恋心と線香花火
夏休みに入って、毎日をダラダラと過ごしていた。
もちろん宿題には手を付けてはいない。やらなきゃいけないとは思いながらも、家の中では勉強する気が起こらないのはどうしてなのだろう?
そんなある日の午後。電話が掛かってきた。
電話に出てみると、友達の坂上唯からだった。
「毎日暑いねー。宿題やってる?あ、もしかして愚問だった?」
「何が言いたいんだよー先生みたいな事言いってさ。耳が痛いんですけど」
「アハハ、ごめんごめん。実はさ倉橋君から明日みんなで花火しようって誘われたんだ。だから、その花火のお誘い電話だよ」
「倉橋君から?他には誰が来るって?もしかして、高橋君も来る?」
私は、その話を聞いて少し興奮気味に唯を質問攻めにしてしまった。
「ちょっと、落ちつきなって。確か、倉橋、高橋、三橋の仲良し三人組は全員参加だって。な~に~、麻衣ちゃんは高橋君の事が気になるのかな~?」
唯は、私が高橋君の事が好きだと知っていてこんな言い方をしてくる。
「違うって!誰が来るのか知りたかっただけだもん」
「はいはい。そういう事にしておいてあげるから。じゃ、明日の夜8時、四つ葉公園に集合だからね」
「うん。分かった。じゃ明日ね」
電話を切った後は、既に明日の事しか頭になかった。
夕飯を食べた後は、部屋に籠って明日着ていく為の服をクローゼットの中から、引っ張り出して鏡の前で何着も自分に合わせてみた。
アクセサリーや靴まで全てのコーディネイトに掛かった時間は、2時間半。もちろん服に似合う髪型も考えていた。
あまり、キメ過ぎるのも可笑しいと思って、上はピンク色のフリルが付いたパフスリーブに下は動きやすいように白のショートパンツに決めた。
夜は、遠足の前日の子供のように中々眠りに就く事が出来なかった。
花火の当日。
待ち合わせの時間の2時間前から、昨日決めた服を着て鏡の前で何度も何度も、変な所はないかチェックした。髪もポニーテールに纏めて準備は万端だった。高橋君に学校以外で会えるのが嬉しくて、つい顔がニヤけてしまう。そんな娘を見た母からは、麻衣あんたは朝から顔が緩みっぱなしだよ。と言われたくらいだ。
待ち合わせの30分前に家を出た。唯を迎えに行ってから公園へ行けば丁度いい時間になる。
唯の家は歩いて10分の所にある。唯の家のチャイムを鳴らしたら、唯本人が出てきた。
「ごめんね、お待たせ。あ、麻衣ったら可愛い服だねぇ。誰の為なのかなぁ?」
「だから、違うって。普通だよ」
いつもより少しおめかしをした私を見て、唯はまたからかう。
「さあ、行こうか。待ち合わせに遅れちゃうよ」
私と唯は、待ち合わせ場所の四つ葉公園へ向かって歩く。辺りは薄暗くなっていて、昼間の様な蒸し暑さが少し和らいでいた。
唯の家を出てから約15分程歩くと、目的の四つ葉公園が見えてきた。公園が近付くにつれ、私は少し緊張してきた。
そんな時唯が私に向かってこんな事を言ってきた。
「麻衣、服はもちろんだけど普段からカワイイんだから自信持って!もしチャンスがあれば今日、高橋君に告白しちゃいなよ」
「えぇ!でも・・・恥ずかしいよ。それに高橋君、別に好きな子が居たらどうすんのさ?」
「私たちみんな仲いいしさ、そんな話も時々するけど高橋君から好きな人いるとかって聞いたことないもん。大丈夫だよ」
「そんな事言われたって、自信ないよ・・・ダメだったら2学期から気まずいじゃん」
「んーーーそうなんだけどねぇ。まぁ、チャンスがあったらって事で。ね!そろそろ着いちゃうよ。みんな来てるかな~?」
そう言って、唯は先に公園に向かって行ってしまった。私は一方的にそんな事を言われて、モヤモヤした気持ちで唯を追いかけて公園へ入った。
先に来ていた3人は既に、花火を始めていた。
唯が手招きをして私を呼んだ。
「麻衣、早くこっちだよ。んもう、みんな待っててくれても良かったのに~」
唯は、純粋に花火を楽しみたかったらしく少し残念そうだった。
「すまん、三橋が早くしろってうるさくてさ」
一番、やんちゃな三橋が我慢出来なかったらしい。
「花火は先手必勝なんだよ~」
かろうじて意味は分かるが、使い方が間違っている。
唯と麻衣が混ざって、改めて5人で花火を始めた。
男子が持って来ていた花火はそれなりに量があった。
「これ、誰が持ってきたの?」
私は、気になってしまったので誰にともなく聞いてみた。
すると、高橋君が答えてくれた。
「これは三橋が親戚の人から貰ったんだって。花火は一人じゃつまらないから、みんなでやろうって持って来てくれたんだ」
まさか、高橋君が答えてくれるとは思ってもいなかった私は、いきなり不意打ちを食らってしまった。
「へ、へぇ。そうだったんだ」
その会話を聞いていた、唯は私にウインクをしてきた。
・・・なんの合図なの・・・?
