シーン9 悪役令嬢の微笑
舞踏ホールの中央では、ワルツが続いている。
回転するドレス。
響く音楽。
煌めく灯り。
すべては変わらず華やかなままだ。
だがレティシアには、はっきりと分かっていた。
この夜の舞踏会は、もうすぐ“別の舞台”へ変わる。
王太子アルフォンスは、きっともう決めている。
この場で。
多くの貴族が見守る前で。
婚約を破棄し――
自分を断罪するつもりなのだろう。
レティシアはゆっくりと息を吸った。
胸の奥に浮かぶ感情を、静かに確かめる。
怒りはない。
悲しみもない。
あるのは、ただ一つ。
理解。
なるほど、そういうことか。
すべての状況が繋がった今、驚く理由はなかった。
レティシアはふっと小さく笑った。
それは大きな笑みではない。
ほんのわずかに、口元が緩む程度。
だが、その表情はどこか優雅だった。
まるで舞台の幕が上がるのを待つ役者のように。
彼女は逃げない。
王城を去ることもできた。
体調を理由に退席することもできただろう。
だが、そんなことはしない。
怒らない。
噂話に腹を立てることもない。
社交界で生きる以上、こうした陰謀は珍しいものではない。
そして――
受け入れる。
この状況も。
この舞台も。
そして、これから始まる“断罪劇”も。
レティシアはゆっくりと顔を上げ、舞踏ホールの中央を見た。
王太子アルフォンスが、数人の貴族と話している。
その近くには、リリア・フェインの姿もあった。
まるで、すべてが予定通りに進んでいるかのように。
レティシアは静かに微笑む。
その表情は、社交界でよく知られているものだった。
冷たく、優雅で、隙のない笑み。
人々が恐れ、そして噂する――
悪役令嬢の微笑。




