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「なんだと!? じゃあシガのおっさんがコイツを脅した犯人で、このゲームの黒幕ってことかよ!」
トビトが怒声にも近い叫びを上げながら、ワカツキを指さす。
その言葉に反応したワカツキは、顔をしかめてシガを睨みつけた。
「あ、違う違う。シガさんは犯人じゃないよ」
俺は即座に首を左右に振って否定した。
「ちげーのかよ!」
「もしシガさんが脅迫した犯人なら、とっくにワカツキ社長へ接触しているはずだよ」
ゲーム開始直後のワカツキは、まだこの部屋に隠れてもいなかったし、ブレツの姿も傍にはなかった。
シガの性格からして、こんなふざけた状況でも真っ先にワカツキへ近づき、しっかり脅迫してもらえるものはもらっていたに違いない。
シガはお見事といった感じでヒュウと口笛を吹く。
「へえ、短い付き合いだってのに、よく俺のこと見てくれてんじゃん」
「よくも悪くも、ずっと裏表なく接してくれてましたからね――ちなみに、脅迫犯とこのゲームの犯人は、同一人物じゃないと思ってます」
あくまで俺の主観だが、もし両者が同一人物なら、探偵役にはワカツキやタカさんといった“25年前”に関わる人物が選ばれていたはずだ。
散りばめられた”25”が、実は事件を匂わせるための伏線だったんだと、納得も出来る。
「けど実際は、探偵役は俺だし、“25年前の事件”はそれほど重要視されていない……だから別人かなって。まあ推理っていうより、ほとんど想像ですけどね」
俺の話を、皆がぽかんとした顔で聞いていた。
ただ一人、エリカちゃんだけが大きくうなずいてくれている。
「それに……シガさんは悪そうに見えて、たぶん悪い人じゃないから」
「そこは“たぶん”って抜いとくとこじゃない?」
そうシガは苦笑を漏らすと、ポケットからタバコと――一冊の手帳を取り出した。
「けどまあ、残念ながら俺は見たまんまの“悪いおじさん”なんだよなあ」
と、シガは手帳を俺に放って寄こす。慌てて受け取った俺は、恐る恐るそれを開いた。
ページの間に挟まれていたのは、一枚の写真。車のライトに照らされた男性二人の姿が写っている。
「これは……?」
「25年前に俺が偶然撮ったもんだ。とある事件の“目撃写真”で、片方はワカツキ。でもって、もう片方は――当時警部だった男だ」
その言葉に、タカさんの表情が険しくなる。
「警部だった男だと……?」
「おっさんの想像通り、これはあんたが追っていた“例の事件”の証拠だ」
タカさんは大急ぎで俺の手から写真を奪い取った。
よくよく見ると、そこには“誰かが誰かを押している”決定的な瞬間が映っていた。
「な、なぜこの写真をすぐ警察に提供しなかった! もしそうしていれば……警部の“事故”は――!」
タカさんはシガの胸ぐらをつかみ、怒りを露わにする。
一方でシガは悪びれることなく、肩をすくめて笑った。
「おいおい、当時の俺はただのガキだぜ? 片やワカツキは“黒い噂”がネットに飛び交ってたやり手社長だ。こんなの提供しても、もみ消されるのがオチだろ」
確かに先刻、タカさんは言っていた。『裏で糸を引く“大物”が黒幕だ』と。
ワカツキ社長の黒い噂については、俺もネット記事で読んだことがある。
――WAKAPONグループは、財界の秘密施設をいくつも建設しており、その縁で社長は黒い繋がりを持っている、と。
「秘密施設など、そんなもんはネットの戯言だ! ちょっとだけ黒い繋がりがあるだけだ!」
「そこ隠すとこじゃねえのかよ!」
ワカツキのカミングアウトに、トビトが即座にツッコミを入れる。
「けど、なんでシガさんはその写真を大事に持ち歩いてるんですか?」
俺の問いに、シガは苦笑いを浮かべる。
「それは、この写真が生まれて初めて撮った“スクープ写真”だから。記念に、な」
火のついていないタバコを口先で弄びながら、シガは語り出す。
「あん時の興奮が忘れられなくってよ。カメラマンの道を選んだきっかけでもあるんだよな」
彼にとってそれは、手帳に挟んでおくほど大切な“運命の一枚”なのだろう。
「ま、震える手で咄嗟に撮ったせいでかなりひどい写りだし、俺が言わなきゃ誰だかもわかんねえ。だからこれは墓場まで持ってくつもりでいたんだがな」
だが、タカさんたちにとってその写真は、まったく別の意味を持つ重要な証拠だ。
タカさんは憤りを押し殺しながら漏らす。
「だとしても……これさえあれば、ワカツキを検挙できていたかもしれないというのに!」
刑事を辞めるほどその証拠を求めていたのだから、タカさんの怒りも無理はない。
そんな彼に向かって、シガはため息をついた。
「つか、俺に怒鳴ってどうすんだ? 悪いのは事件を起こしたワカツキと、この写真を使って脅迫してる奴だろ?」
思わず俺は尋ねた。
「じゃあこの写真は、他にも存在するってことなんですね」
「ああ。実は先日、どこかでうっかり落としちまってな。これは新たに印刷し直したやつだ」
つまり、シガが落とした“証拠写真”を偶然誰かが拾い、それを利用してワカツキを脅迫した――というわけだ。
「……そうだな。シガを責めるより先に、まずはワカツキ……今度こそ“25年前”の罪について白状してもらおうか」
タカさんは気持ちを切り替えると、写真をちらつかせながら詰め寄る。
言い逃れできないと悟ったのか、ワカツキは深いため息を吐いた。
「……確かに、その写真は25年前、聴取に来た警部をワシが突き飛ばした瞬間のものだ」
「ならば、警部が言っていた“記者殺人事件”の被疑者というのも……」
「ワシだ。と言っても、その事件は“指示”を出しただけだがな」
観念したワカツキは肩の荷が下りたようにソファへ腰を下ろし、ぽつりぽつりと語り出す。
「ワシの黒い噂を嗅ぎ回っていた記者が目障りだったのでな。だから始末させた。だが、どういうわけかあの警部は“ワシが犯人だ”と決めつけてやって来おった。それで口論になり、道路へ突き飛ばして……と、そういう流れだ」
直後、タカさんがソファの縁を叩いた。鈍い音とともに、革張りが沈む。
「そういうことだったのか……」
「フン、驚いているようだが、実は勘づいていたんだろう? “ワシのことを嗅ぎ回っている警備員がいる”と聞いていたからな」
驚いた俺は急いでタカさんを見た。
「そ、そうなんですか?」
タカさんは静かにうなずいて返す。
「ああ。実はワカツキが25年前の事件の犯人ではないかと突き止めてな。それで警備員として潜入調査していたんだ」
「それで新人警備員だったんですね」
なるほど、と俺は両手を合わせて納得する。
「要するに――ワカツキが諸悪の根源で、タカさんは証拠を集めるために警備員になった。で、シガが持ってた“証拠写真”を利用して、ワカツキを脅迫している犯人が別にいる、ってことだな……」
「口は悪いけど、大体合ってるよ」
目を爛々とさせるトビトに、俺はとりあえず頷いてあげた。




