シーン8 王太子への圧力
舞踏ホールは静まり返っていた。
その中心に立つのは、
セシリア・アルヴェルン。
公爵家の長女。
彼女の怒りは、
決して声を荒げるものではない。
だが――
それは確実に空気を支配していた。
セシリアはゆっくりと顔を上げる。
そして視線を向けた。
その先にいるのは、
王太子アルフォンス。
王国の次期国王。
本来ならば、
誰もが畏れ敬う存在。
だが今、
その場にいる貴族たちは
固唾をのんで見守っていた。
公爵家の令嬢が、
王太子へ言葉を向ける瞬間を。
セシリアは一歩だけ前へ出る。
ドレスの裾が静かに揺れる。
そして、
静かな声で言った。
「殿下」
その呼びかけは丁寧だった。
しかし、
そこに含まれる感情は
冷たい怒りだった。
アルフォンスの眉がわずかに動く。
セシリアは続ける。
「証拠もなく」
わずかな沈黙。
舞踏ホールの全員が息を止める。
「婚約破棄を?」
言葉は短い。
だが、
その重さは圧倒的だった。
ざわめきが広がる。
貴族たちの視線が一斉に動く。
王太子へ。
「確かに……」
「証拠はなかった」
「証言だけだった」
小さな声が広がる。
先ほどまで王太子を支持していた空気。
それが、
静かに揺れ始めている。
アルフォンスは何も言わない。
言えない。
視線が集まる。
王太子。
貴族社会。
そして公爵家。
すべての圧力が、
今この瞬間、
彼へ向けられていた。
アルフォンスの唇がわずかに動く。
だが、
言葉は出てこない。
舞踏ホールの中央で、
王太子アルフォンスは
完全に
言葉を失っていた。




