シーン4 論理の罠
「証拠は?」
その問いのあと。
舞踏ホールには、長い沈黙が落ちていた。
誰もすぐには答えられない。
レティシアはその沈黙を破るように、ゆっくりと口を開いた。
「誤解しないでください」
声は落ち着いている。
焦りはない。
怒りもない。
ただ淡々としていた。
「私は、皆様の証言を否定したいわけではありません」
貴族たちが顔を上げる。
「ですが」
レティシアは静かに続けた。
「証言は、証拠ではありません」
ざわっ。
会場の空気が揺れる。
アルフォンスが眉をひそめる。
「何を言っている?」
レティシアは構わず説明を続けた。
まるで講義でもするかのように。
「人の記憶は曖昧です」
「思い込みもあります」
「聞き間違いもある」
彼女はカイルへ視線を向ける。
「誰かが“聞いた”と言っても」
「それが事実とは限りません」
次にレオンを見る。
「誰かが“近くにいた”と言っても」
「それが原因とは限りません」
そして最後に、会場全体へ視線を向けた。
「噂も同じです」
短く言う。
「噂は――」
一拍。
「事実ではありません」
その言葉が落ちた瞬間。
舞踏ホールの空気が、わずかに変わった。
それまでこの場を支配していたもの。
それは、
怒り。
同情。
興奮。
つまり――
感情だった。
だがレティシアは、
まったく別の土俵に立っている。
論理。
事実。
証明。
彼女はその三つだけで話している。
貴族たちは互いの顔を見る。
「……確かに」
誰かが小さく呟く。
「証言だけでは……」
別の男が言う。
「断罪するには弱い」
その声はまだ小さい。
だが確実に広がり始めていた。
舞踏ホールの空気が揺れる。
先ほどまで完全だった断罪劇。
その土台に、
小さなひびが入り始めていた。




