残り25時間00分00秒
――。
──……あれ?
いつの間にか、俺は眠っていたらしい。
目を開けると、まず目に入ったのは無機質な白い天井。
横には安っぽい観葉植物が置かれ、耳にはざわざわと人の声が流れ込んできた。
「なにこれ、どこ……え? なにこれマジで?」
「おい、誰か説明しろ! スマホも圏外だぞ!」
「……あれ、ここってベインティシンコビルであってるよね?」
その言葉で、ようやく思い出した。
俺は清掃員の仕事でべインティシンコビルの二十四階――レストラン街に来ていた、はずだ。
だが、周囲にはレストランどころか看板ひとつ見当たらない。
代わりに、目の前にはガラス越しに街並みが広がっていた。
「ここ……まさか、25階の展望フロアじゃないかしら?」
「え、嘘だろ? 確か二十四階にいたはずなのに!?」
混乱の声が飛び交い、目覚めたばかりの頭に不安が刺さる。
状況がまったく掴めないまま、俺はゆっくり立ち上がった。
──ピンポンパンポーン。
天井のスピーカーからチャイムが響いた瞬間、場の空気が凍りつく。
『お知らせいたします──』
機械的な、抑揚のある声が流れる。
避難の案内かと思いきや──。
『現在、この25階展望フロアには、25個の爆弾が仕掛けられております』
その一言は、全員をさらなる混乱へと突き落とした。
「ば、爆弾!?」
「キャーーッ!!」
「てか25個って細かいな!」
悲鳴や困惑やツッコミが飛ぶ中、俺はただ息を呑むしかなかった。
『爆弾は、今から25時間後に爆発いたします』
「嘘でしょ!?」
「どうせテレビのドッキリだろ……」
誰かが叫び、誰かが現実的な正論を口にする。
しかし声は構わず続いた。
『解除方法はただ一つ。このフロアにいる25人のお客様の中から“犯人”を見つけてください』
「……は?」
さすがに俺の口から声が漏れる。
『“犯人”を見つけ出せば爆発は阻止されます。ただし制限時間内に見つけられなかった場合は──ドバーン、です』
……本気か?
ってか、緊迫した説明なのに『ドバーン』てなんだその言い方。
「待ってくれ!」
立ち上がったのは、警備服姿の男性だ。
彼は天井のスピーカーに向かって叫ぶ。
「犯人を見つけろって……具体的にはどうすればいい? まさか当てずっぽうに『コイツが犯人だ』って叫ぶということか!」
「人狼ゲームだったら多数決で怪しい奴を決めるってことになるよね」
「う、うん……」
背後から聞こえるボソボソ声。
いや、そもそもスピーカーの向こうの奴が誰なのかもわからない。
ドッキリかデスゲームかも判断できないのに、いきなり“犯人探し”だなんて、無理すぎるだろ。
『はあ……』
まさかのため息。
そして、声は飄々とした口調に変わった。
『ああ、すみません。説明がなんだか面倒になってきましてね』
ふざけたような言い方で、続ける。
『まあ簡単に言いますと──これは“推理ゲーム”です。私に選ばれた“探偵役”が皆さんを尋問し、その中から犯人を見つけ出す。ちなみに、会話の中にはちゃんとヒントが隠されているので頑張れば見つけられますよー』
やる気のない調子。
……こいつが本当に主犯なのか。それともただのアナウンサー役なのか?
『なお、外部との通信は遮断済み。脱出も不可能です。逃げられないなら、もう楽しむしかないでしょう? ──さあ、この極限状態でのゲームを存分にお楽しみください』
放送はそれで途切れた。
頭が真っ白になり、俺も含めて誰も何も言えない時間が流れる。
そんな中、誰かが「あっ」と声を上げた。
「そういえば……探偵役って、誰なんだ?」
「あっ」
その声は、周りの何人かの口からも同時に漏れ出ていた。
「ふざけんなよ! オレらをこんな場所に閉じ込めておいて! せめて説明ぐらいちゃんとしろ!」
「そこは『ここから出せ』、じゃないのか?」
ざわめきが再び広がる。
その時、不意に俺の腕をちょんちょんと叩くものがあった。
見下ろすと、そこにはひとりの少女が立っていた。
幼いのに、どこか凛とした雰囲気で。機械で削り出したかのように整った顔立ちをしている。
そして、不思議な“圧”を感じ、思わず息をのんだ。
「……これ、お兄ちゃんの落としもの?」
差し出されたのは、一枚の白い封筒。
俺は恐る恐るそれを受け取る。
「いや、俺のじゃないけど、これは一体……?」
少女は何も答えず、じっとこちらを見つめている。
開けて確かめろってことなのか。
視線の圧がすごすぎて、俺は慌てて封を切った。
中には手紙が一枚入っており、そこに書かれていたのは。
――
この手紙を広げ、何の考えなしに読んでしまった命知らずの貴方!
