シーン5 平民少女
回転するダンスの流れの中で、レティシアはふと気づいた。
アルフォンスの視線。
それは、決して自分へ向いていなかった。
彼の目は、何度も同じ方向へ向いている。
レティシアは自然な動きのまま、そちらへ視線を滑らせた。
舞踏ホールの端。
そこに、一人の少女が立っていた。
栗色の髪を肩まで伸ばした、小柄な少女。
年齢は、レティシアとそう変わらないだろう。
彼女のドレスは、舞踏会の中では明らかに質素だった。
派手な宝石もない。
豪華な刺繍もない。
淡いクリーム色の布地に、ささやかなリボンがついているだけ。
それでも。
その少女は、不思議なほど人目を引いていた。
柔らかな笑顔。
どこか守ってやりたくなるような雰囲気。
そして何より――
彼女の周囲には、数人の若い貴族男子が集まっていた。
侯爵家の次男。
騎士家の子息。
有力伯爵の嫡男。
本来なら、王太子の婚約者であるレティシアの周囲にいるはずの人々。
彼らは、楽しそうにその少女へ話しかけている。
少女は戸惑いながらも、丁寧に頭を下げていた。
その姿は、舞踏会の華やかな空気の中で少しだけ浮いている。
――平民。
レティシアはすぐに理解した。
あの少女は貴族ではない。
歩き方、礼の仕方、視線の動き。
どれもが、社交界で育った人間のものではない。
それでも、彼女はこの舞踏会にいる。
つまり――
王立学園の関係者だろう。
レティシアは、再びアルフォンスの顔を見上げた。
王太子の視線は、ほんの一瞬だけその少女に向けられていた。
その目には。
わずかな迷いと――
守ろうとするような感情が浮かんでいる。
レティシアの胸に、小さな確信が生まれた。
なるほど。
どうやら、物語の中心人物は
自分ではなく――
あの少女らしい。
レティシアは再び、ホールの端へ視線を送る。
平民の少女。
貴族男子に囲まれ、戸惑いながら笑うその姿。
そして。
その少女の名前を、レティシアはすでに知っていた。
リリア・フェイン。
最近、社交界で噂になっている少女だ。
王立学園に入学した、平民の特待生。
そして――
王太子が、やけに気にかけている少女。




