残り21時間55分09秒
酔っ払いオッサンをどうにか退かそうと、俺たちはその場にいる全員で頭を悩ませていた。
いっそ転がしてでも動かすしかない――。
そんな結論にまとまりかけた、そのときだった。
「……騒がしいな。一体何の騒ぎだ?」
……いや、騒がしいのはオッサンのいびきの方だったんだが。
内心ツッコミを入れつつ、ようやく目を覚ましたオッサンに声を掛ける。
「えっと……お名前、わかりますか?」
「名前? そんなもん、わざわざ名乗るもんじゃねえだろ」
またこのパターンなのか。そう思いつつも、俺は質問を重ねる。
「じゃあ、ここで起きている状況は理解してます?」
「ああ……ゲームだの、ここから出られないだのってのは耳にした。けどな、俺には関係ねえわ」
そう言ってオッサンは懐からスキットルを取り出し、グビリと酒をあおった。
……今どきそんなのを持ち歩く人がいるんだな。思わずツッコミしそうになるのを、ぐっと呑み込む。
「関係ありありですよ。犯人を見つけないと、俺も貴方も爆弾で死ぬんですから」
俺の言葉に、オッサンはフッと笑った。
「そんなもん……真に受けたのか? こんなもん、どうせ金持ちの道楽か、悪ふざけのイベントだろ。それを本気で挑むなんざ、よっぽど酔いが回ってんじゃねえのか、オイ?」
……酔ってんのはお前の方だろ。
少しばかり怒りが込み上げたが、俺が何か言うより早くエリカちゃんが口を開いた。
「ねえねえ、この人、テレビで見たことあるかも……」
そう言って彼女はシガの袖を引っ張る。
いつの間にそんなに仲良くなったんだ。少しばかり羨ましい。
「んん? あー……あっ!」
シガはオッサンを睨むように見つめ、やがて思い出したように声を上げた。指先でオッサンを指し示しながら叫ぶ。
「そうだ、思い出した! 無精髭で気付かんかったが、元プロ野球選手の村田 菊仁じゃないか!」
申し訳ないが、またもや知らない名前だった。
これだからエリカちゃんに聞かれなかったんだろうな。
「すみません、俺、野球は詳しくなくて」
「えぇ~? じゃあツムギくんは何なら詳しいんだ?」
「バスケ選手ならそこそこ……」
俺が有名なバスケ選手をいくつか挙げるのをスルーして、シガは説明を続けた。
「村田といえば東方ファルコンズのホームランバッターだ。背番号25を背負って日本一にも導いたが……晩年は成績が急落して、数年前に引退したんだ」
自分の経歴を並べられ、オッサン――ムラタは舌打ちをした。
「ただの落ち目ならまだよかった。だが成績が落ちると同時に、ネットで誹謗中傷の的になってな……最後はまともにバットも握れなくなっちまったよ」
それも臆病者の言い訳だがな、と付け足して、彼は再びスキットルを傾ける。漂う酒の匂いに、思わず眉をひそめた。
「……誹謗中傷って、何かきっかけがあったんですか?」
問いかけるとムラタは、”今さら同情するな”と突き放すように鼻で笑う。
「有名な話だ。酔った席で後輩にちょっとした悪ふざけが、週刊誌に暴力沙汰だと書かれた」
「でも、ちゃんと説明すれば――」
「ああ、球団側からは厳重注意だけで終わった。だが世間は『それだけで済むはずがない』と大騒ぎだ。噂は尾ひれをつけて広がり、最後には俺の心が折れた」
語る彼の目は酔いで焦点を結ばない。
彼の気持ちが、ほんの少しかもしれないが理解出来た。
俺も高校まではバスケ部でスタメンだった。実力だけの世界に見えて、精神の調子一つで成績は乱高下する。
仲間や応援してくれる人のため、将来のため。いくつもの想いが絡み合うからこそ、心が潰れれば全部が瓦解するのだ。
「同情はするな……耐えられなかった俺が未熟だっただけだ」
「でも……」
何か声を掛けたかった。
だがムラタは拒むように酒を煽り、わざとらしく寝転んだ。
「今や酒浸りの落伍者だ。底辺なりに楽しんでるんだよ。余計な気を使うな」
しゃっくりを一つ漏らし、彼は黙り込む。
「……そうですか」
元から俺にできることなんて、何もないのだろう。
軽く頭を下げ、その場を去ろうとした――が。
「ツムギくん、まだ聞いてないことあるよ」
エリカちゃんに言われ、慌てて足を止めた。
「あ、そうだ。ムラタさん、最後に……どうしてこのビルに来たんですか?」
しばしの沈黙の後、彼はつぶやく。
「……星を見に、来たんだよ」
「それ、さっきも別の人から聞きましたけど、ここからの天体観測って流行ってるんですか?」
だがムラタは答えず、酒を飲み続ける。
……これ以上は無理か。
エリカちゃんとアイコンタクトを交わし、俺たちは今度こそその場を後にした。




