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いつでも一緒シリーズ

いつでも一緒

作者: 尚文産商堂

大学生になり、実家から大学までの2時間弱を電車で通学することになった私は、双子の兄と途中までは同じ道を通ることになった。

電車の乗り換えをする都合で、そこで別れる必要があるというだけなんだけど、私にとっては、そこから先はかなり退屈な時間が続く事になる。

とりあえず、携帯でニュースを聞いたり、イヤホンで音楽を聴いてたりするぐらいしかすることがない。

まだ授業は本格的なものはなく、教養が主な授業となっていた。

だから、授業中は真剣に聞いてなくてもとりあえずは、単位が取れる見込みだし、これといって必要なものもなく、ただ、ダラダラと時間をつぶしているような感じだ。

いつになったら兄と会えるのか。そればかりを気にしていた。


ある時、授業中にメールがきて、チラッと見ると兄からのメールだった。

友人に授業を聞いておくように頼んで、部屋から出て電話をかける。

「お兄ちゃん、こんな時間にメールってどうしたの?」

兄は電話口で苦しそうに答えてくれた。

「メールの通りさ。車に轢かれた。オカンには伝えた。いったん家に電話いれて、病院についてはそっちに連絡いくから」

電話は、私が兄を励ますことを拒むように、突如としてきれた。

無言の携帯を、私は耳に付けたまま立ち尽くしていた。

だが、立っていても何も出来ないことはすぐにわかった。

だから私は、教室に戻り、急用ができたことを友人に伝えて、そのまま荷物を片付けてすぐに教室を出た。


まず向かったのは教務課だ。

別棟にある教務課に、兄が事故にあったことを伝えると、すぐに兄の大学へ連絡を取り、それが事実かどうかを確かめた。

それが真実だとわかると、次に兄が搬送された病院と、私の親に連絡がすぐにいった。

すでに向こう側の大学から親に連絡がいっているので、そこは大丈夫。

病院には親もこれから向かうと言うことで、近くの駅に私が向かい、そこで合流すると言うことになった。


電車に揺られながら、兄が事故ったということがまだ現実だと思えなかった。

誰か嘘だよと言って欲しいと切に願った。

でも、それが叶わないこともよく知っていた。


駅に着くとすでに親が車で待っていた。

乗り込むとシートベルトをつける間もなく、母親が法定速度ぎりぎりで車を飛ばした。

その顔は心配に満ちていた。

ラジオで天気予報をしていたが、今の私たちには似合わない快晴が続くだろうと言っていた。


病院の駐車場に止め、カギを慌ててかけると、すぐに受付に滑り込んだ。

「あ、あの。兄が事故ってここに運ばれたと聞いたんですけど」

「お名前を」

受付の人は、落ち着いた声で名前を聞いてきた。

中丸乍(なかまるながら)です。歳は18で」

「落ち着いてくださいね。中丸乍さんは、手術受けてますね。右足を複雑骨折をしており、整復手術の最中です。あと30分ほどで終わる見込みです。3階の第2手術室で行っています。部屋のそばで待つことができますが」

「お願いします」

私は、すぐにでも兄の元へ行きたい一心で、受付の人に伝えた。

「では、ご案内いたしますので、少しお待ちください」

内線電話をして、休憩中の人を受付まで連れてくるように言っているのが聞こえた。


5分かからずに看護師がやってきて、第2手術室まで連れて行ってくれた。

部屋が見える場所ではあるけれど、途中で扉が挟んでいるため、上部の透明な部分からしか見れなかった。

手術は無事に終わるのだろうか、その疑問だけが、私をずっと包んでいた。

私は椅子に座っていたが、母は私の前の廊下を、ぐるぐると5メートルぐらいの円を描きながら歩き回っていた。


座ってから20分間は、ずっとどこぞにいるであろう神に祈るしかなかった。

だが、そこから先は、医師がこちらに歩いてくる音がして、パッと顔を上げた。

「中丸乍さんのご家族の方ですか」

手術着のままであるが、ゴム手袋はすでに外していた。

マスクを外しながら、私たちにそう聞いた。

「ええ、手術はどうでしたか」

母がすぐに医師に聞く。

「左足複雑骨折、腹部内出血、右足単純骨折、さらに左足甲部分開放骨折。複雑骨折と開放骨折については手術によって整復しました。内出血部位については、止血措置を取りました。手術は全て正常に終了し、現在は集中治療室で休んでます。麻酔をかけての手術だったため、目が覚めてからの面会という形をとる予定です。それまでは、面会謝絶という扱いをします。ご了承ください」

「ええ、仕方ないですね…」

私が立ち上がって医師に聞いた。

「どこの部屋ですか」

「この先の部屋ですが、滅菌室になってるので、許可なく立ち入ることはできません。許可は、師長に許可を取ってください」

師長は、昔は婦長と言っていた立場の人だそうだ。

「分かりました」

私は黙って再び座った。

今度は親も横で座っていた。


いつのまにか寝てしまったのだろう、気付けば毛布がかかっていた。

「あら、おきられましたか」

近くを通りかかった女性看護師が私に声をかけてくる。

「あ、兄は…」

「今見てきますね」

スリッパでパタパタ音を立てながら、静かに扉を開けて中の様子をうかがった。

「まだ寝てますね」

「今って、何時ですか…」

私は、ぼんやりしていた頭から眠気を追い出そうとして、頭をフルフル振った。

「朝の6時ですよ。検査がありますので、これで失礼を。あ、それと、向こうには入らないでくださいね」

「分かりました、ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」

看護師は、私にそれだけ言って再びパタパタと音を立ててどこかへ歩いていった。


1時間ほど、ぼんやりと天井を見上げていた。

これからどうするんだろうなと、徐々にはっきりする頭で考える。

でも、その至高迷路のゴールは、決して見当たらなかった。


7時半ごろになると、ふたたびうつらうつらとし始めた。

そこに看護師さんが優しく起こしてくれる。

「お兄さんが起きられましたよ。面会許可がありますけど、どうしますか?」

その声に、すぐに立ち上がる。

「ではこちらへ」

眠っている母を揺さぶって、一緒に兄に会いに行く。


両足にギプスを付け、腹部も服の裾から包帯が見えた。

とても痛々しい。

「やあ、悲しそうな顔してるな」

痛みはないようで、笑いながら私に話しかけてくる。

「…大丈夫なの」

枕脇においてもらった椅子に座りながら、私は泣きそうなのを我慢しながら聞いた。

「ああ、痛み止めを点滴してもらっているけどな。今は大丈夫」

そう言って、私をなでてくれる。

「心配かけたみたいだな、すまんね」

その変わらない声を聞いた時、私に何かが壊れた。


急に兄のベッドに伏せて泣き続ける私の横で、医師から現状を母が聞いていた。

「数日は様子見で入院だってさ」

母が言う代わりに兄が私の頭の上から、あきらめたような声で言った。

「私が、ずっと、来てあげるから。だから、待ってて。ちゃんと、げんきになって」

読点ごとに、しゃくりあげながら私が言った。

「ああ、いつでも一緒だもんな」

兄がそう言った言葉が、私が今まで一番欲しい言葉だと気付いた。

そして、これからも、ずっと。

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