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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
序章 海賊と王子
23/37

23. 多重行使

〈――〉


「『風よ我が導に従い吹き荒べ』」


 かつてのラズエイダでは放てなかったような暴力的な風をもってして、自分たちが立つ場所以外の全てを空気の圧で均す。

 ゴウ、という地鳴りのような音すら轟かせる風は、狙い通りに門の前にいた男たちを吹き飛ばし、或いは無様に地面に這いつくばらせた。


 嵐の只中にぽかりと空いた平穏の空間を、ファンエーマを先頭にして二人の侵入者が駆ける。


「聞いちゃあいたが、コイツぁひでぇ」


 目を細める双剣使いは、テレミアの予想通り、風の中で姿勢を低く保ち、正面に迫るファンエーマを見つめていた。


「―――だが、所詮は風魔導だ」


 双剣使いがファンエーマに向かって飛び出したのは、ファンエーマが槍を振りかぶったのと殆ど同時だった。


 低い姿勢のままに抜き放たれた双剣の美しい刀身が闇を切り裂き、ファンエーマの突き出した槍の穂先と衝突する。

 ギィン、と鈍い金属音が響いた次の瞬間には、双剣使いはもう一方の手に握った剣をファンエーマの身体に向けて走らせていた。


 それをファンエーマは槍を引き戻しつつ柄を使って弾き、飛びすさって間合いを取ろうとした。

 即座に双剣使いが追従する。


「細かい操作が効かないのは変わらねえよなぁ!」


 魔導の効果の調節には限界がある。

 風魔導で言えば、風を吹かせる場所の設定がその一つだ。

 余りに広範囲に風を吹かせれば術者の制御を外れてしまうし、逆に小さな範囲に限定して風を吹かせることも、風という周辺空間全体に影響を及ぼすような現象の性質上、難しい。

 今テレミアとラズエイダが行使している魔導は、「強い風を自分たちがいる場所以外に吹かせる」というような大雑把な想像を根源として持つ。多少精度を上げ、周囲から駆け寄ろうとしてくる応援の警備たちを狙って風を吹き付けるくらいのことは問題なくこなせるが、激しく動き回るファンエーマのいる場所だけを常に無風状態に保つというのは非常に困難である。


 故に、ファンエーマを中心として、決して小さくはない範囲は”安全圏”とならざるを得ない。

 男とファンエーマの間にある距離はテレミアとラズエイダにとっては短すぎた。


 風の呪縛を脱した男は、爛々と目を輝かせながら速度の増した振りで右手の剣を横に薙ぐ。


「しぃっ!」

「!」


 ファンエーマに槍で受け止められたのを支点として身体をくるりと独楽のように回した男は、左手で逆手に持った剣を突き出した。

 屈んで突きを回避したファンエーマは、低い姿勢から男の伸びた胴を払うように槍を振った。


 長い槍の攻撃範囲から逃れれば必然的に風の吹き荒れる範囲に飛び込むことになる。それを狙ったであろうファンエーマの攻撃はしかし、両の剣を揃えて槍を迎撃した男によって簡単に阻まれた。

 刀と衝突した槍の柄から木くずが宙に舞ったのが見え、即座にファンエーマの手から力が抜かれた。

 鍛冶屋に無造作に置いてあったような安物の槍では、一目見ただけでも業物と分かる双剣とは到底打ち合えないのだろう。ファンエーマはそれを理解してか、槍を振り回して金棒のように扱うよりも少しでも強度のある穂先、あるいは石突を重点的に使うような戦型に振る舞いを変えた。

 テレミアと戦ったときにも見せた素早い突きで男を圧そうとファンエーマは前に出る。

 一方男の方も自身の置かれた状況はしっかり理解しているようで、軽い身のこなしで突きをひらひらと躱しながらつかず離れずで一定の距離を保ち続ける。


 やがて、しばらく攻勢に出ていたファンエーマの槍先がくっと地面に引かれるように下がった。

 荒い息は明らかに彼女の体力が失われようとしていることを示していた。


「ソコぉ!」


 それを見計らってか、男ははじめて躱すのではなく正面から槍の突きを払い飛ばすことを選択した。

 勢いよく槍先を弾き上げられ、衝撃のためかファンエーマの右手が槍から離れた。


 隙を見逃すような男ではなかった。

 男はぐっと脚に力を込めて前向きに跳躍し、急速に刃がファンエーマの身体に迫る。


 それに対してファンエーマは、むしろ男との距離を自ら詰めることで対処せんとする。

 宙に舞っていたファンエーマの右手に、一瞬のうちに力が込められた。


 剣の間合いの更に内側へ、そして男の身体に手が届く位置へ。


「『雷よ』」

「っぐぅ!?」


 パン、と乾いた音と閃光が迸り、そして男のうめき声がそれに続いた。

 ファンエーマは左手首の反動で槍を引き戻し、力を失った男の手から剣を弾き飛ばす。


 そのまま逆手で男の胸に石突を突き出そうとした時、男が鋭く息を吸った。

 

