残り14時間30分21秒
深夜一時を過ぎた頃、突然の叫び声で俺たちは目を覚ました。
「――今こそ、今こそ25の神に供物を捧げる時ぞ!」
その言葉が誰の台詞か、一発でわかった。
「なっ、なんだ!?」
フロア中に轟く声に飛び起きた俺は、まずエリカちゃんを確認する。
同じタイミングで彼女も目をぱちりと開け、周囲をキョロキョロと見渡していた。
「我らが同志よ! 我が元に集まりて、偉大なる神の供物となり給え!」
声は北側フロアから聞こえてきた。
「こりゃ一悶着ありそうだな」
そう言って素早くカメラを手に取るシガは、どこか楽しげだ。
続くようにタカさんが呟く。
「一悶着で済めばいいが……どうもそうではないらしいな」
間もなくして誰かの悲鳴が響いた。
……供物って、一体何をするつもりなんだ。
「エリカちゃんはここで待って――って、いないっ!?」
俺の言葉も虚しく、エリカちゃんは先に走り出していた。
冷静かと思いきや好奇心旺盛で、そういうところはやっぱり子どもだな、と思いつつ。
俺も彼女に続いて北側フロアへ向かった。
北側フロアに着くと、想像以上の事態が待っていた。
てっきり果物か生魚でも取り出して、はた迷惑な儀式を騒がしくやっているのだろうと思っていたが、違った。
「やだ、スミレくん……!」
「お、俺のことはいいから。は、離れてちょ……」
そこにはイコシだけでなく、他に数人ほどの姿があった。
そのうちの一人はムラタで、なぜか包丁を握りしめてスミレを羽交い締めにしている。まるで人質を取った強盗のような光景だ。
駆け付けたタカさんは即座に叫ぶ。
「一体何があったんだ!?」
サンゴは泣きながら説明する。
「あ、あのおじさんが急に喚き散らして、サンゴを捕まえて供物にするとか言って――!」
どうやら、イコシたちに捕まりそうになったサンゴをスミレが庇い、身代わりになったらしい。
クズではあるが、男らしい一面もあるじゃないか――なんて悠長なことを思っている暇はない。
俺は訴えるようにムラタへ叫んだ。
「ムラタさん! どうして貴方が……貴方も25神妙教の信者だったんですか?」
対抗するべく、ムラタもまた叫ぶ。
「うるせー! 俺はそんなバカげた宗教になんざ興味ねぇよ!」
「なんとっ!?」
何故か、一番にイコシが驚いていた。
……あれ、ムラタは信者じゃないのに一緒にいるということか?
「興味がないって言うなら、なんでこんなことを……」
ムラタを説得しようとしたその時、もう一人の共犯者が俺の行く手を阻んだ。
「そ、それは、一人で死にたくないからです……!」
「セ、セイランくん……」
現れたセイランの手にも、包丁がギラリと光っていた。
「一人で死にたくないって、どういうことだい?」
「……僕は、25神妙教自体には、全くもって興味はありませんが」
「なんだと!?」
再び一人で驚愕するイコシ。
「でも……今日ここに来れば皆で一緒に死ねるって、SNSに書き込みがあったんです」
するとシガが鼻で笑う。
「ふーん。神の生贄のために、自殺希望者を募っていたってことか……せこいことをする宗教様もいたもんだな」
シガの挑発にイコシは顔を真っ赤にして叫んだ。
「失敬な! 自身の命が25の神の供物になれるのだ、ありがたいことであろう!」
が、セイランも負けじと大きな声で叫ぶ。
「僕は正直、神とか供物とか、そんなのもどうでもいいんです!」
「なんと、なんと!」
この様子からして、本当に25神妙教とセイラン自身は無関係のようだ。
「ただ……僕は死にたくて。けど、一人だと怖くて……だから、この集会に来たんです」
同じ気持ちの人が来れば、同じように命を絶ってくれるから――セイランはそう口にし、涙を流す。
「なんで……死にたいなんて思ったんだい?」
俺が尋ねると、彼は言葉を詰まらせた。
やはり他人が軽々しく踏み込んでいい問題ではない。
だが、やがてセイランは真剣な表情で答えた。
「——学年順位が、下がったんです」
「学年順位……?」
テストの点数でランク付けするあれか。
俺の学校にはそんな制度はなかったが、あるところにはあるのだな、と俺は思う。
「何位くらいとか、聞いてもいいかな……?」
「ずっとトップ五位以内をキープしていたのに……この前、何故か25位まで下がって……それで年末年始、ずっとショックで……」
涙と鼻水を垂らしながら語るセイラン。
ずっと思い悩んでいたのだろう。彼の苦悩がとめどなく溢れ出ていく。
「だからたくさん勉強して、学年末テストで挽回しようと思ってたけど……また同じ順位だったらと思うと、今度は不安で怖くて辛くて。そ、それで……楽に、なれたらって、思っちゃって……」
力なく呆然と立つセイランの手から、包丁がするりと落ちた。
すかさず俺は駆け寄り、彼の手を掴む。
「ごめん正直に言うよ。俺はセイランくんのこと、何も知らない。だから『たかが学年順位』なんて思っちゃうけど……でも、君にとってはとても大事なことで、必死なことなんだろう?」
セイランは静かに頷いた。
「だったら、悔しくて猛勉強した成果をちゃんと見届けないと。前回はケアレスミスが続いただけで、次の学年順位はちゃんと上位かもしれないだろ」
「で、でも……もしそうじゃなかったら……」
俺は少し考えてから言った。
「俺たちが気づけなかった太陽の違和感に、誰よりも早く気付いたセイランくんなら絶対に大丈夫だよ」
「……それは、根拠になりません」
「そ、そうかな……?」
俯いたままのセイランに、俺は思ったままの気持ちを伝える。
「でもさ、教えないって選択肢もあったのに、セイランくんはちゃんと教えてくれたじゃないか。君は賢くて責任感のあるいい子だよ」
「お、大げさです……」
「そんなことない! つまり俺が言いたいのは、君には”ただの順位”だけでこれ以上傷ついてほしくないってことなんだ。だって、君の価値はもっと違うところに沢山あるんだからさ」
彼はそれ以上何も話すことなく。静かに鼻をすすっていた。
俺の言葉がどれだけ伝わったかは分からないが、身を投げ出すような真似は、もうしなさそうだった。




