シーン2 マリアの否定
扇子が床に落ちた音が、舞踏ホールに乾いた余韻を残した。
令嬢マリアの顔は、紙のように白くなっている。
視線という視線が、すべて彼女に集まっていた。
レティシアは静かに立っている。
逃げ場はない。
その沈黙に耐えきれなくなったのは、マリアの方だった。
「ち、違う!」
突然、彼女が叫ぶ。
声は高く、震えていた。
「違います!」
「私は知らない!」
舞踏ホールがざわめく。
貴族たちの間で小さな声が飛び交う。
「知らない?」
「だが筆跡が……」
「どういうことだ」
マリアは必死に首を振る。
「私じゃありません!」
「こんな手紙、書いていません!」
涙が浮かび、声がかすれる。
しかし。
その取り乱した姿は、かえって疑念を深めるだけだった。
レティシアは微動だにしない。
怒りも、嘲りも見せない。
ただ、静かに言った。
「否定するのは自由です」
その言葉は冷静だった。
あまりにも冷静だった。
「ですが」
レティシアは手元の書類を持ち上げる。
一枚は告発文。
もう一枚は、学園の提出書類。
入学時の筆跡見本。
二つの紙が並べられる。
「こちらは学園に提出された筆跡見本」
「そして、こちらが告発文」
貴族たちが身を乗り出す。
文字。
線。
癖。
見れば見るほど、同じだった。
誰かが小さく呟く。
「……本物だ」
別の貴族が続ける。
「完全に一致している」
「同じ文字だ」
ざわめきが広がる。
疑念が、確信へ変わっていく。
マリアはそれを聞いた。
彼女の唇が震える。
「そ……そんな……」
足元がふらつく。
彼女は一歩よろめいた。
周囲の令嬢たちが思わず距離を取る。
社交界の視線は冷たい。
「噂を流したのは……」
「彼女だったのか」
「王太子にまで告発文を……」
その声が耳に届くたび、
マリアの顔色はさらに青ざめていく。
やがて。
彼女の膝が力を失った。
「……っ」
椅子の背に手をつき、
かろうじて倒れるのを防ぐ。
だがもう、
否定の言葉は出てこない。
舞踏ホールの中央では、
レティシアだけが変わらず静かに立っていた。




