を上った。



 ――結局、いつまでも妹ってのは可愛くねえもんだ。



 そんなことを、思いつつ。

オチが無理やりすぎる感じがしますが……。感想など頂ければ幸いです。

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