残り24時間15分02秒
犯人探しを始めるべく俺は、改めて周囲を見渡す。
そしてここに集まった面々から話を聞き出そうとした。が、どうにも視線が合わない。
目を泳がせる者、そもそもこちらを見ようとしない者、まるで存在に気付かないふりをしている者。
あからさまに避けられているのが、痛いほどわかった。
「……みんな、最初に話を聞かれるのが嫌なんだよ」
隣のエリカちゃんがそっとフォローを入れてくれるが、その優しさが余計に胸に刺さる。
「あれ、一人目は俺だったじゃん……俺、除外されてる?」
ぼそりとシガが言ったが、俺は聞こえないふりをして頭をひねった。
よく考えてみると“最初に誰から話を聞くのか”はかなり重要なポイントだ。
推理のためじゃなくて、俺のメンタル的な意味で。
「ね、ねえ…私たち、疑われるのかな…」
「え~、そんなことないよ。だってあたしたちただ巻き込まれただけなんだし~」
若い女性のキャピキャピした会話は正直苦手だし、寡黙な人にズバズバ聞けるほど図太くもない。
「あああああ! 神よ!! カミヨーッ!!」
あの“カミヨおじさん”なんて論外。精神をごっそり持っていかれるのは確実だ。
無難で普通そうな人から聞くのが一番だろう。
そう思っていた俺は、ふと背後にいる少年に気づいた。
眼鏡をかけた、いかにも“大人しいガリ勉くん”という風貌の少年だ。
(よし、彼にしよう!)
即座に踵を返す。俺が向かってくると気づいたガリ勉くんは目を丸くして狼狽した。
その挙動はまるで万引きがバレた学生のようだった。
「ねえ、君……」
「なんで自分なんですか! ぼ、僕がそんな怪しかったですか!」
「いや、そういうわけじゃなくて…」
「ど、どう見ても、僕は……あ、怪しくは……」
……いや、めちゃくちゃ怪しいんだが。
そう思った瞬間だった。
「……う、うぉおおろろろ……」
緊張が限界を迎えたのだろう。ガリ勉くんが盛大に吐いた。
周囲は騒然となり、女性の悲鳴が響く。ドン引きした者もいれば、薄ら笑いを浮かべる人もいる。
思わず呆然と固まった俺が動き出せたのは、エリカちゃんが彼にハンカチを差し出した後だった。
「だ、大丈夫かい……?」
恐る恐る声をかけると、少年は青白い顔でその場にしゃがみ込んだ。
「す、すみません……緊張すると、ゲロ出ちゃう体質で……」
「そ、それはまた難儀な……」
「しかも高所恐怖症で。ここ、もう……窓際寄っただけで吐きそうで……」
……じゃあ何でここに来たんだよ。
喉元まで出掛かったツッコミをぐっと飲み込み、俺は黙って背中を擦ってあげた。
エリカちゃんや他の女性たちがてきぱきと後片付けを終えたところで、少年もようやく落ち着いてきた。
よくよく見ればまだ中学生くらいの幼さがある。
そんな彼を最初(本当は二人目だが)に選んだのは、確かに申し訳なかった。
「無理しなくていいよ。具合が悪いなら後でまた聞くからね」
エリカちゃんは優しい声をかけ、自販機で買ってきた水を渡す。
小学生ってこんなにちゃんとしているのかと、つい感心してしまった。
「いえ、もう大丈夫です。それよりもさっさと話して楽になりたいんで……」
まるで自白する犯人のようだと思いつつ、俺はガリ勉くんに質問を切り出した。
「それじゃあ聞くけど……名前と、職業。君の場合は学年かな? それとべインティシンコビルに来た理由を教えてくれるかな?」
少年はもらったペットボトルを握り締めたまま答えた。
「名前は……加勢 晴嵐です。中学二年です」
さっきまでの挙動不審が嘘のように、淡々とした口調だ。
だが「来た理由」を尋ねると、一瞬言葉を濁した。
「その……星が見たくて、来たんです」
「今、昼なのに?」
俺はすかさず突っ込んでしまう。
と、セイランは苦々しい表情で反論した。
「い、いいじゃないですか! 昼から星見に来たって!」
「いや、でもここ、天体観測できる場所もないし」
「星は好きなんです! ホントなんです!」
ごり押しで納得させようとしてくる様子が却って怪しいのだが。
と、俺は不意にエリカちゃんを一瞥した。視線に気付いた彼女は静かに頷いた。
「星が好きなのは本当だと思う」
「それって……カンだよね?」
エリカちゃんはもう一度頷いた。
まあ確かにまだ一人目。セイランが犯人という可能性についてはひとまず保留にした。
「こんなふざけたゲーム……単独犯じゃ絶対無理だと思うし、複数犯だとしても中学生が加わっているのは現実的じゃない。と思うしね」
その言葉にシガが煙草を取り出しながら笑った。
「”現実的じゃない”ねえ。こんなゲームをこんな場所で仕掛けてくる時点で、十分現実離れしてると思うがな」
シガの言動を見ていたエリカちゃんがしかめっ面で注意した。
「ここは禁煙なのに……」
するとシガは不敵に――というよりはいたずらっ子のような笑みを浮かべてみせる。
「ちょっと咥えるだけだって。火は付けねえよ。でもまあ、火つけて火災報知器を鳴らすってのは、アリじゃね?」
そう言いながらシガは天井の火災報知器を見上げる。
確かに、火災報知器を作動させれば自ずと消防がやって来る。それは、外界への連絡手段になるかもしれない。
だが、俺たちの会話を聞いていた一人の女性――セイランの吐瀉物を一緒に片付けてくれた彼女が声を上げた。
「もしスプリンクラーが作動したらビショビショですよ。着替えもないのに風邪引いちゃいますよ」
それに……。と、言いかけて女性は頬を赤らめ、そっと顔を背ける。
スプリンクラーのせいで衣服が濡れてしまったら――確かに女性たちにはキツい話だ。
俺が一人納得していると、彼女が戸惑いながらも俺へ耳打ちしてきた。
「……もしこれがテレビや動画配信の企画だったら、色々マズいじゃないですか」
どうやら彼女はこのゲームが隠しカメラを使った”ドッキリ企画”だと信じているようだ。
「あ、ちなみに……貴方の名前、聞いても良いですか?」
「え、私!? えっと、その……」
名前を尋ねただけなのに、何故か口ごもってしまう女性。
二十代くらいの清楚な雰囲気の眼鏡女子で、どう見ても普通そうなのに。
……まさか彼女もわけあり系なのか?
俺は思わず顔を引きつらせてしまう。
「名前は……”K”とかじゃ、ダメですか?」
「ダメ、じゃないけど……じゃあ職業は?」
「内緒じゃ、ダメですか?」
「べインティシンコビルに来た理由は……?」
「秘密じゃ、ダメですか?」
「……それじゃ何も答えてないじゃないか!」
結局彼女”K”さんは「ごめんなさい。どうしても話せない事情があるんです」と繰り返すばかりで、何も語ってくれなかった。
……もしかして、こんな調子でずっと、わけありクセ者たちとやり取りしていかないとならないのか?
そんな不安が過ぎり、俺はこの嫌な役回りに思わず肩を落とす。
俺の心情を悟ったのか、エリカちゃんがそっと背中を撫でてくれた。
その優しさが、いつの間にか俺の唯一の救いになっていた。




