テイワットの勝利と平和
祝宴の後、山頂の会議
層岩巨淵の戦火が収まって三十七日目、璃月港は五百年の歴史の中で最も華やかな祝祭を迎えた。
緋雲坡から吃虎岩、玉京台から港埠頭に至るまで、街全体は提灯の海と歓喜の人波に埋め尽くされた。七カ国の旗が初めて総務司広場の上空に並んで翻る——璃月の岩紋、モンドの鷲紋、稲妻の三重雷紋、スメールの知恵の眼、フォンテーヌの審判の天秤、ナタンの炎の紋章、至冬の氷雪の紋章が、秋の澄んだ空の下で激しくなびいた。
「テイワット連合勝利並びに侵略者撃退記念祝賀式典」という長ったらしい正式名称は、庶民の間ですぐに「七国祭り」と略称された。街の至る所で語り部が層岩巨淵の決戦、琉宝村の遊撃戦、帰離原の火罠攻防戦を生き生きと語り聞かせ、子供たちは「旅人空が魔王織田信長を一刀両断する」紙人形を持って追いかけっこをした。酒楼や食堂は三日間無料で食事を振る舞い、空気には焼き螭虎魚、モンドのジャガイモ料理、稲妻の団子の香りが充満した。
港広場の中央では、七カ国の代表が順番に演説を行っていた。
凝光の声は拡音の魔術陣を通じて街中に響き渡る。「……これは民衆の勝利であり、団結の勝利です!これよりテイワット七カ国は磐石の如く不動の結束を成すのです!」
ジン団長が言葉を継ぐ。「自由の風はあらゆる暗雲を吹き払う!モンドの美酒を、命を散らした英雄たちに捧げよう!」
雷電将軍の演説は簡潔かつ力強い。「稲妻の雷は、この誓いを永遠に守る。」
続いてスメールのアルハイゼン、フォンテーヌのヌヴィレット、ナタンの戦士代表らが述べ、一語一語が歓声の嵐を呼び起こした。
だが歓喜が最高潮に達した時、三人の人影がひっそり席を立った。
絶雲間の最高峰・天衡山
俗世の喧騒から隔絶され、足下には雲が湧き立つ。遠く璃月港の灯火が星の海のように煌めき、祝賀の歓声は遠い潮騒のような微かな音に薄まって届く。
戦いの鍵を握った三人——鍾離、空、李如松が山頂の巨岩に肩を並べて立つ。山風が激しく衣裾をなびかせる。
「壮観な宴だな」李如松が先に口を開いた。明軍主将は甲冑を脱ぎ、灰がかった簡素な私服を身に着けているが、背筋は松のように凛と伸びていた。「民衆にはこの歓びが必要だ。戦いが終わり、平和が訪れたと信じさせねばならない」
空は眼下の煌々たる璃月港を眺め、静かに呟く。「彼らには平和が当然の報酬だ。命を落とした者たちには、なおさらのことだ」
鍾離は背後に手を組み、琥珀色の瞳に街の万灯を映して語る。「祝祭は不可欠なものだ。だが宴が終われば、人は現実に立ち返らねばならない」
風の音だけが残る沈黙が訪れた。
李如松は懐から緊急軍報を取り出し、紙が風にさらされてカサカサと音を立てる。「今朝届いた急報だ。朝鮮の戦況は予想以上に壊滅的だ」
空は軍報を受け取り、月光を頼りに目を通す。一行一行が刃のように胸を突く。
「九月十五日、倭将小西行長が釜山を陥落させ、朝鮮水師は壊滅」
「九月二十二日、加藤清正が大邱を破り、城内で虐殺を行う」
「十月朔日、黒田長政が漢陽に迫り、朝鮮国王は北へ落ち延びる……」
すべてが血と炎の記録だ。
「豊臣秀吉の主力部隊は」李如松の声が重く沈む、「テイワットでの敗北で動揺するどころか、全ての怒りと野望を朝鮮侵攻にぶつけている」
鍾離がゆっくり述べる。「窮鼠猫を噛む、その凶暴さは最も恐ろしい。織田信長滅亡、上杉謙信急死、武田家断絶……秀吉はテイワットで同盟と希望を全て失った。残る道はただ一つ、東方で圧倒的勝利を収め、朝鮮と明の血で権威を取り戻すことだ」
空は軍報を強く握り締める。「つまり戦いはまだ終わっていない?」
