第1巻 第1章 悪役令嬢の舞踏会 シーン1 王城の舞踏会
王城アルトレイアの大舞踏ホールは、光に満ちていた。
天井から幾重にも吊るされた巨大なシャンデリアが、夜の星のように輝き、磨き上げられた白大理石の床へと光を降らせている。魔法で強化された水晶灯は、炎を使わずに柔らかな黄金色の光を放ち、広間全体を幻想的に照らしていた。
ホールの一角では、魔法オーケストラが静かに旋律を奏でている。
指揮者が杖を振るたび、空中に浮かぶ魔導楽器が淡い光をまとい、優雅なワルツを紡ぎ出す。
弦の震え。
管楽器の柔らかな響き。
魔力で増幅された音色は、広間を包み込み、貴族たちの会話や笑い声と溶け合っていた。
社交界の華と呼ばれる舞踏会。
王国中の貴族が、この夜のために王城へ集まっている。
色とりどりのドレスが広間を彩る。
深紅のベルベット、蒼の絹、銀糸で刺繍された白のドレス。宝石を散りばめた装飾が、灯りを受けてきらめいた。
男性貴族たちは正装の礼服に身を包み、胸元には家紋の入った勲章を輝かせている。
彼らは優雅にグラスを傾けながら、政治の話や婚約の噂を交わしていた。
今宵は特別な夜だ。
一年で最も大きな社交界の舞踏会。
王族主催の、王国最大の宴。
この場で結ばれる婚約もあれば、破談になる縁談もある。
貴族社会の運命すら動く夜。
そんな煌びやかな空間の入口で、ひときわ静かな気配が生まれた。
会場の視線が、自然と一方向へ向く。
ゆっくりと扉が開く。
現れたのは、一人の少女だった。
淡い蒼銀色のドレス。
裾には星のような刺繍が施され、歩くたびに光が揺れる。
腰まで届く長い金の髪が、灯りを受けて柔らかく輝いた。
その立ち姿は、まるで舞踏会の中心に立つために生まれてきたかのようだった。
レティシア・アルヴェルン。
王国でも屈指の名門――アルヴェルン公爵家の令嬢。
そして、王太子アルフォンスの婚約者。
社交界では誰もが知る名だ。
「悪役令嬢」
そう呼ばれることも含めて。
広間にいた貴族たちは、彼女の姿を見て小さくざわめいた。
羨望。
警戒。
そして、どこか期待を含んだ視線。
しかしレティシア本人は、そんな空気など気にも留めない様子で歩みを進める。
背筋を伸ばし、ゆったりとした足取りで。
堂々と、舞踏会の中心へ。
まるで、この場所が最初から自分の舞台であるかのように。
そのとき、魔法オーケストラの旋律が少しだけ高く跳ねた。
舞踏会が、本格的に始まろうとしていた。




