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残り18時間50分19秒


 俺たちが話に花を咲かせていると、おもむろに二人の男女が近づいてきた。


「――あの、さっきはお騒がせしてすみませんでした」


 そう言って丁寧に頭を下げたのは、彼氏に25股かけられていた女性、イチゴだった。


「ああ、いえ……お気になさらず。むしろあの人にビンタ一発くらいしたってバチは当たらないくらいですよ」


 俺は軽口を叩いて笑ってみせる。すると。


「ハアッ!? イチゴは暴力なんざ絶対しねえし、テメエに言われる筋合いもねえんだよ!」


 隣の男性がいきなりガンを飛ばしてきた。例の金髪の男性だ。

 冗談が通じないタイプかと、笑顔のまま固まる俺。


「ダメだよ、トビくん! ご迷惑かけた人にそんな態度……!」


 イチゴが眼鏡を掛け直し、きつく注意する。その姿はまるで学級委員長か教師のようだ。


「チッ……」


 渋々引き下がる彼は、まるで三蔵法師に抑えられる孫悟空のようにも見えた。


「それで……お礼になるかはわかりませんが、トビくんがそこのカフェで何か作ってくれるそうなんです。良ければ一緒にどうですか?」


 確かに窓の外は昼間のように明るいが、本来なら夜の八時頃。

 空腹に耐えていた俺にとって、これは願ってもない誘いだった。


「わあ、やった! ありがと~!」

「え……もうそんな時間だったんですか?」

「え、ええ……そうみたいね」


 エマは満面の笑み、カズコは窓の外を見て目を丸くし、ヒヰロはエリカちゃんから借りたスマホで時刻を確認していた。


「お、おいイチゴ……俺がコイツらの分まで作るなんて……」

「どうして? 皆さんだってお腹空いてるでしょうし、みんなで食べた方が美味しいんだよ?」


 イチゴが覗き込むと、トビトの顔は一瞬で真っ赤になる。

 彼にとってそれは、相当な破壊力だったのだろう。

 顔を背けたまま、トビトは言った。


「……しょうがねえな。俺の特製料理を食わせてやっから覚悟しとけ!」


 そう言って厨房へ向かう彼の背中は、さっきよりも少しだけ柔らかく見えた。

 可愛いところもあるんだなと、俺たちはこっそり笑みを交わした。




 展望フロアにはカフェスペースがあり、コーヒーやジュース、アルコール類に加えて、パンケーキやパスタといった軽食まで用意されていた。

 本来なら勝手に作っていいものじゃないだろうが――状況が状況だ。

 すべてが解決した後で、きちんと説明して代金を支払えば許してくれるだろう。


「あの、自己紹介が遅れました……私は嘉奈(かな) 一恋(いちご)と申します。それで、こちらの男性が新井(あらい) 鳶斗(とびと)です」


 丁寧に名乗ってくれて、探偵役を担う俺としては助かる。

 だが、他の皆はそれどころじゃなかった。

 目の前の料理に夢中で、今にもよだれを垂らしそうな勢いだ。


「お昼食べ損ねてたから、お腹ぺこぺこで……しかもちゃんと映えるし、美味しそ~」


 スマホのバッテリーさえあれば写真を撮っていたのに、と言いながらエマはパンケーキを凝視している。

 カズコとヒヰロもホットサンドをありがたそうに眺めていた。


「本当に……ありがとうございます」

「今日はもう食べられないと思っていたから嬉しいわ」


 女性二人に感謝されて、トビトはむっつりした顔をしていたが、まんざらでもなさそうだ。

 と、俺はふとした疑問を投げかける。


「それにしても、手際よかったけど……もしかして職業は料理人とか?」


 厨房から覗き見たトビトは何人分もの料理を迷いなくこなしていて、まるでプロのようだった。


「トビくんは実は、下のレストランで働いているそうなんです」


 イチゴの説明に、トビトは気恥ずかしそうに顔をそらす。


「そんな大層なもんじゃねえ! 皿洗いや仕込みばっかで、まだ下っ端だ!」


 そう反論する顔が少し赤い。怒鳴りがちな男だが、案外わかりやすくて悪いやつではなさそうだ。

 思えば、探偵役のことに最初に文句をつけてきたのも、皆の気持ちを代弁してくれていたのかもしれない。

 そんな中、一人エリカちゃんが両手を合わせた。


「……いただきました」

「えっ!? もう食べちゃったの!?」


 エリカちゃんの皿を見ると、ナポリタンが跡形もなく消えていた。

 ……いや、普通“いただきます”は食べる前に言うものなんだけどな。

 まあ、それだけ彼女も空腹だったのだろうと、俺たちも続くように言った。


「じゃあ、俺たちも――いただきます」


 久々の食事だからか、ペペロンチーノがやけに美味い。いや、もしかしたらトビトの腕が良いのかもしれない。


