残り18時間35分20秒
トビトとイチゴの恋バナが美しく幕を閉じ、食事も終えたところでタカさんたちが戻ってきた。
そのあと俺たちは、他の人たちにも食事を分けようと手分けして配り歩いたのだが――。
喜んで受け取る人もいれば、断る人、そしてどう探しても見つからない人までいた。
「アマツキとかニコたちは受け取ってたけど……まさかセイランが断るとはね」
皿に盛ったパスタを眺めながら、俺はぼやく。
するとエリカちゃんが優しく言った。
「また吐いちゃったら悪いからって。そう言うなら仕方ないよ」
だが、受け取らなかったのはセイランだけじゃない。イコシやムラタにも断られた。
さらには、見つからなかった人たちは、未だ聞き取りも出来ていない。
「話せてないのは、あと四人……一人はずっと寝たままのスーツの人だけど、残り三人はどこに隠れてるんだか……」
結局、タカさんの騒動もあってセイランから“25関連”の話も聞きそびれてしまっている。
順調かと思っていたが、ここに来て壁にぶつかったような感覚に、俺はため息をつく。
と、エリカちゃんが微笑みながら言った。
「ため息、出ちゃったね」
「ああ、ごめん。幸せ逃げちゃうよな」
苦笑する俺に、彼女は静かに首を振る。
「それは迷信なんだよ。それに、ため息って深呼吸と同じだから、した方がストレス発散になるんだって」
「物知りだな、エリカちゃん……それに比べて俺は……」
無意識にもう一度ため息が漏れる。
「何の知識もない、特技もない。話術もなくて、いざというときにどう言葉を掛ければいいかわからなくなる……」
本当は子どもに吐くような愚痴じゃない。
だが、ここまで来て心が擦り切れていた俺は、誰かに言わずにいられなかった。
「おまけに行動力もあるわけじゃないし……探偵役なんて務まってるのか、不安で仕方ない……」
するとエリカちゃんが、ぴしっと指を俺に向けた。
「――犯人は、お前だ!」
突然の一言に思わず硬直する。
「……って、ツムギくんも言ってみたいの?」
「え……あ、いや。そういうのが言いたいわけじゃなくて……」
慌てて否定する俺を見て、彼女はクスクスと笑った。
「じゃあ、無理してカッコいい言葉なんていらないんだよ」
エリカちゃんが俺の手を優しく握る。
「ツムギくんの優しさと誠実さはちゃんと皆にも伝わってる。だからツムギくんは、ツムギくんの言葉で思ったことを言えばいい」
――間違えたって、何も言えなくたって、それは全然カッコ悪くないんだよ。
そう言い切るエリカちゃん。幼いはずなのに大人びたその眼差しに、俺は思わず息を呑む。
「……でもね、選択を間違えることだけは絶対ダメ。だから、何かあったら私を頼ってね?」
小さな指先がきゅっと力を込める。
俺よりもはるかに小さいのに、まるで俺以上に大人だ。その不思議な感覚に、つい安心さえしてしまう。
「わかったよ。ありがとう、エリカちゃん」
俺は静かに手を握り返して言った。
「どういたしまして」
そう言って無邪気に笑う顔は、年相応の女の子の顔だった。
展望フロアの皆に食事を配り終える頃には、もう夜九時を回っていた。
心身の疲労のせいもあってか、俺たちはこのまま休むことにした。
「聞き取りは大丈夫なんですか?」
俺の質問にタカさんが答える。
「心配いらん。それに、残りの連中が答えてくれる状況じゃない以上、聞き取りも何もないからな」
壁際に腰を下ろすタカさんの横顔は、心なしか疲れているように見えた。
よほどこの非現実的な状況に堪えているのか。それとも先ほどの腹痛がまだ尾を引いているのか。
「俺、部屋明るいと寝られない性質なんだよなあ……」
片やシガは、ため息まじりにぼやいていた。
確かに、時が止まったかのような空は未だ明るく、ガラス越しに降り注ぐ日光は一月とは思えないほど温かい。
「エリカちゃんはエマたちと寝なくてよかったの?」
女性陣は少し離れた場所で寝ると言っていた。
カフェから衝立を持ち出して行ったあたり、しっかりしている。
正直、エリカちゃんもおじさん連中に囲まれるよりは、そっちの方が安心できそうなのだが。
「うん、ここで大丈夫」
そう言って、彼女は俺の傍から離れようとしない。
俺たちの様子を見て、シガがニヤニヤしながら茶化す。
「あらら、ずいぶんと好かれちゃったな。こりゃあ彼女さんと天秤にかけなきゃだな」
「そんなことしませんよ」
俺はしかめっ面を返した。
……何度だって言うが、慕われるのは嬉しいけど、幼女に手を出すなんて絶対しない。
「何かあったらすぐ起こして言うんだよ?」
「うん」
素直に頷いたエリカちゃんは、並べた椅子にごろんと横になる。
寝心地は良くないだろうが、床で寝るよりはマシだ。
「……ツムギくん」
聞こえてくる、エリカちゃんの声。
「どうしたの?」
俺が尋ねると彼女は囁くように言った。
「……おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
間もなく、彼女の寝息が聞こえてきた。
やっぱり子どもだ。達観しているとはいえ、気を使って疲れていたんだろう。
俺も心身ともに疲れ切っている。
明るい空の下で眠れる気はしなかったが、目を閉じたらいつの間にか眠っていた。
明日にはまた聞き取りを再開しなくちゃならない。
タイムリミットまでまだ十七時間はあるが、何が起こるかわからない。油断は禁物だ。
――そんな俺の心配は、四時間後に現実となる。




