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残り00時間05分36秒



 爆弾の線は見分けを付けるためなのか、それぞれ色がついていた。

 しかも、丁寧なことに色の名が書かれた小さなタグまで括り付けてある。


「白色に紅色、水色、銀色、金色。それでこっちは紫色に灰色に……草色?」


 名を呼ぶように、線の色を確認する。

 他にも、鬱金(うこん)色、萱草(かんぞう)色、天色なんて聞いたことのない色まである。色彩に偏りがあって、どういう意味があるのか見当がつかない。


桑染(くわそめ)色、藍鉄(あいてつ)色……胡桃(くるみ)色、(とび)色、苺色……」

「え……?」

「はあ?」


 名前を呼ばれたと誤解したクルミやトビト、イチゴが反応する。


丁子(ちょうじ)色、翡翠(ひすい)色、麹塵(きくじん)色……」

「まさか、俺の名前の色名って存在するのか?」


 シガの疑問に、セイランが答える。


「そ、そのまさかかと……僕の名前は“青藍(せいらん)色”から取ったと聞いてますし……」


 どうやら偶然にも、ここにいる人間の名前と色名が紐付いており、その色を線に使っているらしい。

 正直、不愉快極まりない設定だ。まるで、線を切ればその人を切るかのように思える。

 すると、ヒヰロが不気味に口角を釣り上げて言う。


「その線に施された色の名と皆の名前が一致してるって、思ったでしょ?」


 図星を突かれ、俺はドキリと肩を震わせた。


「実はそれ、偶然じゃないの――その線は私たち自身なのよ。分かる? 名前の線を切られた人間は――消えるのよ」


 高笑いするヒヰロ。


「う、嘘だ! そんなまさか……」

「信じられない? だったら適当に切ってみたら?」


 余裕の笑みに、背筋が凍る。

 線の中には、緋色(ひいろ)も紛れ込んでいた。


「ヒヰロさんの名前だってあるじゃないか!」

「だったら私を切れば? それとも、他にも何人かいる“罪人”を切っちゃう?」


 25年前に大罪を犯したワカツキ。

 凶器まで取り出して騒動を起こしたイコシたち。

 確かに、ここには切って構わないと感じる人物もいる。

 その誰かを切り捨てれば――他の全員が助かるかもしれない。

 ……だが、本当にそれで良いのか。


「時間がないぞ、ツムギ!」


 タカさんの声で我に返る。


「けど……一体どの線を切ればいいんだ……」


 戸惑う俺に構うことなく、爆弾のタイマーは残り二分を切っていた。


「こうなったらとりあえずイコシを切れ!」

「なんだと貴様……!」

「だったら俺を切れ! 元々死ぬつもりでここに来たんだからな!」

「そもそも儂らは貴様らのいざこざに巻き込まれただけなんだ! なら貴様が責任を取って切れ!」


 線=自分かもしれないと知った途端、場内は罵声と悲鳴で混乱する。


「時間切れで全員爆発なんてことだけはやめてくれよ!」


 シガの叱責が耳に届くも、指先は重く、思うように動かない。

 もし本当にこの線に人の命が懸かっているなら、切ってしまった者は……。

 そう思えば思うほど、手は鉛のように重くなる。

 と、俺は不意に最後の一本に触れた。


「ピンク色……」


 嫌な予感がして、急いでタグを――色名を確認する。


「――桜色……?」


 その線を見つけた瞬間、思わず、頭の中が真っ白になった。


「――その線を切って!」


 直後、誰よりも大きな声でエリカちゃんが叫んだ。


「このガキ……ちょっとオッサン、早くそのガキの口を塞いで!」


 ヒヰロの命令でシガが仕方なくエリカちゃんの口を塞ぐ。

 それでも彼女は必死にモゴモゴと叫び続けていた。


「……桜色。エリカちゃんはこれを切れって言うんだね」


 俺は大きくうなずくエリカちゃんを見る。


「それが、君の“カン”だったりするのかな……?」


 もう一度、彼女は強くうなずく。

 いや、カンなどなくとも、この線だけは違和感が際立っている。

 ここにいる誰の名前でもない――俺の彼女の名(さくら)に染められた線。

 おそらく、これが正解の可能性は高い。

 これを切ったら、皆が助かる。

 さくらも、もしかすると消えることはないのだろう。

 しかし……。


「――けど、俺はこの線だけは切れないよ」


 犯人役(ヒヰロ)も嫌な演出をしてくれた。

 桜色(この)の線を切れば、彼女(さくら)が犠牲になるかもしれない――そうと分かってしまったら、俺に切れるわけがない。


「仮に『犠牲が出る』というのが嘘だとしても、俺は違う線を――だったら自分のを選ぶ」


 そう言って、俺は自分の名である白色の線にハサミを滑らせた。


「いっだっ!!」

「ダメ。止めて……!!」


 シガの手を噛んで、エリカちゃんが叫ぶ。

 だが、本当にごめん。

 俺は、この選択だけは間違えられないんだ。



 この25時間で、色んな掛け合いを見てきた。

 その選択に後悔した者もいれば、幸福そうな顔をする者もいた。

 ……ここまで見てきたすべてを踏まえて、俺は決めたんだ。

 選択は一度きりしかない。

 ここぞというときは、絶対に後悔しない選択をするのだと。


「待て!」


 耐え切れず、皆が俺の元へ駆け寄ってくる。

 だが俺は、彼らの思いを切り捨てるように白色の線を断ち切った。


「……みんな、ごめん。ゲームクリア後のことは、任せたから……」


――ブツッ――!