「あの、ところでトビト……さん?」


 俺が恐る恐る声をかけると、返事代わりに鋭い視線が突き刺さる。

 思わずたじろいだが、負けじと尋ねた。


「き、君の経歴とか習慣とかで……“25”に関することって何かないかな?」

「あぁ? 何言ってんだテメェ?」


 当然の反応だが、そんなに怒らなくてもいいのに。

 しかしトビトは考え込んだあと、何かを思い出したように目を見開いた。


「……そういや、今日だけ休憩時間を25分早く切り上げさせてもらったんだ。それじゃダメか?」


 ダメ、とは言えない。

 そもそも俺だって“25”のOKラインは捉えていないのだから。


「大丈夫……だけど、理由を聞いてもいいかな?」


 トビトはイチゴを一瞥し、しかめっ面で答える。


「見えたんだよ、偶然……」

「見えた?」

「……っ、厨房から、イチゴの姿が偶然見えたんだよ!」


 またも怒鳴るトビト。その顔は苺のように真っ赤だった。

 すかさずエマとカズコの恋バナセンサーが反応する。


「え、何々? もしや恋バナ?」

「そ、そうなんですか……?」


 エマは目をキラキラとさせながらトビトとイチゴを交互に見た。


「職場で偶然見つけた恋人って、それもう運命じゃん! いいな~」

「あ、いえ……私たちは、恋人ではありません」


 俯くイチゴの顔がみるみる曇る。

 “25股彼氏(スミレ)”のことを思い出してしまったのだろう。

 あんなことがあったばかりで、そんなすぐに気持ちを切り替えられるわけがない。

 ここは早く話題を変えた方がいい――。と思ったが。


「そ、そういえばさあ、レストランって、どの店の――」


 と、俺は口を開いたが。


「あ、じゃあ友達ってこと? でもさっき仲良さげに料理、手伝ってたよね?」


 ダメだ。俺のトーク力じゃ役に立たない。

 ガンガン攻めていくエマの追究に、流石にカズコも慌ててとめようとしていた、そのときだった。


――バンッ!


 トビトが勢いよくテーブルを叩いた。思わずグラスが揺れる。


「俺は! 大学行ったイチゴを追いかけて! けど特技もなくて! 偶然出会ったおやっさんに助けられて!」


 ……あまりにも飛び飛びな会話。



 要するに、こういうことらしい。

 都会の大学に行ったイチゴを追って同じ街に出てきたものの、バイトもうまくいかず、金も尽きた。

 そこへ偶然出会った男性——料理長の計らいでレストランに下働きとして雇われた。

 立派な料理人になるまではイチゴに顔向けできないと修行に打ち込んでいたが、今日偶然彼女を見つけてしまった。しかも、どこかのカップルの後をつけているように見えて、心配になった。

 だから25分早く休憩時間を切り上げ、追いかけてきた――というわけだ。




「……しかも、こんなよくわかんねぇ状況になっちまって、頭が追いつかなくて……だけど、それでもイチゴだけは絶対守ろうって思って、見守ってたんだ」


 だからこそ、彼女がカッターを取り出したとき、いても立ってもいられなかったのだろう。

 彼の突然の登場にはそうした経緯があったらしい。


「けど俺がバカだった! もっと早く言やあ良かったんだ!」


 トビトはイチゴの肩を掴み、正面から向き合った。

 しっかりと見つめあう二人。

 周囲は思わず息をのむ。


「今日が久々の再会だってのに、変装してても一発でわかった。小学校の頃から、気持ち悪いくらいずっとテメエを追いかけてきたんだからな!」


 そのまま叫ぶ。


「……けどな、それくらい、俺はイチゴが好きなんだ! 今さらこんなこと、こんなときに言うことじゃねぇのもわかってる! けど……い、イチゴさえよければ――俺と、付き合ってください!」


 答えは今じゃなくていい。気持ちの整理がついたら聞かせてくれ。

 そう言って背を向けるトビト。

 その背中がやけに寂しげで、胸が痛む。



 おそらく彼はイチゴが嫌な気持ちにならないようにと、自らを犠牲にして話題をすり替えたのだろう。

 告白の場としては確かに残念かもしれないが、彼の男気は称えたい。



 ――すると、イチゴがそっと、彼を抱きしめた。


「……トビくん、ありがとう。私のこと、そんなに想ってくれていて……ちゃんと気持ちの整理ができたら返事するから、それまで……待っててくれる?」

「あ、ああ! 何ヶ月でも、何年でも待つに決まってんだろ!」


 直後、エマの甲高い声が響き、カズコも感動に声を上げる。

 エリカちゃんは気が早く、祝福の拍手を送っていた。

 だが、この二人の姿を見れば、結末はもうわかりきっている。

 俺も、ささやかながら拍手を送った。




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