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「――といっても、何から話したらいいのか……」
俺が首をかしげていると、エマが目を輝かせながら言った。
「じゃあじゃあ、二人の馴れ初めとかは?」
「馴れ初め……って言っても幼馴染みなんだよな」
「えー、じゃあ同い年ってこと?」
「ああ」
直後、エマの黄色い歓声が上がる。そこまで興奮されると、逆に気恥ずかしい。
「家が近いから小中高まで一緒でさ。中学から俺がバスケ部に入ると彼女もマネージャーやってくれて。それで仲良くなってったかな」
「部活の部員とマネとか王道青春ものじゃん~! いいな、いいな~!」
そこまでの青春はなかったと思う。
彼女は優等生で文武両道、優しくて人望も厚い高嶺の花。
片や俺は、どこにでもいるような平々凡々の男子だった。
高校二年になった頃に何となく付き合い始めた。といっても幼なじみの延長線のようなもので。
ゲーセンにあったストラップを誕生日プレゼントで渡したときはこっぴどく怒られたっけな。
それで、高校を卒業すると、俺と彼女は別々の大学に進学した。
「え、じゃあ遠距離恋愛……ってことですか?」
カズコの質問に俺は首を左右に振る。
「いや、互いにちょうどいい距離感のマンション見つけて、一緒に住もうってなって、二人暮らしを――」
またエマの甲高い声が響いた。
あまり騒がれると周りが驚くだろうと、慌てて宥める。彼女は慌てて人差し指を唇に当てた。
「高校卒業と同時にバスケもやめてさ。宙ぶらりんで過ごしてたら、『俳優はどうかな』って誘われて」
「それは……彼女さんから?」
気づけばエリカちゃんは束ねた色鉛筆を俺に向けている。
どうやらマイクのつもりらしい。
「いや、別の友人からだよ。それで演劇部に入って……大学卒業後も就職せず、知り合いの劇団に入団して、今は研鑽の毎日って感じかな」
気づけば何故か自分語りになっていた。
そのせいか、女性陣の目は急速に冷ややかなものに変わっていく。
『聞きたいのはそれじゃない』、という顔をしていた。
慌ててカズコがフォローを入れてくれる。
「……で、でも劇団に所属してるなら、もう充分俳優みたいなものじゃないですか」
が、エマとヒヰロの視線は『広げる話はそこじゃない』と言いたげだ。
空気を察し、俺は何とか話題を彼女の方へ戻していく。
……自分で戻すなんて、なんと気恥ずかしいことか。
「劇団っていっても小さなとこでね。大した役も貰えず裏方ばかりで……だから彼女には迷惑かけっぱなしだよ」
苦笑する俺に、エマはずずいっと顔を近付けて言う。
……さっきから皆、異様に顔が近くて怖い。
「けど、彼女さんのこと、ちゃんと想ってあげてるんでしょ?」
「ま、まあ……」
「だったら全然良い関係じゃん。てか彼女さん尊敬しちゃうな、あたしなら将来不安な彼氏なんて支えてらんないもん」
エマが遠い目をして言う。その横でカズコが苦笑していた。
「私たちだって同じだよ。専門学校を卒業しても声優になれるかどうかなんてわからないんだから」
「そ、そだよねー……じゃああたしはちゃんと面倒みてくれて愛してくれる彼氏探さないと」
エマの彼氏になる人は大変だろうな……と心の中で苦笑しつつ、今度はこちらから質問を投げかけた。
「ちなみに、君たちはどうして声優を目指そうと思ったの?」
少し不躾だったかもしれない。だが、エマは迷うことなく答える。
「あたしは小さい頃から『声可愛いねー』ってよく言われてて、歌もうまかったし……だから声優やってみたいなぁって思ったの」
けれど専門学校に入ってみたら、同じような人ばっかりで大変――そう付け足して笑う。
しかしその表情からは苦労なんて微塵も感じられない。
おそらく今の学びや努力そのものが楽しくて仕方ないのだろう。その感覚は俺にもよくわかった。
