残り21時間05分12秒
俺たちの近くにいたのは、男女のカップルだった。
男性は俺たちに気づくと、軽く手をひらひらと振ってくる。
「こんちゃ~す」
見た目は爽やかな優男だが、いかにも”チャラい”という言葉が似合う。
一方の女性は、ツインテールにロリータ系の服装で、男性にぴったりとくっついていた。
「君が例の探偵役ってやつ? ハズレくじ引いてドンピシャとか、マジ乙乙だねー。可哀想に」
「はあ……」
会話が成立するのか、一気に不安になる。
思わずエリカちゃんに視線を送ると、彼女は俺の背後に隠れ、露骨に嫌そうな顔をしていた。
「ねえ、スミレくん。本気でこれ、アトラクションだって思ってるの?」
すると、女性の方がしかめっ面で男性を見上げた。
「そだけど? 爆弾でビビらせるとかありきたりだし、こういう体験型エンタメって流行り傾向って聞くし?」
肩を竦めながら得意げに語る男性。
女性はさらに眉を寄せ、睨みを強めた。
「でも! そういうのって事前申請とかするものでしょ? サンゴたち何もしてない! それに……なんかずっと気味悪いのよ」
「にゃにがにゃんだい? 怯えた子猫ちゃん」
「……わ、わかんないけど! ずっと違和感があって怖いの!」
怒鳴りながらも男性に抱きつく女性。
「サンゴ、怖いの……わかってよ、もう」
すると男性は優しく彼女を抱き締める。
「ごめん。サンゴちゃんが怖がってるのに俺ってば不謹慎だったね。ちゃんと落ち着くまで抱きしめてあげるから」
「じゃあずっと抱きしめてて!」
「はいはい」
……えっと、俺たちは何を見せられているんだ。
だが、これ以上何かが始まる気配はなかったので、とりあえずエリカちゃんの目を覆う必要はなさそうだ。
延々とイチャつきが続く前に、俺はわざとらしく咳払いをする。
この“ゲーム”が始まってから、もう半分以上の人に話を聞いてきた。そのせいか、最初の頃に感じていた躊躇いは随分と薄れていた。
「えっと……それで、二人の名前と、このビルに来た理由。それと“25”に関連する経歴とか、ありますか?」
「ビルに来た理由はわかるけど……”25”に関連するなんたらって何?」
女性が怪訝そうに首をかしげる。
まあ、当然の反応だろう。
「まあ、犯人捜しに必要な項目だと思ってください」
「ふうん……でも残念。サンゴ、そういうの何も思いつかないわ」
「ええっ!!?」
今まで全員が“25”に関連する経歴や事情をすぐ口にしていたため、「思いつかない」という答えは完全に盲点だった。
「そんなに驚くこと?」
「じゃ、じゃあ。名前に2とか5が入ってるとかは……?」
「俺は羽紫 菫。で、こっちの彼女が御後 珊瑚ちゃん。三十五なら入ってるけど、25はナッシングだよん」
スミレが笑みを浮かべる。
このスマイルだけなら相当モテそうなのに、台詞で全部台無しだ。
「あ、もしかして……ほら、サンゴの苗字って御後でしょ? それで小学校のとき『5×5=25だ』ってからかわれてたけど……そういうこと?」
「あーっ!! マジビンゴ! さっすがサンゴちゃん! でもサンゴちゃんをバカにするとかサイテーだにゃあ、そいつら」
またイチャつきが始まる。
……ホンットにやめてほしい。俺だって今すぐ彼女のところへ行って、思いっきり抱きしめたいってのに。
と、心の中で願望を漏らしつつ、俺は二度目の咳払いをした。
「彼女はそれで良しとして」
「え、そんなんでいいの?」
「ハシバさん……」
「スミレでいいよん」
「——スミレさんは、25歳だとか25日生まれとか、友達が25人とか。そういうのもないですか?」
俺の問いに、スミレは一瞬黙り込んだ後、笑顔で答えた。
「……いんや、俺も彼女も二十一歳だし、誕生日は来月の十四日。バレンタインデーなんだぜ? チョコと誕プレ同時に貰い放題!」
もちろん、サンゴちゃんからは特別なプレゼントを期待しちゃうけどね。と、彼女にさらっと顎クイをする。
……俺だってまだ彼女に顎クイしたことないというのに。何となく悔しい。
「……サンゴの“特別”。どうしても欲しいの?」
「欲しい欲しい。マジマジだから」
「どうしよう……期待させちゃおっかなあ」
そしてまたすぐにイチャイチャだ……。
俺は三度目の咳払いをしようとした、そのときだった。
「——やめた方がいいですよ」
不意に声がした。俺たちは一斉に振り返った。
そこには、先刻セイランの吐しゃ物を一緒に片付けてくれた、あの“K”が立っていた。
「なに、アンタ?」
