シーン9 悪役令嬢の誕生
舞踏ホールの空気は、
完全に変わっていた。
ほんの少し前まで、
この場の中心にあったのは断罪だった。
疑い。
噂。
そして非難。
それらはすべて、
レティシア・アルヴェルンへ向けられていた。
だが今。
人々が向けているのは、
まったく別の視線だった。
令嬢たちが小さな声で囁き合う。
「……すごいわ」
「本当に全部ひっくり返した」
一人の令嬢が、
レティシアを見つめたまま言う。
「怖いけど」
その言葉に、
周囲が小さく笑う。
別の令嬢が続ける。
「でも」
「格好いい」
その評価は、
すぐに広がった。
社交界では、
強さは尊敬される。
ただしそれは、
感情的な強さではない。
冷静さ。
理性。
そして品位。
レティシアはそのすべてを示した。
さらに別の令嬢が、
感心したように呟く。
「本物の令嬢ね」
その言葉に、
何人もの者が頷く。
公爵家の娘。
社交界の頂点に近い存在。
だが、
それは血筋だけでは決まらない。
振る舞い。
判断。
そして品格。
今この瞬間、
レティシアはそれを証明していた。
舞踏ホールの中央。
レティシアは、
相変わらず静かに立っている。
特別なことはしていない。
勝ち誇る様子もない。
ただ、
落ち着いた表情でその場にいるだけ。
だが。
貴族たちの視線は、
自然と彼女へ集まっていく。
会話の中心。
視線の中心。
そして、
社交界の中心。
その場所に立っているのは、
もう王太子ではない。
レティシア・アルヴェルンだった。
そしてこの夜。
社交界は一人の令嬢を、
新しい名前で呼び始める。
それは嘲りではない。
むしろ、
敬意を含んだ呼び名。
悪役令嬢。
だがその言葉は、
もはや侮辱ではなかった。
それは――
誰よりも冷静で、
誰よりも強い令嬢へ贈られた
称号だった。




