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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
序章 海賊と王子
26/34

26. 「もう一度、私の仲間になってください」

 ヘステスを背負ったモムルについて進む。

 段々と視界に入る死体の数が減り、床の色も赤から灰色へと変化していく。

 そして辿り着いた場所は、特に何の変哲もない石壁の突き当たりに見えた。


「モムル、正面の壁を思い切り蹴飛ばすのじゃ」

「はぁ?」

「いいからやれい」


 怪訝な顔をしながらも、モムルは指示されたとおりに壁を蹴りつける。

 すると、石壁が奥に向かって吸い込まれるように崩れた。

 舞い上がった土埃が落ち着いたとき、そこには人が二、三人は横に並ぶことのできそうな程に大きい横穴が口を開けていた。

 目を凝らしてみても、暗闇に沈む穴の奥を探ることはできなかった。


「島の裏手の隠れ港まで繋がっておる。これを使えば島を出るのには苦労せんで済むじゃろう」


 ヘステスは少し得意げな雰囲気を声色に纏わせている。


「なんでこんなこと知ってるのさ」


 モムルの背中を叩いて穴の中へと誘導しながら、ヘステスが振り返って答えた。


「今はラグーダの物となっておるがの、そもそもこの館を建てたのはまだ船団長になる前のジャルダよ。儂に建てさせた、とも言うがな。ラグーダよりも儂の方が余程中身には詳しいはずじゃぞ」

「……ひょっとして、私たちが来なくても余裕で生き残れたんじゃない?」

「さて、な。ほらほら、行くぞい」


 ヘステスが手招きするのに従い、テレミアはまずオトを、次にファンエーマと彼女を側で支えるラズエイダを穴の中に送り、そして最後に殿を務めるようにして穴に潜り込んだ。


 背後からは地下牢の薄明かりが届いている。


「この穴はどうするの? 開けっぱなしだとすぐに気付かれると思うけど」

「土の魔導で塞ぐ。ちと時間をくれ、集中せねばならん」


 そう言いながらヘステスはモムルの背中から手を伸ばした。

 元よりしわくちゃなその顔が更にしかめられているのが暗闇の中でもよく分かった。魔素切れで頭が割れそうだと言っていたのはヘステス自身であるのに、構わずに魔導を行使しようとしているらしい。


「ヘステス、その魔導ちょっと待った……ラズエイダ」


 テレミアは隣のラズエイダに声をかけ、盾を左手に呼び出した。

 三人と合流してからずっと沈黙を守っていたラズエイダは少し驚いたような反応を示した後、テレミアの意図するところを察したのか小さく頷いた。


「見ててね」


 三人に向けて軽く前置きをしてから、テレミアは右手に剣を出したラズエイダと手を繋いだ。

 即座に二人の身体は光に(ほど)け、そして交わり合う。

 一つに重なった意識で目を開けば、いつかのファンエーマと同じように、驚愕のあまりに石のように固まった三人の姿があった。


 ラズエイダが身体の操作を完全に委ねてきたので、ありがたくテレミアは自由に振る舞うことにした。

 少しその場で戯けてみせて、笑いかける。


「は、はぁ!?」


 最も早く声を出すことができたのはモムルだった。

 

