青い鳥4
本格的な夏が近づいてきたのを感じ、コルリは太陽から離れるように飛んでいた。
今日も天気が良く、飛んでいる分には心地よいのだが、どこかもやもやしていた。
ーふう。ちょっと休んでいくか。
コルリは下降すると、人間界で見つけた巣ーマンションの一室のベランダに降り立つ。
人間の姿になると、窓をノックするのだった。
すると中からゴソゴソ音がしたので、またフライパンかと笑う。
見た目は優しそうなのに、気が強い女なのだった。
「ー今日こそは…!!」
急にフライパンをふられ、コルリは鳥の姿となると、中に入っていく。
女性の1人暮らしは可愛いもので、ビンクと赤のものが多い部屋だった。
女性振り向こうとしたところを、人間の姿となり、受け止めると、素早くキスを奪う。
「あー、すずの唇は優しく流れる川のように、甘くてさらりとしている」
「!! も、もうこの天使…!!」
「天使じゃない。コルリだ」
否定すると、すずの身体を抱きしめ、動きを止める。
「ち、ちょっと!! 何でいつもあたしのところに来るわけ!?」
「いいじゃないか。少し休んだって」
「休むって…あのね、あたしは怒っているのよ!!」
「いつものことだ。カリカリし過ぎだぞ」
「誰のせいだと思っているのよ!!」
「はは!!」
コルリは上機嫌に笑うと、すずの頭に顎を乗せ、香りを楽しむ。
すずの身体から、花束のように甘くて、濃い香りがするのだった。
「ーよし。充電した。もう大丈夫だ」
「じ、充電…? 何のこと?」
「こっちの話。また来る」
頬にキスすると、化粧品の苦味を感じる。
素顔でいればいいのにと思いつつ、鳥の姿となり、飛んでいく。
「今度、来たら、焼き鳥にしてやるー!!」
すずの声は響き、一部の人間が注目してきたが、無視して飛んでいく。
心が軽くなったところで、とある場所へ飛んでいくと、コルリは確認する。
ー今日も生きているな。
ベンチで男性が寝ており、新聞紙がかけられている。
犬の散歩をしている人が通っても、気がつかないようだった。
寝ているのならそのままにしておこうと、そっと飛び立つと、コルリは上昇する。
すると飛行雲みたいに、直線の雲ができていく。
コルリは面白がって回転すると、丸型の雲ができた。
その姿を見たカラスが、コルリに近づいてくる。
「ーおい、お前」
「何だ? 何の用だ?」
コルリは遊ぶのを止め、カラスに向き合うと、黒いくちばしが開く。
「お前、何で一匹なんだ? しかも人間にちょっかいを出しているようだし。人間なんて、放っておけばいいのに」
「その人間から美味しい餌をもらっているのは、誰だ? 生ゴミをあさったり、畑を荒らしたり、あまりいい話を聞かないぞ?」
「別にいいだろう!! 生きていくうえでは必要なことだ」
「そう。生きていくうえでは、大事なことだ。でもな、やり過ぎは良くない。殺されないように気をつけろ」
「お前に言われたくない。ふん!!」
カラスが悔しそうに飛んでいくので、コルリはふうと息を吐き出す。
ー全く。私のやることに口出しするなよな。私は私の責任で動いているのだから。
せっかくすずのところで元気をもらったと思ったのに、コルリは不機嫌となる。
すると「ふざけるな!!」と声が聞こえてきた。
気になって見に行くと、1人の女性が上司らしき男性に怒られているようだった。
オフィスは広々としており、椅子や机のセンスは悪くなかった。
ーちょっと覗いていくか。
コルリはオフィスの窓に貼りつくと、女性が男性に頭を下げていた。
「も、申し訳ありません!! 私の責任です!!」
「当たり前だろう!! こんな簡単なミス…!! もういい、お前はいらない。どこかへ消えろ!!」
「え…」
女性が硬直したのが分かった。
そこまで言わなくていいのにと思っていると、女性が泣き始めた。上司はため息を吐くと、
「女はいつもそうだ。泣けばいいと思っている」
そう言い捨てて、オフィスから出ていった。
女性は目元を拭っているが、周りの人間は関わりたくないと思っているのか、黙ったままでいるか、こっそり笑っている者もいた。
ー人間の世界も、鳥の世界も変わらないな。
泣いている女性が不憫で、窓をくちばしで叩くと、女性が気づいた。
招き寄せるように、コルリが窓をつつき続けると、女性が動いて近づいてくる。
ブラインドを上げ、窓を開けてくれると、人工の冷たさが外に逃げてくる。
一瞬、ひやりとした空気を感じ、コルリは羽を動かす。
「ー鳥さん? スズメ…じゃないわね」
1人で泣く女性に向かって飛ぶと、細い肩に乗る。
人間の姿には、残念ながら、大勢の人間がいるからなれなかったが、鳥の姿で慰めようとする。
「くすくす。可愛いの」
泣いていた女性が笑顔となり、コルリは嬉しさからさえずる。
女性が手を伸ばしたので、手の上に乗ってやり、首を動かす。
「私を慰めてくれているの?」
その通りとばかりに、くちばしで女性の手をつつくと、女性は優しく撫でてくれる。
心の優しい人間だと思い、コルリは頑張れとばかりに、一生懸命、動き回る。
「くすぐったい。ありがとうね」
少し笑った女性を見て、コルリはそろそろ行くかと離れる。
