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614時間39分37秒経過

   



 ――20XX年2月19日、深夜。

 わたしはベインティシンコビルの前に立っていた。

 あれから何日も経つというのに、現場にはいまだ焼け焦げた異臭が漂っている。


「……ツムギ」


 ビル前の献花台には、数えきれぬほどの花と供物が並んでいた。


 ――。


『――ベインティシンコビル爆破事件から間もなく一ヶ月。未だ犯人特定には至らず』


『爆破現場からは刃物による刺殺体も……』


『犠牲となった二十四人の中には、WAKAPONグループ会長の若槻氏をはじめ、複数の著名人が含まれており、彼らを狙った犯行の可能性も――』


『若槻氏は生前、何者かから脅迫を受けていたとの情報もあります』


 ――。


 これらは、ここ最近ニュースやネットで報じられている事件の一端だ。

 中には元女優の痴情のもつれによる無理心中説、怪しい宗教団体によるテロ説——なんて、確証もない憶測まで飛び交っている。

 けれど、そんなことはどうでもいい。

 重要なのは――その爆発事故で、ツムギが死んでしまったという事実だけだ。


「あんなに元気だったのに……こんなに、突然なんて」



 ツムギは小さな頃からの幼なじみで、まるで姉弟のように過ごしてきた。

 人見知りと言いながらも、面倒見が良くて人を惹きつける力があって。

 優柔不断で流されやすいけど、こうと決めたらとことん真っ直ぐで、真面目で。

 そんな当たり前の光景を、失って初めて気づく。

 彼がどれほど自分の中で大きな存在だったのかを。



「ツムギ……まだ死ぬには早いじゃない……!」


 手にしていた花束を放り投げ、わたしは献花台に縋りついた。

 供え物が落ちていくが、そんなことはどうでもよかった。


「わたしを置いていかないでよ……」


 ようやく今日になって現場に足を運べたというのに、結局まだ彼の死を受け入れられない。

 ――人はいつか死ぬ。唐突な別れだって、珍しくない。頭では理解していた。

 けれどそれが、こんなにも理不尽で、こんなにも残酷なものだとは思わなかった。


「会いたい……会いたいよ、ツムギ……」


 枯れ果てたはずの涙が、また溢れ出す。

 わたしは暗いビル街の中で、嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。






「――事件から今日で25日目。やっぱ“25”は惹かれ合う数字ってことだね~」


 不意に背後から声がして、わたしは振り向いた。

 そこに立っていたのは――見覚えのある男。


「……タレントの、グレイ・バンサンキエム……?」

「へぇ、よく知ってるね。動画配信くらいでしか顔出してないのに」

「ええまあ、地元紹介の番組が好きなんで……」


 けれど彼は、配信で見る印象とはまるで違っていた。

 いつも聞いていた口調とは別に、生身だから、では説明できない“異質さ”があった。

 まるで、同じ顔をした別人のようだ。


「でもね、実はワタシも君のことをよく知ってるんだよ……梅影さくらさん」

「ど、どうしてわたしの名前を!?」


 驚くわたしをよそに、彼は飄々と微笑む。


「先日の爆破事件で恋人の白旗(しらはた) 紡麦(つむぎ)さんを亡くしたんだよね。可哀想に……でもさ、君が五十風(いそかぜ) ひゐろに声さえ掛けてなければ、こんな結果にはならなかったんだけど」


 淡々と語るグレイに、わたしはぞっとした。

 二人が犠牲者であることはニュースで知れる。

 だが、わたしとの関係などネットにも上げられていないはずだ。


「どうしてわたしとツムギとヒヰロの関係を知ってるの!?」


 思わず敬語も忘れて叫ぶ。

 彼は肩を竦め、愉快そうに言った。


「そりゃもちろん。彼らとあのビルで“25時間”過ごした仲だったからね~。まあ、最後は血沸き肉躍る疑心暗鬼の殺戮ショーで仲も何もなくなったけど」

「……何それ。ふざけないで!」


 普段なら冷静に冗談として流せただろう。

 だが、今のわたしにそんな余裕はなかった。


「冗談じゃないよ。ワタシは本当に彼らと過ごし、その最期を見た」

「……それはつまり、貴方が爆破事件の犯人だってこと?」


 ……どうか、うなずいてくれと願った。そうすれば、正面切ってこの手で引っ叩けるから。

 だが彼は「それは違うんだよなあ」と首を傾げる。


「ワタシは盤面(ゲーム)を用意しただけでね。首謀者――“ゲームマスター”は、ヒヰロの方さ」


 そこから、彼はベインティシンコビルの25階で行われたという”犯人捜しゲーム”について語り始めた。

 彼は面白おかしく話していたが、わたしはそのふざけた内容に目眩がした。

 ……ツムギが探偵役? 

 ヒヰロがわたしを恨んでいた?

 それで犯人を見つけられず、ゲームオーバーになった……?