「―――!?」


 槍の柄に、男の両手が伸びた。


 しっかと握りしめられた両手は、確かな力でファンエーマの突き出そうとした槍を捉えていた。それどころか、むしろファンエーマの方に押し戻している。


「まさか」


 ファンエーマからこぼれた声に、男は苦しみを堪えながらも、にぃっと動物的な笑みを浮かべた。

 

「いやぁ、運が良い。本当はテレミア対策で仕込んだんだが」


 仕込んだ、というのは、雷魔導の効果を抑える魔導具の類いなのだろう。


 身体を襲った雷の衝撃からだんだんと回復しつつあるのか、男とファンエーマの槍を介した押し合いは時間が経つにつれ一方的なものとなっていった。

 槍先を自分の身体に向ける形になってしまったファンエーマは思うように槍を操ることもできず、疲労も相まってじりじりと後退を続けるほかに取れる手を持たない。


 ファンエーマの顔が苦しげに歪んだのに真っ先に気付いたのは、彼女と苦楽を共にしてきたラズエイダだった。


(……まずいな)

(ちょっと!?)


 ラズエイダの意識がファンエーマに吸い寄せられたことで、二人で分担していた風の操作にほころびが生まれそうになった。

 それを辛うじてつなぎ止めたテレミアは非難の思念を叩きつけようとしたが、その前にラズエイダがファンエーマの状態を推察してテレミアと共有した。


(あのような顔のエマは見たことがない……奴隷船で過ごした数日で体力が奪われているせいだろうか)

(じゃあどうするの!?)


 全方位から絶え間なく湧き出してくるようにすら思える無数の警備の男たちを近づけないよう風を操りつつ、テレミアは必死で返事を投げつけた。


 ラズエイダは少し考え込んで、そしてあることをテレミアに伝えた。


(完全に一人で風を操れるか)

(無理、絶対無理!)

(一瞬で良い。そうだな、風の向きを弄ってやれば大半は転けてくれるだろう。そうすれば駆け寄ってくる数は大分減るはずだ。その間をお前一人で保たせて欲しい)


 ラズエイダの提案を咀嚼してそれを実行可能なものとして受け入れたテレミアは、(じゃあ)と切り返した。


(そしたらあんたはどうするの!?)


 返事は短いものだった。


(別の魔導を使う)

(……多重行使ってこと!?)


 テレミアは焦りとは違う理由で叫ぶように返した。


 多重行使とはその名の通り、複数の異なる魔導を同時に操る技を一般にこう呼ぶものである。

 魔導とは想像の具現化であるが故に、原理上は鮮明な想像を続けられる限り無限の数の魔導を同時に行使することができる。

 しかし、魔導を一つ操るに足りる想像ですら「魔導を使う」以外の行動を大幅に制限しかねないものである。魔導士という種類の人間たちが前線に出張らないのはハナから魔導の行使以外の働きを期待されていないからであって、本来テレミアやファンエーマのような魔導を近接戦闘に織り交ぜることのできる人間はそれだけでも部隊の最高戦力の一人に数えられてしかるべき存在なのだ。

 当然魔導を二つ、三つ重ねるというのは至難を極める業であり、ヘステスですらまともには使いこなすことができない。テレミアも理屈は教わって知っているが、それはあくまで知識としてであって、実践するものとしては認識してこなかった。


 ラズエイダは飄々と肯定の意思を示した。


(ああ。ここに二人居るのだから、できない道理もないだろう)

(……それは、そうかもしれないけど)

 

 テレミアとラズエイダは剣の力によって思考を共有している。

 とはいえ、あくまでもそれは「共有」に過ぎず、自我は独立して存在しているのだ。

 ならばそれぞれが主導する形で別の魔導を操ることは不自然なことではない、というのがラズエイダの主張で、それはテレミアにとっても理解のできるものだった。

 しかし、やはり成功の保障もない技を戦場で試すという、無謀とも言える行為への恐れも募る。


 煮え切らないテレミアを急かすように、ラズエイダは風の魔導に手を加え始めた。


(やるぞ。悩んでいる時間はそのままエマの負担になる)