「最初から終わっていない」李如松は東方を遠望し、山海を越えて炎上する半島を見通すかのように言う。「戦場が移っただけだ」
彼はもう一つの品物を取り出す——月光に冷たく輝く精巧な虎符。「皇帝の勅命が下った。わしは遼東精鋭を率いて朝鮮へ倭を討つ。騎兵五万、火器営三万、即日進発せよと」
空は顔を上げる。「旅立つのか?」
「職責故にやむを得ぬ」李如松は虎符を収め、空と鍾離に拱手して礼を述べる。「数ヶ月共に戦った日々、一生忘れぬ。テイワット諸氏の恩義は明国が必ず記す。だが……」珍しく疲労が滲む声で一拍置く。「わしの戦場は東にある。同胞が倭刀の下で悲鳴を上げている今、わしはそちらへ行かねば」
鍾離は肯く。「璃月港には兵器糧草の備蓄が潤沢にある、必要な分は全て持っていけ。それに……」掌を掲げ、龍と岩の紋様が刻まれた美しい玉符を現す。「この札を持って軽策荘の老者・高璃宝を訪ねよ。軍人ではないが坑道戦・遊撃戦に長け、助力となろう」
李如松は玉符を厳かに受け取る。「厚き謝礼を申す」
空が突然問う。「助力しようか?私と仲間たちは——」
「いや」李如松は断固首を振る。「これは明国の戦い、明国人自身が決着をつけねばならない。お前たちは」祝賀に沸く港を視線で示し、「この地を守るため十分に血を流した。休め」
空は首を横に振る。「テイワットと明はこの戦いで運命を結びつけられた。秀吉のテイワットでの悪行も朝鮮での残虐も、同じ侵略者の所業だ」
鍾離は思索に耽りながら問う。「つまり、お前の考えは?」
「いかなる国の代表でもない」空の瞳に、冒険と困難に立ち向かう決意の光が宿る。「だが志願兵として赴ける。テイワットの戦いで積んだ経験を、苦しむ人々のために活かそう」
李如松は長く空を見つめた後、力強く肩を叩く。「本気で来るなら鴨緑江の辺りで待つ。だが覚悟せよ——ここはテイワットではない。神の眼も元素力も無く、人同士の残酷な殺し合いだけが待つ」
「承知している」空は肯く。
再び沈黙が訪れ、麓では祝祭が最高潮に達し、花火が夜空を七色に染め、歓声の波が押し寄せる。
同じ空の下、東は炎上し西は歓喜に包まれる、なんと皮肉なことか。
「鍾離殿」空が尋ねる、「魔神戦争を生き抜き、無数の争いを見届けた貴方に問う——戦いに終わりは訪れるのでしょうか?」
鍾離は儚く散る花火を眺める。栄華は一瞬で消え、歴代の平和も儚い。
「戦いは潮のように満ちたり引いたりする」穏やかな声が響く。「魔神戦争は終結したが、人同士の争いは絶えなかった。璃月港が築かれても海中に跋掣が潜み、山に妖異が棲む。今日は戦国連合を退けたとしても、明日新たな脅威が生まれるかもしれぬ」
空に向き直り語る。「だからこそ勝利は貴重で、平和は守り続けねばならない。旅人よ、永遠の平和が続く国を見たことがあるか?」
空は首を振る。
「その通りだ」鍾離の視線は遠くまで届く。「平和は永遠の状態ではなく、常に奪い取り、維持しなければならない均衡だ。今の麓の人々が祝っているのは『永久平和の到来』ではなく、『今回故郷を守り抜けたこと』なのだ。明日になればまた生活し、街を整え、次の危機に備え続ける」
李如松は感慨深げにつぶやく。「一席の話、万巻の兵書に勝る。鍾離殿が世に出ていれば、天下一の名将となったはずだ」
鍾離は微かに笑う。「ただ長生きをして、多くの出来事を見てきたに過ぎぬ」
花火が消え、祝祭も終盤に差し掛かる。街では新しい民謡が歌われ始める。
層岩の淵、帰離の原、血火が七国の盟を鍛え、
盗賊追い払い妖魔を祓い、山河を取り戻し日月光明となる、
英雄は何処へ行く?東方の夜明け前、戦いはまだ終わらぬ——
