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残り23時間25分05秒



 エマとカズコの友情話に、少しばかりほっこりした俺たち。

 二人が元の場所へ戻っていく背中を眺めていると、タカさんが腕を組み、何やら考え込んでいる。


「どうしたんですか、タカさん」

「ああ……いや、ちょっと気になることがあってな――」


 その『気になること』についてタカさんが話そうとした、そのときだった。


「もう! いい加減にして!」


 怒鳴り声がフロアの端から響いた。

 どうやら口論らしい。視線を向けると、中年の男女が人目もはばからず言い争っている。

 ……いや、正確には女性が一方的に怒鳴り散らし、男性はただ頭を下げているだけだ。


「揉めごとみたいですね」

「そうだな。むしろ遅かったくらいだ」


 タカさんが眉をひそめる。

 非常事態に置かれて、パニックになる人は少なくない。

 それなのに、この状況から一時間以上経って一人とは。

 ……案外、みんな冷静なんだな。


「多分だけど、みんな“隠しカメラ”を気にしてるんだと思う」


 エリカちゃんが小さく呟いた。

 もしこれがテレビや動画配信の企画ならば、どこかに隠しカメラがあるはず――そう考えて、下手に騒ぐに騒げないのだろう。とのことだ。


「なるほど。エリカちゃんは賢いなあ」


 俺が褒めると、彼女は顔を俯け「そんなことない」と返した。

 必死に隠そうとしているけど、ちょっと嬉しそうだ。




「何かあったんですか?」


 俺たちが近付くと、女性は俺をギロリと睨みつけた。


「もういい加減にして!」

「その台詞、さっきも聞こえてましたけど……」

「こんなところに閉じ込めて何が目的なの!? どうせ私をハメようって魂胆なんでしょうけど、でも私はもう引退した身のよ!!」


 早口の怒声に思わずたじろぐ俺。

 助けを求めて隣の男性を見ると――ああ、この人はさっき他の二人と一緒にいた“気弱そうな男性”だ。


「すみません……彼女は元女優でして。この状況を自分へのドッキリだと思っているんです……」


 男性は何度も頭を下げる。見た目通り腰が低い。


「まさか、貴方……私を知らないの?」

「はい、すみません」


 女性の目つきがさらに鋭くなる。

 美人ではあるが、かなり気の強い人のようだ。


佐藤(さとう) 胡桃(くるみ)といえば、かつてのドラマ女王よ。出た作品は常に平均視聴率25%を叩き出していたの。結婚して引退するまでは、私を知らない人なんていなかったほどなのよ!」


 自分の栄光を早口で語るクルミ。

 確かにすごい経歴だが、あいにく俺の知らない時代だ。


「おお! 佐藤胡桃か、懐かしい……当時はテレビで見ない日はなかったな」

「ああ、俺の学生時代は彼女のドラマの話題ばっかだったぜ」


 タカさんとシガは懐かしそうに盛り上がっているが、俺とエリカちゃんは置いてけぼりだった。


「すみません。勉強不足で……でもドッキリだと思うなら、ここに来る予定が前々からあったってことなんですか?」

「……ええ。今日は彼と銀婚式の記念で、下のレストランでディナーを取る予定だったのよ」


 クルミが顎で隣の男性をしゃくる。

 男性は汗を拭きながら答えた。

 ……やけに汗かいてるな。


「クルミさんの言う通りです。『ツヴァイフュンフ』というドイツ料理のレストランです」

「ドイツ料理ですか?」

「はい。クルミさんがドイツ好きなので……」


 男性は何度も頭を下げる。

 ここまで腰が低いと逆に怪しい。

 ……いや、考えすぎか?


「あ、ちなみに私は佐藤(さとう) 銀治郎(ぎんじろう)と申します」

「職業は貴方も芸能関係で?」

「いえ、ただの会社員です」


 ギンジロウ曰く、大女優と一般人というドラマのような大恋愛の末に結婚したらしい。

 普段は控えめだが、その馴れ初めを語るときだけギンジロウは幸せそうな表情になる。クルミへの深い愛情が伝わってくる。


「――そんなわけで、銀婚式を迎えられたのは私の数少ない誇りと言いますか……」

「話が長いわよ! さっさと説明だけすればいいのに、本当にトロいわね!」


 対照的にクルミは夫を罵倒する。

 ……本当にギンジロウを愛しているのか、この人?

 そう疑いたくなるほど態度が冷たい。


「す、すみません……彼女、昼食もまだでして。少し気が立ってるんです……」


 ギンジロウは腰を折り曲げ、謝罪を繰り返す。


「昼食? でも目的はディナーって……」

「え、ええ。今日はクルミさんの用事が昼過ぎまであったので……じゃあ待ち合わせて昼食でも取って、それからデートをして、ディナーへ。という話でして……」


 説明の最中、またしてもクルミが怒鳴った。


「そんな話どうでもいいでしょ! こんなガキに説明したって何になるのよ!」


 “ガキ”呼ばわりに少しカチンときたが、俺は冷静に言い返す。


「俺はこのゲームを終わらせるために、皆さんから身の上話を聞き取らないといけないんです」

「それがくだらないって言ってるのよ! 責任者を呼びなさい! 今すぐ私を帰して!」


 クルミの声がヒートアップしていく。

 興奮のあまり、植木鉢を持ち上げ、窓を割って逃げようとする始末だ。

 俺たちは慌てて彼女を止めた。


「落ち着いてください!」

「ここは25階だぞ! そんなことしてもただ命を落とすだけだ!」


 俺とタカさんで必死に説得するも、彼女は植木鉢を離さない。

 ……この華奢な身体のどこにそんな力があるんだ。

 そう思っていると、エリカちゃんが静かに近付いた。


「ねぇ、元女優のお姉さん」

「な、なによ……?」


 少女の前では、さすがに冷静になったらしい。

 エリカちゃんはちょいちょいと手招きし、クルミを奥へ誘った。

 彼女は渋々と従い、耳を傾ける。

 二人がヒソヒソ話しをする。

 ……一体何を話しているんだ?


「な、なんでそれを……!?」


 次の瞬間、クルミの顔が真っ青になった。

 睨むというより怯えたような視線で、エリカちゃんを見下ろす。


「い、いい? それは……誰にも言っちゃダメよ! わかったわね!」

「じゃあ、お姉さんもちゃんと大人しくしようね」


 クルミは何も言わず、踵を返した。

 まるで逃げるように。


「え? クルミさん?」


 ギンジロウが慌てて彼女の後を追った。去り際には俺たちに深くお辞儀をして。

 静かになったその場で、俺はエリカちゃんに尋ねた。


「……ねえ、あの人に何を言ったの?」


 彼女は笑顔で首を傾げた。


「……内緒」



  

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