第10章 世界のバグ シーン1 舞踏会の余韻
王城の大舞踏ホール。
高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、金色の光を広げている。
磨き上げられた大理石の床には、その光が静かに反射していた。
舞踏会は――まだ終わっていない。
楽団は変わらず音楽を奏で、
貴族たちはワインを片手に会話を続けている。
だが。
空気は明らかに変わっていた。
先ほどまでこのホールの中心で行われていた出来事。
王太子による公開断罪。
そして。
それが――覆された。
貴族たちはまだその衝撃を消化できていない。
あちこちで小声の会話が続いている。
「信じられるか……?」
初老の貴族が低い声で言う。
「王太子の断罪が覆ったんだ」
隣の貴族が眉をひそめる。
「証言が全部崩れたらしい」
「証拠も偽造だったとか」
別の令嬢が小声で言う。
「公爵令嬢が論破したって……」
「舞踏会の場で?」
「本当に?」
その声には驚きと興奮が混じっていた。
貴族社会では、こうした事件はすぐに噂になる。
だが今回は、あまりにも衝撃が大きすぎた。
そして。
そのすべての中心にいる人物。
視線が、自然と一箇所に集まる。
舞踏ホールの中央付近。
そこに立っているのは――
レティシア・アルヴェルン。
公爵家の令嬢。
つい先ほど、王太子の断罪を覆した少女。
だが彼女は、周囲の視線を気にする様子もなく静かに立っていた。
背筋を伸ばし、
落ち着いた表情で、
ただ舞踏会の空気の中にいる。
まるで、何も特別なことは起きていないかのように。
その姿に、貴族たちはますます困惑する。
「……あの令嬢」
「全く動じていないぞ」
「普通ならもっと騒ぎになるはずだ」
しかしレティシアの表情は変わらない。
静かだった。
そのとき。
――ふっ。
舞踏ホールに流れていた音楽が、
一瞬だけ消えた。
ほんの刹那。
瞬きほどの時間。
楽団の音も、
人々のざわめきも、
グラスの触れ合う音も、
すべてが――
無音になった。
次の瞬間。
音楽は何事もなかったかのように戻る。
楽団は演奏を続け、
人々は会話を続け、
舞踏会はそのまま進んでいく。
誰も止まらない。
誰も不思議に思わない。
まるで今の無音が、
最初から存在しなかったかのように。
だが。
レティシアだけは、
わずかに眉を動かした。
「……?」
小さな違和感。
確かに今、
音が消えた。
彼女はゆっくりと周囲を見渡す。
貴族たちは普通に会話している。
楽団は変わらず演奏を続けている。
誰一人として、
異変に気づいていない。
レティシアの瞳がわずかに細くなる。
(今のは……)
胸の奥に、静かな疑問が生まれる。
だが。
まだ彼女は知らない。
この小さな違和感が、
世界そのものの異常の
始まりだということを。




