10-2:教室の窓から
10-2:教室の窓から
その日の午後、授業の合間に恒一はふと窓の外を見た。
見慣れた校庭。
フェンスの向こうの住宅街。
遠くの空を横切る鳥の影。
以前と同じ教室、同じ席、同じ窓の外。
何も変わっていないはずの景色だった。
それなのに、今日は少しだけ違って見えた。
何が変わったのかと問われれば、うまく答えられない。
光の色でも、季節のせいだけでもない気がする。
たぶん、変わったのは景色のほうではなく、自分の立ち方なのだろう。
この教室には、相変わらずたくさんのものがある。
親の期待。
学校の評価。
将来への不安。
模試の結果。
進学実績。
社会に出る前に“ちゃんとしておかなければならないこと”。
それらは消えていない。
母もいる。
神谷もいる。
社会も、大学も、就職も、そのまま向こう側に広がっている。
檻は消えていない。
見えないまま、たしかにある。
普通であること。
間違えないこと。
周囲を安心させること。
失敗しないこと。
期待を裏切らないこと。
そういう力は、これから先も簡単にはなくならないのだろう。
でも、その中で自分がどう立つかは、少しだけ変えられるのだと恒一は知り始めていた。
全部に逆らうことはできない。
誰にも縛られずに生きることも、たぶん現実には難しい。
人は何かしらの関係の中で生きているし、そこには責任も期待もある。
それを全部否定することが自由なのではない。
大事なのは、檻があることを知らないまま従うことではなく、その檻の形を知ったうえで、そこでどう立つかを自分で選ぶことなのかもしれない。
恒一は、窓ガラスに薄く映る自分の顔を見た。
以前より大人になったわけではない。
迷いがなくなったわけでもない。
急に強くなったわけでも、自分の未来をはっきり掴めたわけでもない。
それでも、前みたいに“何も分からないから止まっている”だけではなくなった。
自分が何を怖がっているのか。
何に押されて、何から逃げていたのか。
少なくともそれを、前よりはちゃんと見られるようになった。
教室の後ろでは、誰かが小さく笑っていた。
別の席ではノートをめくる音がする。
日常は続いている。
世界は急に優しくなったわけでも、分かりやすく変わったわけでもない。
明日になれば、また誰かの言葉に揺れるかもしれない。
模試の判定に落ち込むかもしれない。
自分の書いた進路が本当にこれでいいのか、また考え直したくなるかもしれない。
それでも恒一には、前と同じ景色の中に、ほんの少しだけ余白が生まれたように感じられた。
押しつけられた形の中で息を詰めるだけではなく、その中で自分の足をどう置くかを考えられる余白だ。
それは大きな自由ではない。
どこへでも行けるような自由ではない。
誰にも傷つけられず、何も失わずに済むような自由でもない。
けれど、今の自分には十分に大きな変化だった。
窓の外で、風が校庭の砂を少しだけ動かした。
砂は舞い上がり、すぐにまた地面へ落ちる。
その小さな動きが、なぜか目に残った。
檻の中にいるのだとしても、ただ閉じ込められているだけではない。
その柵に気づいたとき、人は初めて、自分がどちらを向いて立っているのかを考えられる。
恒一はそう思った。
チャイムが鳴り、教室の空気が少し動く。
誰かが椅子を引き、教師が廊下から入ってくる。
いつも通りの授業がまた始まろうとしていた。
恒一は窓の外から視線を戻し、机の上のノートを開いた。
そこに書かれた文字は、まだどこか頼りない。
でも、それでもよかった。
今の自分は、頼りないまま、ここにいる。
そして、頼りないままでも、次の一行を書くことはできる。
そう思えたことが、以前の自分との一番大きな違いだった。




