残り20時間00分16秒
タカさんの強引な押しによって、俺は今トイレに来ていた。
ちなみに、この展望フロアの男子トイレは特別仕様で、壁一面がガラス張りになっている。
用を足しながらの絶景はさぞかし開放感が楽しめるだろうが、まさかこんな場所で服を開放するとは思わなかった。
「すまないな、ツムギ」
しかも五十路のおじさんと二人きりで。
俺はなんとか空笑いでごまかす。
「い、いえ……大丈夫です」
タカさんは何故か「お前だけ脱ぐのは申し訳ない」と言って、わざわざ自分も服を脱いでいた。
……いや、だったら最初からタカさんだけで良かったんじゃ?
とは、さすがに言えなかった。
ふと、遠くからシガの声が聞こえてきた。
「はいはい、エリカちゃんはこっちなー」
……まさかエリカちゃん、立ち会う気だったのか?
確かにタカさんの肉体は五十とは思えないほど鍛え上げられていて、男の俺でも見惚れるレベルだ。見たくなる気持ちもわかる。
それに比べて俺は平々凡々で。正直、一緒に並ぶのが恥ずかしかった。
「――そ、それで……どうでしたか?」
恐る恐るセイランが尋ねた。
責任持って立ち会うと言ったはいいが、高所恐怖症の彼にとってガラス張りのトイレは地獄だろう。
案の定、ドアのそばで壁にしがみついたまま震えていた。
タカさんは残念そうな声で答えた。
「いや、どこにも無かった」
隅から隅まで確認しあったが、手術痕も不自然な膨らみも何一つ見つからなかった。
「……ってことはやっぱ、魔法みたいな力で俺たち、知らない間に爆弾に変えられてて……いつでも爆発できる状態になってるのかもしれませんね。そう言うマンガも読んだことあるんで」
と、口にした瞬間。タカさんが俺に掴みかかってきた。
「そんな非現実的なこと、あってたまるか!!」
言い分はもっともだが、せめて服は着てから怒ってほしい。
興奮するタカさんを、セイランが必死に制止する。
「……で、でも。非現実的なことは……もう起きてるんです」
しかし、景色が目に入ってしまったようで。
次の瞬間には小さな悲鳴を上げ、尻餅をついていた。
「オ、オエェ……」
さらには洗面台に駆け込み、嗚咽を繰り返す始末。
慌てて俺は背中をさすった。
「だ、大丈夫かい?」
「は、はい……すみません」
青白い顔で眼鏡を押し上げながら、セイランはかすれ声で言った。
「……違和感は、もうずっとあったんです」
「違和感?」
俺が問い返すと、セイランは続けた。
「ツムギさん、今何時か分かりますか?」
「あ……ごめん、時計持ってなくて」
スマホの時計で済ませていたのだが、ちょうどバッテリーが切れかかっていたため、電源を落としていた。
「タカさんは?」
「不運にも電池切れで止まってしまってな……」
全裸のタカさんが腕時計を見せる。
……いや、だからまず服を着てくれ。
「不運じゃないです。僕の時計も、このゲーム開始直後から止まったんです」
「なに……?」
セイランの腕時計の長針は”一時”を指したまま、止まっていた。
「けど、流石にスマホなら……」
俺は慌てて電源を入れて時刻を確認する。
長い読み込みの末、表示されたのは――。
「午後六時……ちゃんと動いてる」
その言葉にどこか安堵した様子でタカさんが言う。
「ではオレとセイランの時計が偶然、ほぼ同時に止まってしまっただけのようだな」
「そうっすね」
俺も続くように胸を撫で下ろした。
不意に待ち受け画面の彼女の姿が目に入り、俺は思わず笑みを零した。
と、セイランが叫んだ。
「違います! 気付かないんですか!?」
俺たちの安堵を吹き飛ばすかのような声。
「今は一月……この辺りなら午後五時頃には日没してるはずなんですよ!」
「あっ……!」
セイランに言われて、俺はようやく違和感に気付いた。
午後六時を示しているのに、ガラス張りの外には燦々と太陽輝く青空が広がっていた。
思わず俺は叫んだ。
「つまり……本当なら外は夜ってことか!?」
「な、なんだと?」
タカさんも驚いて俺のスマホを覗き込み、外と時計を交互に見比べていた。
口元を押さえながらセイランは言う。
「これが……二つめに気が付いた点です」
時刻を過ぎても沈まない太陽。
それはもう、非現実的な状況だと認めざるを得ない。
俺は静かに息を飲む。
「だから……僕たちに爆弾が仕掛けられている可能性も、ゼロじゃないんです……」
セイランが告げた衝撃の事実。
未だ受け入れられないタカさんは、顔を青ざめさせながら叫んだ。
「違う! ここはベインティシンコビルそっくりに作られた別のビルかもしれん! 例えば沖縄なら日没も遅い!」
勢いのまま、今度はセイランに掴みかかる。
彼はメトロノームのように揺さぶられながらも叫び返す。
「だ、だとしても……午後六時ならもう夕暮れです! この太陽の傾き方じゃ午後一時くらいなんですよ!」
セイランの顔はどんどん土気色に変わっていった。
このままでは彼が危ない。そう思った俺は咄嗟にタカさんの腕にしがみついたが、その力は強く、俺まで振り回された。
(うわっ、このままじゃ吹き飛ばされる……!)
必死に耐える俺。と、そのときだった。
――バンッ!
勢いよく開いたドア。
そこに立っていたのはエリカちゃんだ。その姿はどことなく勇ましく映る。
突然の登場に、俺は悲鳴のような声を上げた。
「ちょ、ちょっとエリカちゃん!?」
エリカちゃんを制止しようとしたシガも驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げた。
「たんま! 何勝手に開けてんの!?」
さらにエリカちゃんの後ろからは何故かエマの姿が。
「ええ? 何かあったの?」
彼女は男子トイレの全貌を眺め、それから全裸のタカさんを目の当たりにした。
エマの表情は瞬時に青ざめたものに変わる。
「ギャァァァーー!!!」
当然の悲鳴だった。
その声を合図に他の人たちも集まってきてしまう。
俺たちはこの異常な光景について、適当な言い訳をする羽目になった。
それも変な誤解を生まないよう、かなりの時間を使ったのは言うまでもない。