 奇しくも、タイムリミットは残り25秒で止まった。









――カッチン!




「――ハイ、カーット!」


 誰かの声と共に、どこかでカチンという音が響いた。

 その聞き覚えのある音に、俺は辺りを見回す。


「え……?」


 線を切ったことで爆発して命を落としたのだと覚悟していた。

 だが違った。俺は五体満足で立っている。何も爆発していない。

 それどころか、周囲は異様に静まり返っていた。誰も喋らず、動かない。

 まるで時間そのものが止まったかのように、皆が俯いたまま固まっている。


「……ツムギさ~、これで何テイク目かわかってる? 25テイクだよ? なんで毎度同じ失敗しちゃうかな~」


 一人だけ、異様な空間の中で平然と語る男がいた。

 映画の現場で使うカチンコを手に、先ほどまでの空気とはまるで別人の口振りで、肩を竦めながら近づいてくる。

 俺は息を飲み、彼の名を口にした。


「——グレイさん……どうして……?」


 そこにはなぜかグレイがいた。彼は平然とした顔で俺を見下ろしている。

 思考が追いつかない。息が荒くなり、嫌な汗が出る。


「どうもこうもないよ。君はこのゲームを”失敗”した。だからこれはNG……要はやり直し(リテイク)ってことだよ」


 あのカタコトのような口調は消え、流暢な日本語でグレイは言う。


「それにしても、君はどうして毎度同じミスしちゃうのかな~。おかげで今回も、つまらない回になっちゃったよ」


 彼はわざとらしい、深いため息を吐く。

 ……テイク? NG? 何を言ってるんだこの人は。

 そのとき、ふとヒヰロの言葉を思い出す。


『私はただ自分を犠牲にしてこの盤面(ゲーム)を用意してもらっただけ……今じゃあ、私もただの”犯人役”でしかないのだから』


「まさか……貴方が本当の黒幕(ゲームマスター)だったってことですか……?」

「……うーん、半分正解かな。確かにワタシはこの盤面(ゲーム)を用意した。でも、君を巻き込んでサイコロを振ったのは、ヒヰロと……もう一人」


 そこで言葉を切るグレイ。


 「一体誰だって言うんだ……!」


 顔面蒼白の俺とは対照的に、彼は満足げに口角を釣り上げる。


「それは教えない約束でね。まあ、教えたところで忘れちゃうんだけどね~」


 そう言うと、グレイは両手をパンパンと叩いて叫ぶ。


「はいはい、それよりも早く元の位置に戻って戻って!」


 その声に反応し、皆はまるで操り人形のように動き出し、やがて各々床に倒れた。


「みんな!」


 俺は慌てて駆け寄る。

 タカさんも、シガも、ヒヰロでさえも、叩いても揺すっても目を覚まさない。


「なんなんだ、これ……一体、何が……」


 まるで魔法のような、神がかり的な状況。

 だがそれ以上に恐ろしいのは、俺だけが取り残されていることだ。

 まるで選択を誤ったかのような現実に、言い知れぬ恐怖と後悔が襲う。

 そんな中、唯一まだ倒れていない人影があった。


「エリカちゃん……!」


 俺は急いで彼女の肩を捕まえて引き留める。

 いや、もしかすると、求めただけだったのかもしれない。

 『君は間違ってなんかない』と、いつものように力強く彼女に言ってほしかった。


「――ツムギくん、大丈夫だよ」


 ようやく返ってきた言葉。

 エリカちゃんの声に、俺は少しだけ安堵した。

 だが、見上げた彼女の笑みは、どこか悲しげだった。


「――25回」

「何……?」

「25回、このふざけたゲームを終わらせてくれて……ありがとう」

「え?」

「また、次もよろしくね……」


 直後、俺は立っていられないほどの目眩に襲われ、その場に倒れた。

 何を言う暇もなく、意識が朦朧としていく。


 ……そんな、まさかエリカちゃんが、グレイの言っていた“もう一人”だったのか――?


 そう叫べたかどうかもわからぬまま、俺の意識は途切れた。









 ――。



 ──……あれ?

 いつの間にか、俺は眠っていたらしい。

 目を開けると、まず目に入ったのは無機質な白い天井。

 横には安っぽい観葉植物が置かれ、耳にはざわざわと人の声が流れ込んできた。



 ――。



「私はエリカ。蛇ノ目(じゃのめ)エリカだよ」


 俺の視線の先で、エリカちゃんは小さな手を差し出す。


「ああ、よろしくね」


 そうして握手を交わした瞬間──。


「……」


 彼女が小さく何かを呟いた気がした。


「え、何か言った?」

「ううん──よろしくね、お兄ちゃん」


 かぶりを振って微笑むエリカちゃん。

 その穏やかな笑みは、さっきの圧倒的な存在感とはまた違う、不思議な安心感がある。

 俺は返すように、彼女へ笑みを浮かべた。




―― 完……? ――




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