それから、私たち5人は大量の花火を楽しんだ。
「やっぱ締めは、これだな」
と言って三橋君を見たら、手には線香花火が握られていた。
一人一束ずつ配られて、私たちは花火の余韻に浸りながら静かに線香花火に火を点けていった。
残りも後少しとなった所で、唯がいきなりこんな事を言い出した。
「最後の線香花火は皆で競争しない?」
「何?何?どうすんの?」
三橋君はやる気満々といった顔をしていた。
「一番最初に花火を落とした人には罰ゲームとして、あの滑り台の上で好きな人の名前を叫ぶの。どう?楽しそうじゃない?」
何を言い出すのかと思えば・・・。私は心の中で唯に文句を言った。
でも、もしかしたら他の4人が告白する事になるかもしれないし・・・確率は5分の1。そんなに悪くない勝負かもしれない。それに、高橋君が罰ゲームを受けるとしたら・・・結果が分かる訳で・・・。
私はまた複雑な気持ちになっていた。
でも、やっぱり知りたい!私はこの勝負に一縷の望みを掛けた。
そして、一斉に線香花火に火を点けた。
手を動かさないように、じっと花火の先だけを見ていた。
「あっ!」
声を出していたのは紛れもなく私自身。
三橋君は、ガッツポーズをしていた。周りからは「セーフ」や「やったね」という声が聞こえていた。
そう、罰ゲームを受けるのは5分の1の勝負に負けた私だった。唯はニヤけた顔で私を見ていた。
言いたい事はたくさんあったが、勝負は勝負。ここは潔くいくしかない。
倉橋君と高橋君に大丈夫?と言われたけど、大丈夫じゃないなんて今更言えない。
4人は滑り台の下に並んで私の告白を待っていた。
覚悟を決めて、滑り台の階段を上った。
一番上まで登りきって、3回深呼吸をした。
そして、叫んだ。
「私は高橋君が好きーーー!!」
告白の後は一瞬シーンとしてしまった。
私は、恥ずかしいのとこれからどうして良いのか分からず、顔を覆ってしゃがみ込んでいた。すると、
「俺も麻衣が好きだよーーー!」
と高橋君が答えてくれた。
一瞬、何を言われたのか分からなくて私は呆気にとられた顔で高橋君を見つめていた。
「そんなに見られてると恥ずかしいんだけど・・・。早く降りて来いよ」
と言われて、私はしゃがんだままの恰好で滑り台を降りた。
高橋君が手を差し出してくれて、その手を掴んで私は立ち上がった。
3人はそれぞれの言葉で、私たちを思う存分冷やかした。
「何、お二人はもう恋人気取りですか?」
「この幸せ者っ」
「おめでとう。これからも僕たちを楽しませてね」
最後に高橋君を見たら、暗かったのに耳まで真っ赤になっているのが分かった。それを見たら私まで恥ずかしくなって何も言えずに、俯いたままになってしまった。
だけど差しのべられた手はずっと繋いだままだった。
なんだか夏が待ち遠しく感じられたらいいなと思います。