貴方がこの推理ゲームの“探偵役”となります!
おめでとうございます!
それでは、無事に“犯人”を見つけ出すことを願っています!
――
……癇に障る文章だった。
だがそれ以上に、とんでもない厄介ごとを押し付けられたという事実に血の気が引いた。
「ええっ……俺が探偵?」
俺の声を聞きつけ、周囲の人々がざわざわと集まってくる。
その中の一人が俺の手から手紙を奪い取った。
「よこせ! なんでテメエが探偵役なんだよ!」
金髪の男性が、しかめっ面で睨みつけてくる。
そんなに探偵役をやりたかったのだろうか。
「いや、そう言われても……やりたいならどうぞ、譲りますけど」
俺がそう返す。
するとそのとき。
「ダメ!」
鋭い声が飛んだ。
叫んだのは、さっき封筒を渡してきた少女だ。
「……手紙をよく読んで」
促されるまま、俺と金髪の男性はもう一度文面を確認する。
「『ちなみに一度選ばれた“探偵役”の交代は禁止でーす。変更したら即終了、爆破します』……だぁ?」
「『でも“探偵役”は“犯人”を指名するだけなので、尋問役や助手などの役職を自由に作って場を回していいですよ!』って……」
適当すぎる文章に、俺と金髪の男性は顔を見合わせた。
しかし次の瞬間、男性は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ふざけやがって! こんなバカげたこと、俺は関わらねぇからな! 二度と話しかけんな!」
「じゃあ何でしゃしゃり出てきたんだ……」
つい本音が口に出たが、金髪の男性は無視して去っていった。
……初っ端からやれやれだな。
突如背負わされた“探偵役”の肩書きを抱えたまま、俺は周囲を見渡した。
こんなふざけた“ゲーム”だからこそ、一緒に動いてくれる味方は一人でも欲しい。
だが、みんな嫌なのだろう。目を逸らす人ばかりだった。
「……あんな悪ふざけの放送、誰が信じるか。爆弾なんてあるかどうかもわからんぞ」
「悪いけどあたしには無理かも~。だってさっきの放送もチンプンカンプンだったし~」
「……え、そうかな? 流石にわかると思うけど……」
誰も協力する気はなさそうだ。
……この状況で、たった一人で探偵役を務めるなんて無理だろ。
急激な寂しさと心細さに呆然としていた、そのとき。
「……わたしが、やる」
服の袖をくいっと引っ張られた。
声の主は、さっきの少女だ。
「いや、その申し出はありがたいけど……でも、君が?」
少女は小さく笑った。
「こう見えて、結構賢いんだよ」
小学生高学年くらいの外見だが、妙に落ち着いていて確かに頼もしい。
何より、一人よりは幾分かマシか。
俺は少し考えたあと、うなずいた。
「……じゃあ、君を助手に任命しようかな」
「そうこなくちゃね」
「えっと、じゃあ自己紹介でもしようか。俺の名前は……」
「白旗 紡麦くん、でしょ?」
「えっ!?」
名を当てられ、心臓が跳ねた。
少女はクスクス笑いながら俺の胸元を指差す。
そこにはフルネーム入りの名札。
会社の『信用が大事』方針から、プライバシーガン無視で本名プレートを義務付けられていたんだった。
「わたしはエリカ。蛇ノ目 エリカだよ」
俺の視線の先で、エリカちゃんは小さな手を差し出す。
「ああ、よろしくね」
そうして握手を交わした瞬間──。
「……」
彼女が小さく何かを呟いた気がした。
「え、何か言った?」
「ううん──よろしくね、お兄ちゃん」
首を振って微笑むエリカちゃん。
その穏やかな笑みは、さっきの圧倒的な存在感とはまた違う、不思議な安心感がある。
俺は返すように、彼女へ笑みを浮かべた。




