シーン9 レティシア
舞踏ホールの視線が、ゆっくりと動く。
王太子。
証言した貴族たち。
涙を浮かべるリリア。
そして最後に――
すべての視線が、一人の少女へ集まった。
レティシア・アルヴェルン。
公爵家の令嬢。
王太子に婚約を破棄され、
数々の罪を突きつけられ、
社交界の中心で断罪されている人物。
普通なら。
顔を青ざめさせる場面だ。
言葉を失い、
震え、
あるいは涙を流すだろう。
ここには王国の貴族たちが集まっている。
社交界そのものと言っていい。
その全員の前で、
悪役として糾弾されているのだ。
だが。
レティシアは動かなかった。
背筋を伸ばし、
静かに立っている。
視線を逸らすこともない。
俯くこともない。
ただ、まっすぐ前を見ていた。
その姿は、まるで舞踏会の始まりから何も変わっていない。
完璧な姿勢。
優雅な佇まい。
公爵令嬢としての品格。
その静けさが、逆に人々を戸惑わせる。
「……どうして」
誰かが小さく呟いた。
「動揺していない……?」
別の貴族が眉をひそめる。
普通ではない。
この状況で、これほど落ち着いていられるはずがない。
だがレティシアは、
ただそこに立っていた。
嵐の中心にいるはずなのに、
まるで風が届かない場所にいるかのように。
その静かな姿を見て、
何人かの貴族が、ほんのわずかに違和感を覚え始めていた。