「どう、なかなかイケてると思わない?」

「イケてるって、おい、ガキとお前が、いや何だその声、は!?」

「うん、何が起こったのかはみんなが見たとおり。正直どうしてこうなるのかはぜんぜん分かんないけど、とにかく二人分の身体が合わさってこの身体が出来上がるんだ」


 口をあんぐりと開けて再び固まったモムルと入れ替わるように、オトがテレミアの側におそるおそる近づいてきた。


「……さっきは氷の壁越しだったからよく分からなかったけれど、確かにあの青色の人影からミアと”王子様”が生まれたように見えた。見間違いじゃなかったってこと?」

「うん、この身体から元に戻るときはそういう見た目になるよ」


 オトはそっか、と小さく呟いて、しげしげと金銀の彫り込みの入った青肌を眺めた。


「それでね」


 ラズエイダと共に、壁から土が盛り上がり牢屋に開いた大穴を塞ぐ光景を思い描く。


〈――〉


「『土よ我が導に従え』」


 魔導が願ったとおりに入り口を塞ぎ、横穴の中は完全な暗闇に包まれた。


「今土魔導を使うたな、どういうことじゃ」


 ヘステスは魔導に関して聡い。それ故に、己が見たものを信じられないようだった。


「うん。他にも見たい?」

「他にも?」

「たとえば、今は灯りがあった方が良いよね」


 手を差し伸べてそっと掌を開く。

 必要なのは小さく、そして柔らかな炎だ。


〈――〉


「『炎よ我が導に従え』」


 掌の中に炎の玉が生まれ、ぼんやりと辺りを照らし出した。


「今の私たちはヘステスみたいに全部の魔導を使えるようになってて、それに」


 炎の操作をラズエイダに託し、テレミアは別の魔導を組み立てる。

 炎を浮かべるのとは反対の手をヘステスの鼻に向けて伸ばし、その流れる血が止まることを祈る。


〈――〉


「『治癒の力よ、この者の傷を満たせ』」


 痛みが和らいだのだろう、ヘステスの眉間から緊張がいくらか解けたのが見て取れた。


「二人重なってるから二つの魔導を一緒に使える。どう、すごいでしょ」


 片目を瞑って見世物の終了を伝える。

 誰も口を開かない時間が少しあって、最終的にその沈黙はテレミア自身の「ま、進もうよ」という一声によって破られた。


 六人は自然とひとかたまりになって、テレミアとラズエイダが維持する炎の灯りを頼りに長い横穴を進む。


「これが、伝説の王が振るった力ということか……いやはや、畏れ入るわい」

「神様を倒せる程かって言われるとまだそうでもないから、やっぱり迷宮でたくさん魔物を倒さないといけないんだろうけどね」


 少し前に出て道の先を照らすテレミアは肩越しにヘステスに返した。


「む、そうなのか」

「やっぱりさ、おとぎ話とかでも最初から強いままの英雄なんていないじゃん。そういうことでしょ」


 ヘステスの家に所狭しと積み上げられている本の中には、子供向けの童話も相当な数があった。

 別にヘステスほどに文字が好きというわけではないにしても、テレミアも身近にあったそうした本には小さな頃から親しんできている。


 ヘステスが「しかし」と呟いた。


「ラグーダに打ち勝ったのであろう?」


 ラグーダ、という名前が聞こえた瞬間に、青色の肌を覗かせる肩がぴくりと跳ねた。

 ヘステスはそれに気付かなかったようで、意気揚々と言葉を続ける。


「ジャルダを上回るのも時間の問題じゃろうな。彼奴が老い果てる前に力で打ち倒されるなど、起こった日にはもう事じゃぞ」

「―――ヘステス」


 テレミアはできる限り落ち着いた声を出すことを意識しながら老人の名前を呼んだ。

 