「カズコさんは?」
「わ、私は……さっきお話したとおり、もともと病弱で……でも闘病中ずっとアニメに救われてたんです。『槍撃のウィリアム』って知ってます?」
そのタイトルを聞いた瞬間、懐かしさに俺の目が輝いた。
「知ってる知ってる! アニメも映画もすごい人気だったよね!」
思わず前のめりになってしまう。が、無理もない。
『槍撃のウィリアム』は十七年前の大人気アニメだ。
原作漫画の人気はそこそこだったが、アニメ化によって一気に爆発的な人気を獲得した。
主人公ウィリアムが、実妹を殺した実姉に復讐するべく、各国を渡り歩くダークファンタジーで。迫力あるアクションや感動的な展開は、老若男女を問わず惹きつけた。
二年後には映画化もされて当時の一大ブームとなっていた。
「ウィリアムが普段はクールなんだけど、いざってときめちゃくちゃ格好良いんだよね」
興奮する俺に呼応するように、カズコは強くうなずく。
「は、はい! ウィリアム役の声優さんの七変化みたいな演技が毎回鳥肌もので……それで私も、そういう演技でいろんな人を感動させたいって思って……」
そう言ってはにかむカズコ。
「でも、声優を目指すには意外と体力が必要で……私は人より劣ってるし、他の生徒より歳も上だからついていけないこともあります。でも、その倍以上頑張ればいいだけですから……」
よく見ると、服の袖に隠れていた手首に湿布が貼られていた。努力の証というものなのだろう。
俺は思わずカズコの前で力こぶしを作った。
「25を『もう歳だ』なんて言う人もいるけど、人生百年からしたらまだまだ! カズコさんの努力だって、ちゃんと後で実を結ぶよ」
「はい、ありがとうございます……!」
と、エマが頬杖をつきながら俺を睨んでいた。
「カズコだけ贔屓してない? あたしだって努力いっぱいしてるのにー」
「あ、いや……エマちゃんは俺たちより若いし、たくましいから大丈夫かなって」
「それって偏見じゃん」
膨れっ面を見せるエマ。怒った顔すら“可愛く見せる”よう計算しているのだろう。絵になりそうな仕草だった。
なんて感心して見ていたら――。
「……ツムギくん、鼻の下伸ばしてる」
エリカちゃんにまで睨まれてしまった。
そんな顔をしていたのか、俺。
睨みの板挟みにされる俺を見て、カズコが慌てて助け舟を出す。
「そ、そういえば……ヒヰロさんも私たちと同じ25歳なんですよ」
「え?」
思わず目を丸くする。
ヒヰロから25関連のことは聞いていなかったが、まさかこんな形で知るとは思わなかった。
……しかし本当に、25歳多いな。
「そうなんだ。じゃあヒヰロさんも『槍撃のウィリアム』リアルタイムで観てたの?」
ヒヰロは笑顔で答えた。
「ええ。観ていないとクラスで置き去りにされちゃうくらいだったもの」
「やっぱり! 俺のクラスもそうだったなあ」
胸の奥で再燃する『槍撃のウィリアム』熱。
それほどの国民的作品だったのだ。劇場版のときなんて、恋人の母親に頼んで一緒に連れていって貰ったくらいだ。
「私も劇場版は受験の息抜きに友達と観に行ったわ。涙が止まらなくて、みんなで目を真っ赤にしたものよ」
クライマックスでは、死にかけのウィリアムを実姉が庇うんだよな。
そこで語られる衝撃の真実と、次々に訪れる予想外の展開……子どもだった俺でも号泣ものだった。
話に乗ってきたカズコも楽しそうに語る。
「私もです! もし声優になってあのときの関係者に会えたら、演じた感想とかいっぱい聞きたいんです。それも夢なんです」
そんな彼女の様子を見て、エマもどこか嬉しそうに笑っていた。
俺たちはその後しばらく、同年代にしかわからないアニメやゲーム談義で盛り上がった。
――しかし。ただ一人、完全にジェネレーションギャップで蚊帳の外だったであろうエリカちゃんには、後になって少し申し訳なく思った。




