残り02時間10分28秒
必然的に、俺たちはタカさんの後を追った。
彼が向かったのは、エレベーター横に掲示されたフロアマップだ。
「ど、どうしたんですか、タカさん」
「ずっと引っかかっていたことがある」
そう言ってタカさんが指差したのは、北側と南側フロアの境目――多目的トイレがあるエリアだった。
「トイレならもう調べましたよね?」
ちなみに、この展望フロアには多目的トイレが三つもある。どうやらベビールームも兼ねた設計らしい。
「クワキノさんがあの周辺を縄張りにしてましたけど、他に誰かが潜んでる様子はなかったですよね」
俺がそう言うとタカさんは首を縦に振る。
「ああ、トイレ内も広々していて赤ちゃん連れでも安心そうだった」
だが、とタカさんは眉間にしわを寄せた。
「この図と見比べると……あのトイレ、一つはそこまで広くなかったんだ」
確かに、言われてみればフロア図の面積より実際の空間は狭かった気がする。
「間違えて書いちゃった、とかありそうですけど?」
「それはない」
「あ、そうですか」
「もしかすると、この多目的トイレの横に隠し通路があるのではないかとオレは思っているんだ」
こうしたフロア図に描かれていない空間には、災害時用の備蓄庫やプライベートルームが設けられていることがある――と、タカさんは付け足す。
「まさか……そこに?」
「行ってみる価値はあるだろう」
俺とタカさんは視線を交わし、多目的トイレへと足を向けた。
と、その前に背後にいたシガが水を差してきた。
「――でもよ、おたくら警備員と清掃員だろ? なんでそういう部屋の設計とか聞いてないわけ?」
彼のもっともな疑問に、俺とタカさんは顔を見合わせてから声を揃えた。
「入ってまだ日が浅いんで」
「入ってまだ日が浅いんで」
見事なハモりだった。
「え、タカさんって……新人警備員なんですか?」
「……ああ。一週間ほど前に雇ってもらったばかりでな」
「一週間!?」
その貫禄から十年選手だと思っていたのは、俺だけじゃなかったらしい。シガもエマも目を丸くしている。
「そんなに貫禄があったとはな。他の警備員仲間からは『若造が入ってきたと思った』なんて言われたがな!」
タカさんは高らかに笑う。
もしや彼の若々しさの秘訣は、この豪快さとポジティブさなのかもしれない。
多目的トイレに着いた俺たちは早速、再調査を開始した。
だが、二つのトイレには怪しいスイッチも仕掛けも見当たらない。
「……となると、残るはクワキノさんがいるここだけですね」
最後の多目的トイレは使用中ランプが点いていた。とりあえずノックする。
「クワキノさーん」
「……なに?」
やがてドアが開き、怪訝な顔のクワキノが姿を現した。
「あの、もう一度だけ中を調べさせてもらっていいですか?」
俺が頭を下げながら頼み込むと、クワキノはこれ見よがしに嫌そうな顔をした。
「はあ? さっきも散々調べてったよね? そもそも他の人と関わりたくないからここに籠ってるのに……これ以上は迷惑なんだよね」
ネチネチと文句を言う彼に、時間が惜しいからと、俺はさらに頭を下げかけた。そのとき――
――バンッ!
トビトが勢いよくドアを蹴り飛ばした。
「ごちゃごちゃうるせえ! 時間がねえんだ、協力しろ!」
相変わらず乱暴だが、こういうときばかりはありがたい。
クワキノは目を白黒させ、その場にしゃがみ込んでいた。
「オレはこっちを探す。ツムギはそっちだ!」
タカさんもトビトを咎めることなくズカズカと中へ入り、捜索を始めた。
それだけ切羽詰まっているということだ。
シガも鏡をベタベタ触りながら探る。
「いやいやいや、こういうときはマップから考えて“この辺”を調べるんだって」
しかし、男四人で隅々まで調べても、扉らしきものもスイッチらしきものも見つからない。
(タカさんの読みが、外れたのか……?)
そんな不安がよぎったときだった。
トイレの外からエリカちゃんの声がした。
「……ここ、怪しいかも」
そう言って彼女が指差していたのは、多目的トイレのドアからドアの間にある壁だった。
「確かに……ここ、空洞っぽいかも!」
エマが壁をコンコンと叩く。
すると次の瞬間。
カチッ。
ノックの拍子に何かを押したらしい。
壁が、まるで近未来の扉のようにゆっくりと上下に開いていく。
「急に世界が変わったな、こりゃ!」
シャッターを切りまくるシガ。
だが彼が興奮するのもよく分かる。隠し扉の奥には無数の配管が剥き出しになっており、スチームパンクめいた空間が広がっていた。
タカさんは懐中電灯を手に、不思議で不気味な通路の奥へと進んでいく。
「何があるかわからん……とりあえずオレが先に行く。ツムギたちは後からついて来い」
警備員とはいえ、一人で進んで大丈夫なのか。
なんて心配する暇もなかった。
「ちょ、エリカちゃん!」
エリカちゃんがその背を追って走り出した。
俺とシガ、そしてトビトやエマたちも後に続いた。
通路は想像以上に暗く、そして細い。
「うぐっ!!」
突如、奥から呻き声が聞こえた。タカさんの声だ。
俺は足を速め、通路の奥へと飛び込んだ。