「私たちは、ラグーダから逃げてるところ。倒したわけじゃない」

「……む?」


 困惑の色がヘステスの表情に滲んだのがよく分かった。


「待て、何を言っておるのじゃ。ラグーダはまだ生きておるのか?」

「うん、合ってる」

「……その上、おぬしはラグーダと敵対して、今も追われている、と?」

「そう。今、ラグーダはきっと私たちを捕まえようと船を飛ばしてるはず」


 怪訝な表情を崩さないヘステスを前に、テレミアはこれからの行動指針を救い出した三人と共有していなかったことに思い当たった。


「私たちは今からカライア(ここ)を離れる。ラグーダや他の兄弟、それに船団長に捕まらないように、できる限り速やかに、遠くまで」

「―――このど阿呆めが!」


 ヘステスの怒声が横穴を満たした。


「何故儂らなどを助けにきた! 追われておるのならば一人で真っ直ぐ逃げるのが余程理にかなっておるじゃろう! 情に目をくらませ大義を見失うとは……何たる……っ!」


 大声が魔素切れで弱った身体に堪えたか、ヘステスは激しくむせた。

 オトがおそるおそるヘステスの背中に手を伸ばし、落ち着くようになでさするも、憤りは鎮まらないようだった。


 その光景を見つめながら、テレミアは冷静だった。

 ヘステスの怒りはテレミアにとって簡単に予想できるものだった。

 合理を是とするヘステスにしてみれば、テレミアが自らの命を危険に晒してでも”駒”たる三人を救おうとするのは全く受け入れがたいことであるに違いない。

 何より、ヘステスの教えを鵜呑みにしていたテレミア自身も始めは同じことを考えたのだ。


 にもかかわらず、今、テレミアはこの場所にいる。


「理由はね、分かってもらえるかは分からないけど、ちゃんとあるんだ」


 テレミアは正面からヘステスと向かい合った。


「未来の私が抱く後悔を、ある人が私に教えてくれた。だから私は命を賭けてでもみんなを助けることを決めた」


 ヘステスには心を通わせる相手がいない。

 それがテレミアとヘステスとの違いだった。


「……どういうことじゃ」

「紹介するね」


 ヘステスの疑問に直接答えるかわりに、テレミアは頭の中にいるもう一人に呼びかけた。


(ラズエイダ、代わって。普段の態度のままでいいよ)


 普段の態度のままで、という部分に対して、ラズエイダは驚きの感情を抱いたようだった。


(……本当に良いのか、下僕(げぼく)として引き合わせられても僕に文句は言えないのだぞ)

(それだと私たちの関係はうまく言い表せないから)


 それだけ伝えれば、ラズエイダはテレミアの望み通りに身体の操作を受け継いだ。


 咳払いをひとつ挟む。


「お初にお目にかかる」


 響く声はつい先ほどまでと全く同じものなのに、やはりそこに明らかな変質を感じ取ることができるのか、ファンエーマを除く三人が一斉に身構えたのがよく分かった。


「私の名はラズエイダ・テア・アルタス。知っての通りだろうが、そこのファンエーマと共に遙か東方のアルタスより落ちのびてきた。テレミアとは主人と奴隷の関係にあたるが……そうだな、立場を同じくする同輩でもある」

「……貴様、よもやあの黒髪の少年か?」


 ラズエイダはゆっくり、しかし確かに頷く。


「そうだ。今はテレミアと一つの身体、そして思考を共有している。望めば互いの記憶を読み取ることもできる」

「……()(かい)な」

「おい、テレミアは無事なんだろうな」


 モムルが低く、ドスの利いた声を発した。


「テレミアは常に私と共にいる。モムル、貴殿が望むのなら彼女を表に出そう」


 モムルは心底不快だと言わんばかりの表情を浮かべ、首を横に振った。


「……いや、いい。俺の名前を知っているのはそうか、「記憶の読み取り」か」

「ああ、その通りだ。貴殿の名も、性格も、テレミアの記憶が教えてくれる」

「そうかい。こう言うとテレミアにも伝わるんだろうが、そいつぁ気味悪いったらねえな」

「テレミアは「ごめん、慣れて」と言っているな」

「チッ」


 舌打ちを最後にモムルが言葉を発さなくなった。

 そうして生まれた少しの静寂を、ラズエイダが「身の上話をさせていただこう」という前置きで破った。


「私はアルタス国王の(めかけ)の子としてこの世に生を受けた。王位継承権を持ってこそいるがそれは名ばかりで、未来への希望など持ち得ないまま王宮で日々を過ごしていた。丁度、船団長ジャルダの末娘であるテレミアのように、だ。そして、反逆の罪で王宮を追われ、何よりも大切なはずだった仲間の命を犠牲としてここ北方海域まで逃げ延びた……辛く、後悔に満ちた記憶だ。私はテレミアが同じ轍を踏むことを望まなかった。故に、私達はここにいる」


