シーン9 王太子の沈黙
舞踏ホールは、
異様なほど静まり返っていた。
先ほどまで響いていたざわめきも、
今はない。
誰もが、
一人の人物を見ていた。
王太子アルフォンス。
王国の次期国王。
その彼が、
舞踏ホールの中央で
動けずに立っている。
セシリアの言葉。
「証拠もなく婚約破棄を?」
その問いは、
まだ空気の中に残っていた。
アルフォンスは理解していた。
今、
何が起きているのかを。
証拠はない。
あったのは――
証言だけ。
しかも、
その証言はすでに崩れている。
噂。
誤解。
そして、
虚偽の告発。
階段事件も、
嫌がらせも、
証拠はすべて否定された。
つまり。
この断罪劇は――
誤りだった。
その事実を、
王太子自身が理解してしまった。
アルフォンスの胸が重くなる。
しかし、
それ以上に重いものがあった。
自分がしたこと。
舞踏会という
王国中の貴族が集まる場で。
婚約者を呼び出し。
罪を読み上げ。
公開断罪した。
もしそれが誤りなら――
それは単なる勘違いではない。
王太子の判断ミス。
しかも、
社交界の中心で。
アルフォンスの喉が動く。
何か言わなければならない。
そう思う。
だが。
言葉が出ない。
もし謝罪すれば、
自分の判断の誤りを認めることになる。
しかし、
否定することもできない。
証拠は、
すでにすべて
レティシアによって示されている。
貴族たちは黙って見ていた。
その沈黙は、
先ほどとは意味が違う。
それは、
評価する沈黙。
王太子を見極める沈黙だった。
舞踏ホールの中央で、
アルフォンスは立ち尽くす。
何も言えない。
何も決められない。
そしてその瞬間、
社交界の誰もが感じていた。
王太子アルフォンスの
威厳が崩れていく音を。




