シーン5 王太子の動揺
舞踏ホールの空気が、わずかに揺れていた。
ほんの数分前まで、この場の結論は決まっていた。
断罪。
婚約破棄。
悪役令嬢の失脚。
だが今。
その流れが、目に見えないところで崩れ始めている。
それに気づいたのは――
王太子アルフォンスだった。
彼は一歩前へ出る。
声に、わずかな苛立ちが混じる。
「詭弁だ」
短く言い放つ。
そして続けた。
「証人がいる!」
その声は強かった。
王太子としての威圧。
この場の主導権を取り戻すための言葉。
アルフォンスは証人たちを指し示す。
「カイルも」
「レオンも」
「マリアも」
「全員が見たと言っている」
彼は断言する。
「それが証拠だ」
会場の貴族たちが頷く。
だが――
レティシアは、すぐに答えた。
「いいえ」
一拍の間もなかった。
静かだが、はっきりした声。
「証人は証拠ではありません」
その言葉が落ちた瞬間。
ざわっ――
舞踏ホールが揺れる。
アルフォンスの表情がわずかに固まる。
レティシアは続ける。
「証人とは」
「“そう見えた”と語る人です」
「ですが」
「それが事実とは限りません」
彼女は淡々と言う。
まるで常識を説明するかのように。
「誤解」
「思い込み」
「記憶違い」
「人の証言には、それらが常に存在します」
舞踏ホールの空気が、ゆっくりと変わっていく。
貴族の一人が小さく呟く。
「……確かに」
別の男が頷く。
「証言だけで罪を決めるのは危険だ」
令嬢の一人も言う。
「裁判なら……もっと証拠が必要よね」
その声はまだ小さい。
だが確実に広がっていた。
先ほどまで一方向だった世論が、
ゆっくりと揺れ始める。
アルフォンスの顔がわずかに曇る。
彼は初めて気づいた。
この女は――
泣き叫ぶ相手ではない。
逃げる相手でもない。
論理で戦う相手だ。
そして今。
舞踏ホールという舞台の主導権が、
少しずつ
レティシアへ移り始めていた。