サンゴが警戒を露わにする。
だがKの視線はサンゴではなく、その隣のスミレに向いていた。
睨まれた当人は、一瞬で滝のような汗を流す。
「……あ、あれ? どちら様かなあ?」
明らかに上擦った声。これは何かあると誰でもわかるだろうな。
「とぼけないでください!」
Kは叫ぶと、掛けていた眼鏡を外した。
すると彼女は美しい素顔を露わに――ではなく。目を細めるせいで余計に険しい顔になった。
「いや、マジでどちら様?」
スミレも思わず真顔でツッコんだ。
「……すみません、コンタクト入れてきてもいいですか?」
コンタクトを入れて戻ってきたKの顔を改めて見て、スミレは目を丸くした。顔色も食あたりにあったかのように蒼白している。
「これで“どちら様”なんて言い訳はできませんよね」
憤りを隠さず、Kはズボンのポケットにあったスミレのスマホを無理やり取り上げた。
それから慣れた様子でパスワードを入力。画面を操作して見せつけたのは、スミレとKのツーショット写真だった。
「はあっ!? なにこれ?」
デートスポットならまだ言い訳できただろう。
だが、二人とも全裸となれば完全アウトだった。
俺は迷わずエリカちゃんの目を覆った。
「……どういうこと、スミレくん」
つまりスミレはKの浮気相手、ということだ。
当然、サンゴの顔色はみるみるうちに真っ赤に変わる。
「でも、私だけじゃありません」
「や、やめろって!」
スミレの制止も聞かず、Kは次々と浮気現場の写真を開いていく。
それも、映っている女性は全員別人なのだ。
サンゴが鋭く睨んだ。
「え……つまり、何股もしてるってこと?」
同性の俺も流石に羨ましさを通り越してドン引きした。
……というか、なんで証拠を撮って残してんだこいつは。
「……はい、してます」
二人の厳しい視線にスミレは小さくなりながら答える。
「何股?」
「——です」
「聞こえない!!」
「ぜ、全員で25股です……」
「あ、そこで”25”だったのか」
思わず感嘆する俺を無視して、修羅場は続く。
「私もこの画像を偶然見つけるまで、気付きませんでした……」
それもそれで凄い話だ。よくもバレずにいられたものだ。
「ホント……最っ低だね、スミレくん」
サンゴの平手が飛ぶ。
が、スミレはそれを受け止めると、甘い声で囁いた。
「違う! 確かに俺は25股してたよ。でも大本命はいつだってサンゴちゃんだったんだよ。これはマジだから。ね、信じて?」
その甘いマスクと声で、25人も騙してきたのだろう。結局は顔、ということか。
「だ、騙されちゃダメです! この人はそうやって上手いこと言って……いっぱい、騙して……」
口篭もるKの瞳からは涙が零れていた。
「……ねえ、スミレくん」
「なあに…?」
「もし本当にサンゴが大本命だって言うなら――その証拠、みせてくれる?」
「見せる見せる! 男気でもキスでも金でも、なんでも!」
スミレがそう叫ぶと、サンゴは迷わず彼の手を掴む。
「え……」
そして、何故か自分の股間に押し当てた。
「これでも、サンゴを愛してくれるの……?」
しばらくの沈黙の後、サンゴの股間を掴むスミレから悲鳴が上がった。
「キャーッ!!!」
……傍から見れば、叫ぶ方って普通は逆なんだけどな。
「つ、付いてるぅ……!?」
衝撃の余り、尻餅をつくスミレ。
つまり、サンゴは女ではなく男だったということだ。
……だが、そこまで怯えなくてもいいのでは?
「……タイミング逃しちゃっててさ。全然告白できなくって、ごめんね」
サンゴは舌をぺろりと出し、いたずらっ子の笑みを浮かべる。
近寄るサンゴに、スミレは逃げるように後退る。
これだけ見ると、まるでホラーの絵面だ。
「けど……そっかそっか。その反応見ると、サンゴが好きなんじゃなくって……サンゴの身体が目当てなだけだったっぽいね」
と、彼女——いや彼は、足で床を強く踏み鳴らした。
壁ドンならぬ床ドンだ。
「つまり他の子とも身体目当てで25股もして遊んでたってことだろ――ざっけんな、クズが。こっちはテメエのために可愛さ磨いてるんじゃねえんだ」
先ほどまでの可愛い声とは打って変わったドスの利いた声。
その瞬間、確かに“彼女”は“彼”なのだと実感した。
「ちゃんと残り二十四人に土下座しろ! でもって二度とみんなの前に顔出すなクズ!」
「は、はい……ごめんなさいっ!!」
半泣きのスミレは素早く逃げ去っていった。
イケメンが見るも無惨な姿であったが、自業自得、因果応報なので仕方がない。




