シーン4 視線
ワルツの旋律は、変わらず優雅に流れている。
だが、レティシアの意識は音楽から離れていた。
回転しながら、ふと視線を巡らせる。
その瞬間、気づく。
……見られている。
舞踏ホールにいる貴族たちの視線が、妙にこちらへ集まっていた。
それも、ただの注目ではない。
視線の中に、奇妙な色が混じっている。
ある者は、好奇心を隠しきれない目で見ている。
「いよいよね」
そんな声が、かすかに耳に届いた気がした。
また別の者は、口元を押さえながら笑っている。
嘲笑。
それは社交界では珍しくない感情だが、今夜のそれはどこか露骨だった。
さらに――
期待。
まるで、これから何か面白い見世物が始まるのを待っているかのような視線。
レティシアはゆっくりと瞬きをする。
足取りは乱さない。
ダンスのリズムも崩さない。
だが、思考はすでに状況を分析していた。
一組の伯爵夫人たちが、こちらを見ながら小声で囁いている。
若い貴族令嬢のグループは、興奮した様子で何度もこちらを振り返っている。
そして、何人かの貴族男子は――
露骨に、楽しそうだった。
その空気は、舞踏会の華やかさとは明らかに異質だった。
普通の社交界の注目ではない。
もっと、劇的な何かを待つような雰囲気。
レティシアの視線が、静かにホール全体をなぞる。
この空気。
この視線。
このざわめき。
すべてが、同じ方向を向いている。
――こちら。
正確には。
王太子と、その婚約者。
つまり、自分だ。
レティシアは内心で、ゆっくりと息を吐いた。
なるほど。
どうやら今夜の舞踏会には、ただの宴以上の意味があるらしい。
彼女はもう一度、アルフォンスの顔を見上げた。
王太子の表情は、どこか硬い。
そして――
やはり、視線が合わない。
周囲の奇妙な空気と、王太子のぎこちない態度。
二つの違和感が、静かに結びつき始めていた。




