シーン8 王太子の動揺
ざわめきは、ゆっくりと広がっていた。
学園内部。
噂を広めた人物。
そして――
王太子に近い人物。
その条件が提示された瞬間から、舞踏ホールの視線は落ち着かなくなっている。
貴族たちは互いの顔を見、
小声で議論を始めていた。
その中心に立つ人物がいる。
王太子アルフォンス。
彼は今、初めて沈黙していた。
断罪を宣言した男。
この場を動かした男。
だが今、
その表情にははっきりとした動揺が浮かんでいる。
やがて彼は一歩前に出た。
「待て」
低い声。
舞踏ホールのざわめきが一瞬で止まる。
アルフォンスはレティシアを見た。
「それは……」
言葉が続かない。
彼の頭の中で、
今までの出来事が繋がり始めていた。
告発文。
匿名。
証拠なし。
筆跡は学園の誰か。
そして。
噂の連鎖。
その結果として起きた、
婚約破棄。
断罪。
アルフォンスの喉がゆっくりと動く。
もし。
もしこの告発文が――
偽造だったとしたら。
その瞬間。
彼の胸の奥に冷たいものが落ちた。
断罪の理由は、
どこにもない。
証拠は存在しない。
証言は誤認。
噂は不明。
そして。
最初の告発文さえ、
偽物だったなら。
つまり。
彼は――
何もない罪で婚約者を断罪したことになる。
アルフォンスの手がわずかに握られる。
「……」
初めて、
彼は自分の判断を疑った。
今まで信じていたもの。
取り巻きの証言。
リリアの涙。
そしてこの告発文。
それらすべてが、
揺らぎ始めている。
貴族たちの視線も変わっていた。
今までの視線は、
レティシアへ向いていた。
しかし今は違う。
その視線は、
王太子アルフォンスへ向けられている。
この断罪を決めた人物。
判断を下した人物。
アルフォンスはその視線を感じた。
胸の奥が重くなる。
今、
この舞踏ホールで揺らいでいるのは――
レティシアの立場ではない。
王太子の判断そのものだった。