女性が「あ」と言ったが、コルリは振り向かずに飛んでいくのだった。
ー良いことをしたみたいだ。
ちらりと振り向くと、女性がコルリを見つつ、目を細めているのが分かる。
夏の日差しは強いので、コルリはあまり太陽に近づかず、低く飛んでいく。
ーさて、あいつと会うか。
コルリは目的地を目指し、大きく翼を広げていく。
辿り着いたのは公園で、男性は起きていた。
「…よう。元気そうだな」
人間の姿ー青い髪に、白い羽になると、男性がにこりと笑ってくる。
「やあ、天使様」
気楽な口調に、コルリは構わないと流し、口を開く。
「天使じゃないと言っているだろう? 全く」
ふん、と鼻息を荒くすると、コルリは腰に手を当てて聞く。
「それで? いついなくなるんだ? それとも生きる気になったか?」
「はは。いきなりそれか」
男性は力なく笑うと、コルリを見上げてくる。
「あんたみたいになりたいんだけど」
「無理だ。私は特別だから」
はっきりと断ると、コルリが続けて確認する。
「人間が嫌になったのか?」
「人間ね…。嫌に決まっているじゃん。誰も俺に注目しないし。あんたくらいだ、俺を構うのは」
「構っているわけじゃない。責任を果たそうとしているだけだ」
コルリは項を撫でると、男性に聞くことがあった。
「今頃だけど、お前、名前は何て言うんだ?」
「は? 今頃? 別に名乗らなくても…」
「いいから言え。私が聞きたいんだよ」
「…分かったよ。名前だけな。剛っていうんだ」
「剛か。私はコルリ。人間がそう名付けた鳥の一種だ」
「コルリ? 初めて聞く名前だ」
「普段は、山にいるものだからな。事情があって、一匹で行動している」
「一匹で行動しているのかよ!! わお。俺と同じゃん」
「まあ、同じといえば同じだが、とにかく生きるのか、死ぬのか、決めたか?」
「それが…まだなんだよな。何かストップがかかるというか…」
「ストップか…。なるほどな。本能では生きたいわけか」
ふうとコルリは息を吐き出すと、それはそうだよなと思う。
好んで死にたい人間なんていない。
いや、鳥の世界でもそうだが、できれば苦しまずに、気楽に生きたいものである。
コルリが腕を組んで黙っていると、剛が話しかけてくる。
「今まで誰も守ってくれなかった。あんただけだ、俺に話しかけてくるの」
「そうか。約束は守らないと、天国に行けないからな。守ることは守る。そういう主義だ」
「…へえ。人間より賢いみたい、あんた」
くくと剛が笑うと、「ワン!!」と犬が走ってきた。
2人が何だと思っていると、ゴールデンレトリバーがベンチの側で立ち止まり、伏せの格好をする。
「…あんたの仲間?」
「違う。私は鳥だ。四足で走ることなんかしない」
2人でああでもないと話していると、40代くらいの女性が近づいてくる。
「あの…。私の犬が申し訳ありません」
「いや、いいんですよ。な?」
剛が促してきたので、コルリも無言でうなずく。
女性はコルリを認めると、目を瞬かせる。
「天使様…? きゃあ!! 天使様だわ!!」
「違う。私は…いいや、面倒くさいから放っておく」
コルリはそう言うと、そういえば先程、剛を見に来た時、犬の散歩をしている人がいたなと気づく。
おそらく彼女だと思うが、何故、犬が駆け寄ってきたのか気になる。
「ーお前、どうしたんだ? 遊びたいのか?」
コルリが軽く頭を撫でてやると、犬は「ワン」と吠える。
同じ鳥同士ならば話せるのだが、そうもいかなかった。
「…あの、よくここで寝ているでしょう?」
女性が剛に声をかける。
不快なものではなく、心配しているような口調だった。
「それが何? 何か問題でも?」
「そうじゃなくて…。ちょっと待って」
女性はポケットを探ると、名刺を出してくる。
コルリも覗けば、社会福祉士、後藤雅子と書かれていた。
「社会福祉士…って、何だ?」
「さあ? 何、社会福祉士って?」
2人で聞くと、雅子は柔らかく笑い、言ってくる。
「困っている人を助けるのが仕事なの。ヤンキーとか、引きこもりとか、国の制度を使って救ってあげるの」
「へえ…。なるほど」
剛が名刺をくるりと回すと、コルリはこの出会いはチャンスだと見る。
「剛、相談してみろ。良いほうに運ぶかもしれないぞ」
「えー、でも難しいこととか苦手なんだよね」
「難しくなんかないわよ。困っていることを、私に話して。さあ」
雅子がベンチに座ってきたので、コルリは邪魔しないように、飛び立とうとする。
「コルリ!! もう行くのかよ」
「私よりも、その女性のほうが適任だ。また来る」
「おう。待たな」
2人きりにし、コルリは鳥の姿となって飛んでいく。
犬が「ワン」と吠えてきたが、怖くなかった。
しかし雅子のほうは驚いて、声が出ないようだった。
ーこれは、良い流れかもしれない。
人間で傷ついたものは、人間で癒やすしかない。
コルリはそう思っており、翼を広げる。
少し暖かさが欲しかったので、太陽に近づくと、触手が伸びてきて、身体を暖かめてくれる。
ーさて、どこへ行くか。
コルリは気持ちよくさえずると、遠くへ飛んでいくのだった。