最後の一節は町人たちには聞き流されたが、山頂の三人には鮮明に響いた。
「民の心は水面の如く、隠れた流れを真っ先に察知する」李如松は嘆息する。「では、これにて別れとする」
拱手で別れを告げ、雲に飲み込まれるように下山していった。
山頂に残ったのは空と鍾離だけ。
「本当に朝鮮へ行くのか?」鍾離が問う。
「うん」空は肯く。「私だけではない。夜蘭の諜報網、刻晴の雷元素戦闘力、甘雨の弓術、申鶴の仙術……それに日本の戦法を熟知する弥助も加わる。正面の大戦には加わらず、重要な秘匿任務を担う特殊部隊を編成する」
鍾離は深く考え込む。「危険は極めて大きい。テイワットでは元素の優位、熟知した地形、民衆の支援があった。朝鮮では貴方たちは異邦人、言葉も通じず土地も未知、さらに狂気に駆られた秀吉が待ち受ける」
「だからこそ行かねばならない」空は断言する。「秀吉が朝鮮を平定すれば、再びテイワットへ侵攻してくる。明国が敗れれば、テイワットも無事ではいられない」
鍾離は旅人を見つめ、称賛の色が瞳に過ぎる。「最初に璃月を訪れた頃の旅人とは、すっかり変わったな」
空は苦笑する。「戦いは誰もを変えてしまう」
最後の花火が金色の雫を散らして消え、歌声も静まり、灯火も弱まり、璃月港は戦後初の平和な夜に包まれる。
だが山頂の二人は知っている——今夜、眠れぬ者が数多く存在することを。
「旅立つ前に、一つ成すべきことがある」鍾離が突然提案する。
「何ですか?」
「層岩巨淵へ赴き、戦死者の墓を訪れよ」夜風に澄んだ声が響く。「彼らの顔、名前を胸に刻め。東へ赴く理由を自らに問え——新たな戦争を起こすためではなく、朝鮮の大地にこれ以上墓が増えないようにするためだと」
空は厳かに礼を捧げる。「肝に銘じます」
鍾離は掌を上げ、岩元素の紋印を空の手のひらに宿す。「どうしようもない危機に陥ったらこれを起動せよ。遠く離れてはいても、助力を届けられるかもしれぬ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばぬ」鍾離は東方を眺め、空が白み始める地平線を見つめる。「明日を信じて奮闘するすべての人々に感謝せよ」
朝の光が雲を裂き、天衡山頂を黄金色に照らす。麓の璃月港は戦後最初の朝を迎えて目覚める。
空は自分の旅が、新たな章へと進むことを悟った。
下山道では慌てて駆け寄るパイモンに出くわす。「空!祭りが終わったよ、みんなが探してた!あれ?李如松将軍はどこ行っちゃったの?」
「彼は去った」空は言う。「自分の戦場へ戻ったのだ」
パイモンは首を傾げる。「じゃあ私たちは?やっとゆっくり七カ国グルメ巡りできるの?」
「パイモン」空は真剣な面持ちで遮る。「戦火に包まれた国へ、行ってみないか?」
「えっ?どこの国?」
「助けを必要とする、炎に焼かれた土地だ」東を望み、朝日が横顔を金色に縁取る。
パイモンは一瞬呆然とした後、両手を腰に当てて浮かび上がる。「ちょっと!大戦が終わったばっかりじゃん!少しは休ませてよ!」
だが空の揺るぎない決意を見て、ため息をつき肩を落とす。「わかったわよ~私が案内役だもん。だけど危険な任務の代わりに、三倍の美味しいおやつを約束して!」
空は笑う。「約束だ」
二人は璃月港へ歩き、待機する仲間たちのもとへ、新たな冒険へと進んでいく。
天衡山頂に独り残った鍾離は、朝日が霧を晴らすまで長く佇んだ。いつの間にか手に酒盃が現れ、静かに東方へ酒を撒く。
勇気に、犠牲に、闇の中で光明を守るすべての者に、乾杯を。
風が酒香を遠く戦火の地へ運んでいく。
祝賀の宴は終わった。
だが平和を守る闘いは、永遠に続いていく。




