シーン2 悪役令嬢の紹介
レティシア・アルヴェルン。
王国有数の名門、アルヴェルン公爵家の令嬢。
王太子の婚約者にして、将来の王妃候補。
社交界において、彼女の名を知らない者はいない。
そして、その評価もまた有名だった。
――冷たい令嬢。
――高慢な貴族。
――完璧すぎる女。
「近寄りがたいのよね」
「一度も笑ったところを見たことがないわ」
「まるで氷みたいだ」
そんな囁きが、舞踏会のあちこちから聞こえてくる。
だが、レティシア本人はそれを気にする様子もない。
広間の中央へ進みながら、彼女は静かに周囲を見渡していた。
誰が誰と話しているのか。
どの家同士が親しげにしているのか。
どの貴族が、誰に媚びているのか。
すべてを、淡々と観察している。
貴族社会は戦場だ。
笑顔の裏に利害があり、
優雅な言葉の裏に思惑が潜む。
誰が味方で、誰が敵なのか。
どの家が力を持ち、どの家が衰えているのか。
それを理解していなければ、社交界では生き残れない。
レティシアは、それをよく知っていた。
だからこそ、感情を表に出さない。
だからこそ、隙を見せない。
冷たいと言われようと構わない。
高慢だと思われても問題ない。
それは、ただの誤解なのだから。
実際の彼女は――
冷静で、理知的なだけだ。
広間の端で、二人の伯爵が小声で言い争っている。
その少し離れた場所では、侯爵夫人が若い令嬢たちに噂話をしている。
政治、縁談、派閥。
社交界の情報が、この一夜に集まっている。
レティシアはグラスを手に取り、ゆっくりと口をつけた。
甘い果実酒の香りが広がる。
その視線は、決してぼんやりしているわけではない。
むしろ、鋭く状況を分析していた。
この舞踏会はただの宴ではない。
王国の貴族社会が一堂に会する、巨大な舞台だ。
そして――
その舞台の中心に、自分がいることも理解している。
レティシアは、静かに息をついた。
今夜は、長い夜になりそうだった。




