第6章 真実 シーン1 凍りつく舞踏ホール
「なぜ」
レティシアの声は静かだった。
だが、その言葉は舞踏ホールの空気を切り裂いた。
「この噂が広がったのか」
沈黙。
音楽は止まっている。
誰も動かない。
巨大なホールにいる数百人の貴族たちが、まるで彫像のように固まっていた。
ほんの数分前まで、この場は断罪劇の舞台だった。
悪役令嬢を裁く場。
しかし今は違う。
今この場にあるのは――
真実を追う沈黙。
貴族たちはゆっくりと思考を巡らせ始めていた。
暴言。
教科書事件。
階段事件。
それらはすべて、
証拠によって否定された。
つまり。
残っているのは一つだけ。
噂。
貴族の一人が小声で言う。
「……待て」
別の貴族が答える。
「確かに」
「誰が最初に言った?」
その言葉に、周囲がはっとする。
そうだ。
今まで誰も考えなかった。
この騒動の始まり。
最初の噂。
令嬢の一人が困惑した顔で言う。
「私は……」
「マリア様から聞いたわ」
そのマリアも慌てて言う。
「私は別の方から……」
別の声。
「私は噂で……」
言葉が連鎖する。
しかし。
その連鎖は途中で止まる。
なぜなら。
誰も元を知らない。
ざわめきが広がる。
「噂の出どころがない……?」
「誰が言い始めた?」
「最初は誰だ?」
人々はようやく理解する。
今まで信じていた話。
それは、
誰かが直接見た事実ではなかった。
すべては間接情報。
誰かが聞き、
誰かが広め、
そして社交界がそれを信じた。
つまり。
この噂には、
最初の発信者がいる。
その事実に気づいた瞬間。
舞踏ホールの視線が、
ゆっくりと動いた。
一人の少女へ。
リリア・フェイン。
平民の少女。
この断罪劇の中心人物。
彼女は王太子の後ろに立っていた。
小さな体。
両手を胸の前で握りしめている。
その指が震えていた。
顔は俯いている。
肩も震えている。
そして。
その震えは、
ただの恐怖ではないように見えた。
すべての視線が彼女へ向けられる。
数百の目。
社交界の視線。
王太子の視線。
そして――
レティシアの視線。
リリアはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、
はっきりと
動揺が浮かんでいた。




