シーン2 悪役令嬢の微笑
舞踏ホールの視線が、すべて彼女に集まっていた。
王太子の問い。
数百の貴族の目。
断罪された令嬢。
普通なら――
泣く。
弁解する。
あるいは怒り狂う。
だが。
レティシアは違った。
彼女の唇が、ほんのわずかに動く。
「……ふふ」
小さな笑い。
それは決して大きくない。
しかし、静まり返った舞踏ホールでは不思議なほどよく響いた。
誰かが息を呑む。
その笑みは、奇妙だった。
怒りではない。
悲しみでもない。
強がりですらない。
ただ――
余裕。
完全な余裕の笑みだった。
まるで、すべてを見通しているかのような。
その表情を見た瞬間、貴族たちの間にざわめきが走る。
「……どうして笑える?」
「追い詰められているのに……」
「理解できない……」
人々は混乱する。
罪を突きつけられ、
婚約を破棄され、
社交界の前で断罪された令嬢。
そんな状況で、
なぜ笑える?
その違和感は、次第に不安へ変わっていく。
令嬢の一人が、扇子で口元を隠しながら小さく言った。
「……怖いわ」
その声に、何人かが頷く。
そう。
その笑みは――
美しい。
公爵令嬢らしい優雅さもある。
だが同時に、
どこか底知れないものを感じさせた。
レティシアはゆっくりと顔を上げる。
青い瞳が、舞踏ホールを見渡す。
王太子。
証人たち。
涙の少女。
そして、
断罪を楽しんでいた貴族たち。
そのすべてを見て。
レティシアは、ほんの少しだけ微笑みを深めた。
それはまるで、
仮面が外れる瞬間のようだった。
社交界が作り上げた
「高慢な悪役令嬢」。
その役を、
彼女が自ら引き受けるかのように。
この瞬間。
レティシア・アルヴェルンは、
初めて本当に――
悪役令嬢の顔をした。




