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シーン6 観客の空気
舞踏ホールには、低いざわめきが広がっていた。
先ほどまでの華やかな舞踏会の空気は、もうどこにもない。
人々はグラスを手にしたまま、互いに顔を寄せて囁き合っている。
「これはひどい……」
年配の貴族が眉をひそめて言った。
「暴言に、嫌がらせに、突き落とし未遂だと?」
隣の男が重々しく頷く。
「もし本当なら、貴族として恥だ」
少し離れた場所では、令嬢たちが扇子の陰で囁いていた。
「信じられない……」
「でも証言もあるし」
「王太子殿下がここまで言うなら……」
その声は次第に確信へ変わっていく。
「やっぱり本当なのよ」
「王太子殿下は正しいわ」
別の貴族が低く言った。
「婚約破棄も当然だ」
「むしろ今までよく我慢していた」
その言葉に、何人かが頷く。
意見は、少しずつ同じ方向へ流れていった。
暴言。
孤立。
嫌がらせ。
そして階段事件。
証言はすでに十分だと、人々は思い始めている。
誰かが小さく言った。
「もう決まりだな」
その言葉は小さかったが、
周囲の何人もが同じ考えだった。
舞踏ホールの空気は、
静かに、しかし確実に形を変えていた。
社交界の視線。
その“世論”は、すでに結論を出しつつある。
悪いのは――
レティシア・アルヴェルンだと。