 「テレミアはここにいる」という代わりに「私達はここにいる」と語気を強めて、ラズエイダは自分の存在を印象づけようとしたようだった。


 思うところがあったのだろう、ヘステスが冷たい目線を向けてきた。


「……ラズエイダ、と言うたか」

「ああ」

「先のおぬしの言葉からは、おぬしの意思が主人たるテレミアの意思に優先された、というように聞こえたの。それが真であるなら看過することはできぬぞ」


 それはテレミアとラズエイダの間にあるはずの身分差を問いただすものだった。

 ラズエイダは真っ直ぐにヘステスを見つめ返す。


「貴殿が看過するしないは私の関知するところではない。私とテレミアが感情までもを共有できることが彼女の判断に作用しているとしても、それでも、最後に決断を下したのはテレミア自身だ」

「……そうか」


 視線のぶつかり合いの末に、先に戦いを放棄したのはヘステスだった。


(本当にこれでいいのか?)

(うん、これでいいんだよ、私たちは一つなんだから。それに片方がへりくだるばっかなんてやりにくくて仕方ないしね)

(……だが、僕に対して彼らが抱いた印象は決して良い物ではないだろう)

(じゃあ、分かれてから改めて私も同じことを言うよ)

(頼む)


 二人は分離を願って、そしてテレミアは自分一人だけの身体を取り戻した。


 魔導で維持していた炎が消えてしまったので、代わりにラズエイダが剣を呼び出した。

 仄かな光が辺りを照らし出す。


「私に貴殿らを害する意思はない。これはただの灯りだ」


 身構えたモムルとオトに向かって小さく声をかけて、ラズエイダは隣に立つテレミアの後ろに引き下がった。


 警戒心を隠さないままにオトが近づいてきて、テレミアの身体を観察し始めた。


「あなたは……ミア?」

「私以外にこんな真っ赤な髪の人はそうそういないと思うよ」


 小さく笑いながらオトに返して、そしてテレミアは一つ息を吸った。


「さっきラズエイダが言ったことは全部ほんとのこと。私はラズエイダの思いを知って、昔の私が決めたことを覆したの。私はみんなと一緒に足掻いて、生きて、そして笑っていたい」


 昔の自分のままでは口にできなかった言葉を、真っ直ぐに伝える。


 かつて「私のために死んでくれ」と言った口で「共に生きて」と願うのは、あまりにも我儘なことだという自覚はあった。

 だから、テレミアは右手を左胸―――心臓の前に当て、そしてそっとその手を握りしめた。

 オト、モムル、ヘステスを順に見つめ、横穴に芯の通った声を響かせる。

 

「もう一度、私の仲間になってください」


 今まで生きてきた中で一番の誠意を込めた願いを紡ぐ。

 これ以上の方法がこの世界にあるとは思えなかった。


 声の反響が溶けて消えていく。

 頭にモムルの手が、胸の前で握る手にオトの両手が、それぞれ伸びてきた。

 

「もう一度もなにも、元から他人になったつもりもねえよ」

「モムルの言うとおり。私たちはこれまでも、これからも、ミアと一緒」


 ヘステスはモムルの背中で渋い表情を浮かべている。


「……これが反抗期というやつかの」

「爺さん、娘の成長は喜んでやる物だぜ」

「そう。ヘステスだってミアが来て喜んでたくせに」

「いいじゃろう、今は儂の負けにしておこう」

「勝負じゃねえだろ、おいおい」


 好きにせい、と投げやりに呟いて、ヘステスは口を挟むことを諦めたようだった。


 いつものように延々と続く小言が降ってこないということは、きっとヘステスも受け入れてくれているはずだ。


「みんな、ありがとう」


 モムルとオトが頼もしい笑みを浮かべているのが見える。

 頭と右手、そして胸の奥に感じる温もりを永遠に忘れないことを、テレミアは心に誓った。


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