「見つけられなかった、というより途中リタイアってとこかな。深夜、突然狂信者たちが暴れ出してね。そのときにやられちゃったんだよ」

「やられたって……どういう風に……?」


 信じているわけじゃない。

 だが、ツムギの最期をどう語るのか――それだけが気になった。


「確か女の子を庇ってさ。斬られた箇所が悪かったみたいでね……最期は『ごめん』って言い残して、ゲームオーバーってわけさ」


 グレイは肩を竦めて笑う。対してわたしは唇を噛みしめた。

 ……何がおかしいのかわからない。でも、そんな最期、いかにもツムギらしいと思ってしまった。


「解せないわね」

「何がだい?」

首謀者(ゲームマスター)だっていうヒヰロも亡くなってることよ。ツムギを“ゲームオーバー”にしたのに、どうして彼女は生きてないのよ……?」


 特別気になる疑問でもなかったが、時間稼ぎのつもりだった。

 わたしはそっとポケットからスマホを抜き取る。いつでも通報出来るよう、準備をした。


「いいとこつくね~。確かにツムギの死はヒヰロにとってのゲームクリア――って思うからね。……でも、彼女の条件は違うんだよ」

「え……?」

「”ツムギを巻き込んで自分も死ぬ”ことが、彼女のゲームクリア条件だったんだよ。いわば自爆テロってやつかな?」


 妙に納得出来てしまった。

 つまり”ツムギを殺した犯人”としてわたしの心に自分を刻み込みたかったのだろう。

 ……けど本当にふざけてる。そんな理由でそんなゲームを行ったなんて。


「……そんなことのために、ツムギだけじゃなく他の人まで巻き込むなんて!」

「だってギャラリーがいなきゃツムギは本気出さないだろ? それに、ヒヰロはゲーム開催費(くもつ)として自分の25年分の寿命を支払ってくれたんだ。なら、それくらいの客は用意(サービスは)してやらないとね」


 ――25年分の寿命?

 またもや意味の分からない言葉に、思考が止まりそうになる。デスゲームの類じゃなかったの?

 ……けれど、思考停止しちゃダメ。だってこの人はツムギの最期と関係がありそうなんだから。


「寿命がゲーム開催費(くもつ)っていうのはどういう意味? 臓器提供の比喩?」

「フハハ、それは現実的(リアルな)発想だなあ~。もっと非現実的(ファンタジー)に考えようよ」


 そう言ってグレイが指を鳴らした瞬間、突然スマホが黒煙を上げた。


「きゃっ!」


 慌てて投げ捨てたスマホは一瞬にして発火し、黒焦げになった。

 スカートにも引火したが、かすかに焦げただけで済んだ。


「な、なにこれ……!」

「ワタシの力さ。おそらく、君のスマホ、バッテリー残量が25%だったんじゃないかな」


 そういえば、さっき見たとき二十六%だったから、25%になっていても可笑しくはない。

 ――25。

 それは、先ほど話した”ゲーム”とやらにも、何度も繰り返し出されていた数字だ。


「ワタシは“25”に関わるモノを自由に操れる存在……君たちの言葉で言うなら――神様、あるいは悪魔、なんだよ」

「はあ?」


 心の底から出た声。わたしの反応が面白かったのか、グレイは楽しげに笑う。


「当然の反応だね~。でも、信じてくれないと話は進まないんだけどなあ」

「……わかった、信じるわ」


 わたしの言葉に、彼は少し驚いた顔をした。


「”25個の供物を捧げると願いを叶えてくれる神がいる”――そんな都市伝説があったけど、要はそれが本当だったってことでしょ?」


 本気で信じているわけじゃない。

 “今の発火”がトリックかマジックで、わたしを騙そうとしている可能性もある。

 しかし、そこまでしてわたしを騙す理由が彼にはない。

 ……いや、理由なんてこの男には初めからないのだろう。


「急に物分かりがいいね。これ以上ワタシから何を聴き出そうとしているのやら」

「……その代わり、25個の供物を差し出したら――今度はわたしの願いも叶えてくれる?」


 まさかの提案なのに、驚く素振りもなくグレイは口の端を吊り上げた。


「ふふっ、そうくるか。まあ、君の願いを叶えるかどうかは、供物の“質”と“願い”次第かな――」

「――25歳の命、わたし自身を差し出す。だから、そのふざけたゲームをやり直して! ツムギも、他の人の命も、全部助けなさい!」


 人の願いも、呪いも、命までもひっくるめて“ゲーム”と呼び、純粋に楽しんでいる。

 この男は、考えが愚かしいほど稚拙だ。

 けれど、それなら扱いは単純だ。

 この神様とやら(グレイ)が喰い付くような”ふざけたゲーム”をプレゼンすればいい。

 

 


「面白いね。恋人だけじゃなく、他の全員をも救おうって? フハハハ、これだから人間は見ていて飽きないよね~」


 愉悦に染まった笑みを浮かべるグレイ。その様を見て確信する。

 おそらく、喰い付いたのは彼ではなく――わたしの方なのだろう。

 自分を神と呼ぶこの男は恋人の名(エサ)をちらつかせて、わたしが新たなゲーム開催費(くもつ)を差し出すのを待っていただけ。

 わたしは上手く釣り上げられた”魚”だったのだろう。



 ……でも、わたしにとっては渡りに船だ。

 ツムギが生き返ってくれるなら、彼だけでも生きていてくれるなら。

 自分の命など、まったくもって惜しくはないのだから。




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