シーン7 階段事件の矛盾
カイルの沈黙が、まだ舞踏ホールに残っていた。
誰もはっきりとは言わない。
だが、人々の頭の中には同じ疑問が浮かび始めている。
(本当に聞いたのか?)
(それとも勘違いか?)
その空気の変化を、レティシアは逃さない。
彼女はゆっくりと視線を動かした。
次に止まったのは――
騎士家の青年。
レオン・グランディス。
彼は先ほど、階段事件について証言した人物だ。
レティシアは落ち着いた声で言う。
「レオン様」
突然呼ばれたレオンは、わずかに身を固くする。
「あなたは先ほど」
レティシアは続けた。
「私が“階段の近くにいた”と証言しましたね」
レオンは頷く。
「ああ」
「それは事実だ」
彼の声には、まだ自信がある。
だがレティシアは穏やかなまま、次の言葉を続けた。
「では確認させてください」
ほんの一瞬の間。
「つまり」
彼女ははっきりと言った。
「私が突き落とした瞬間を――」
そして。
「見たわけではない?」
その言葉が落ちた瞬間。
レオンの表情が固まった。
舞踏ホールの空気が揺れる。
「……」
レオンは答えようとする。
だが。
言葉が続かない。
彼が見たのは、
リリアがよろめいた瞬間。
その近くに、
レティシアが立っていた。
だが。
突き落とした瞬間は――
見ていない。
数秒の沈黙。
それだけで十分だった。
ざわっ――
会場が大きく揺れる。
「待て……」
「見ていないのか?」
「ただ近くにいただけ?」
貴族たちが互いに囁き合う。
令嬢の一人が小さく言う。
「それなら……」
「事故かもしれないじゃない」
疑念が生まれる。
ほんの小さな疑念。
だが、それは確実に広がっていった。
レオンは言葉を失ったまま立っている。
その沈黙が、
先ほどまでの“確定した罪”を
ゆっくりと揺らし始めていた。




