残り14時間20分22秒
俺がセイランを説得していたのと、ほぼ同時刻で。
タカさんたちもイコシとムラタの説得にあたっていた。
「イコシ……お前の信仰心は自由だ。だが、これ以上のことを起こせば、それはただの犯罪だ!」
「煩い! 我は破滅からこの世を救うべく、贄を用意しているだけだ! しかも神のもとへ行けるのならば、贄たちも光栄なのだ!」
イコシは聞く耳を持たず、ムラタも包丁を降ろそうとしない。
シガは珍しく顰めた顔で睨む。
「死ぬのは勝手だがな、死ぬ気のない奴まで巻き込むのはお門違いだろ」
ムラタは鼻で笑う。
「ハッ、知らねえよ! そのじいさんが『25人死ななきゃならねえ』って言うから……だから、やるしかねえんだよ!」
ムラタの声は荒いが、手は僅かに震えていた。それは酔いなのか、恐怖なのか。
「だ、だからまず一人やっちまえば……もう後には引けなくなるだろ……」
「ひ、ひぃっ!!」
包丁の刃先がスミレの首筋に触れる。
――ダメだ、間に合わない。
誰もがそう思った、そのときだった。
「――この、クズオヤジが!!」
フロアに轟いた怒声。
まるで雷鳴のような叫びに、皆が一瞬で硬直する。
セイランの説得を終えていた俺も、竦み上がるほど驚いた。
「自分の家庭を崩壊させただけじゃ飽き足らず、他人の人生まで崩壊させようとして……何やってんだよ」
そこに立っていたのはニコだった。両脇にはグレイとナノハの姿もある。
「貴様も我を愚弄するか! 25の神から天啓を受けた、この我の邪魔をするならば――」
「黙って話を聞け!」
イコシの怒声にも包丁にも意に介さず、ニコは真っ直ぐに睨み据えた。
「ボクが生まれてからアンタが狂ったせいで……近所の木から柿を25個もぎ取ったり、校舎の窓硝子を25枚割って歩いたり……そのたび母さんが謝り回って、どれだけ苦労したかわかってんのか!」
……子供の悪戯かな?
などと、場違いなツッコミが浮かぶほどだが、それはニコの母が抱えた苦労の重さでもある。真剣な話に水を差さないようにする。
「それなのに最後は『神が25の先に待っている』なんて書置き残して出て行って……けど、それでも母さんはアンタを信じて待ってたんだぞ!」
すると、何かに気付いたのか、イコシが目を丸くしてニコを見た。
「ま、まさか……ニコ、なのか……?」
「はは、今気付いたのかよ。ほんと、クズオヤジだな」
ニコは突き出された刃をそのまま掴み、叫ぶ。
「母さんが最期に何て言ったと思う? 『あの人を憎まないで』だ……最後の最後までアンタを愛してたんだよ! なのにアンタは母さんを忘れて無理心中か? そんなふざけた結末、絶対許さないからな!」
ニコは力任せにイコシから包丁を奪い取り、床へ投げ捨てた。
彼の掌から鮮血が滴り落ち、ナノハが悲鳴を上げる。
「25のなんたらは好きに信じてろ。けどな、無理やりでもアンタを母さんの墓に引っ張ってって、土下座させてやるから。だから……今は大人しく捕まって、罪を償えよ」
ニコの瞳から涙がポロポロと零れた。
それが怒りなのか哀しみなのかは、当人にしかわからない。
「……ま、まさか……小百合が、亡くなったのか?」
ようやく理性を取り戻したかのように、イコシは目を丸くしながら尋ねる。
ニコは小さくうなずいて答えた。
「六年前に、病気でな」
それがトドメだった。
イコシが膝から崩れ落ちた。
「では……我は、なんのために破滅と戦っていたのだ。我は、この世の破滅から――妻と息子を守るために……」
ポツリと漏れたその言葉は、間違いなく彼の本心だった。
だが、それでもニコの感情は揺るがない。
「警備員さん、今のうちにこの男を拘束して下さい」
「あ、ああ……!」
タカさんに託すと、ニコは静かに踵を返した。
「オウ! ニコ、大丈夫デスカ?」
「こんなの、母さんの苦しみに比べれば掠り傷だよ」
「そ、そそそ……そんなこと言わないで下さい! は、早く手当を……!」
ナノハは慌ててカバンから絆創膏を取り出すが、それでは止血も出来ない。
するとエリカちゃんが素早くハンカチを出して傷口に巻き付けていた。
本当に、小学生とは思えない手際だ。
――と、そこでシガが口を開いた。
「とまあ、教祖が拘束されちゃあもう投了だろ。観念してアンタらも武器を捨てな」
だが、ムラタの手は止まらない。
「……野球一筋、バットを振り続けてきた俺が、今はチンケな凶器を振り回して人生を棒に振ろうとしてる……それって最高に面白い展開だろ?」
スミレを羽交い締めにしながら、じりじりと後退する。
「止めとけ止めとけ。そんなクズくんを人質にしても面白くねえし、誰も悲しまねえって!」
「ちょっと! サンゴは泣いちゃうわよ!」
シガの説得に、なぜかサンゴが怒鳴り返す。どうやら二人は奇跡的によりを戻したらしい。
「うるせえ、うるせえ! もう良いんだ……底辺の俺がこれ以上何やろうと、もう終わってんのは変わんねえんだよ!」
自暴自棄になったムラタはスミレを道連れにしようとしていた。
壁際まで後退ると、息を荒くしながら叫んだ。
「どうせ死刑か、今死ぬかの違いだろ……だったら一思いに……!」
「だ、ダメですよ!」
今度こそ間に合わない。
果敢に俺は飛び込もうとしたが、エリカちゃんに止められた。
「ダメ!」
「でも、このままじゃ――」
まさにその刹那だった。
「――ちゃんと受け取れよ、おじさん」
「は?」
何かがムラタに向かって飛んだ。彼は反射的にキャッチする。
……あれは、スマホ?
と、次の瞬間。
駆け寄ってきた人影により、ムラタの手首をねじられ、その膝が落ちる。
それと同時に包丁が床に転がった。
まさに一瞬の出来事だった。
ムラタを取り押さえた意外な人物に、俺は驚いた。
「あ、アマツキくん…?」
アマツキに腕を極められ、ムラタは呻き声を上げる。
その間に、タカさんがスミレを救出していた。
拘束されたムラタに、アマツキは言った。
「……おじさんが落ちぶれるのは勝手だけど、足掻きもせず酔って寝そべってたから……こうやって足下すくわれるんだ」
それは怒鳴りでも嘲りでもない。ただただ冷たい現実をムラタに突きつけた。
まるでヒーローショーを見ているかのような大捕物に、俺は拍手すら出来ずに呟いた。
「……かっこよ」