 ラズエイダの強い意志に引きずられるように、テレミアも風が吹く軌道を思い描き始めることになった。


(ああもう、失敗したら許さないからね)

(何、死んで元々だろうさ)


 ラズエイダの乱暴な台詞が魔導の発動の引き金を引いた。

 有象無象を寄せ付けないようにテレミアたちの方から吹き出していた風の向きを、一瞬のうちにその正反対、つまり吸い寄せるような向きに切り替える。


 ラズエイダの描いたとおりに、海賊たちの殆どは力の入れ方を見失って姿勢を大きく崩すことになった。


 その時点で、ラズエイダは完全に風魔導の操作をテレミア一人に託していた。

 一瞬のうちに新たな魔導を行使する準備が進んでいく。

 それは思考を共有しているテレミアにしても、惚れ惚れするほどの鮮やかさだった。


〈――〉


 視界に浮かぶ紫色の面積が少し大きくなった。


「『飛べ氷杭』」


 詠唱と共に、二人の眼前に氷の塊が出現する。

 氷はすぐに鋭利な形を作り上げ、そしてラズエイダの想像した通りに音もなく射出された。

 あまりにも簡単に多重行使が完成してしまったことに、思わず顔に笑みが浮かぶ。それはきっと、魔導士としての常識をいとも容易く上回ったことにテレミアとラズエイダ二人がそれぞれ抱いた興奮に起因するものだった。


 ファンエーマと押し合いを続けていた男の腹を氷杭が貫く。男は目を見開き、もんどり打って崩れ落ちた。

 戦っている相手が突然倒れたファンエーマは混乱を隠せないようで、驚いて固まっている。


「走るぞエマ!」


 ラズエイダがファンエーマの肩を叩き、障害のなくなった門に向かって彼女を誘導した。


「今の魔導は!?」

「氷魔導だ、シキがよく使っていただろう!」


 再び二人で一緒になって風を吹かせながらラズエイダが答える。それはファンエーマの求めていた答えとは違っていたようで、彼女は「し、しかし主様は風魔導を」と焦ったように繋げた。

 氷魔導を使ったのが主人であったことをファンエーマが認識できていないようだと察したのはテレミアだった。


「私たちが使ったの、流れ弾とかじゃないから安心して!」

(ラズエイダ!)

(ああ!)


 求める魔導の絵を脳裏に描くことでラズエイダとの意思疎通とし、テレミアは再びの多重行使を先導した。

 今度はラズエイダが風の操作を一人で引き継ぎ、テレミアは門を死守しようと身体を無理矢理引き起こす警備の者たちに向けて氷杭を飛ばすことを意識する。


〈――〉


「『飛べ氷杭』、『飛べ氷杭』、『飛べ氷杭』!」


 三人に対して一発ずつ、一切の無駄を省いた攻撃は的確に全ての標的を撃ち抜いた。

 二人が風魔導の行使を続けながら新たに魔導を発動したことは、ファンエーマに何よりも雄弁に主人が手にした力を見せ付けた。


「多重行使……!」


 感嘆するファンエーマを横に、テレミアとラズエイダは固く閉ざされた門に触れた。

 鍵がかかっているのか、或いは内に閂が交わされているのか、力を加えても門は軽く撓むのみで開く気配がない。


 テレミアは飛び散った血しぶきを触らないようにしながら門の材質を確かめた。

 重さこそ感じるものの、ただの木製の門だ。


(斬れるな)

(うん、そうだね)


 右手に剣を呼び出して無造作に振り下ろす。

 輝く剣は容易く分厚い扉を貫き、そして少し体重をかけるとあっという間に刃が地面にめり込んだ。

 続けて横向きに二度、そして再度縦向きに筋を刻む。

 そうしてできた四角い切れ目を思い切り蹴り飛ばせば、人一人が通るには十分すぎる大穴が完成した。


「エマ、先に中に入ってくれ。私達は外の敵を削っておく」

「承知しました」


 槍を構えたファンエーマが穴の奥に消えていくのを見届けたテレミアとラズエイダは、振り返って視界に入った有象無象にありったけの攻撃を叩き込むことにした。

 三人の救出後に皆で島の外に逃げ出すに当たって、敵の数は少なければ少ないほどいい。


 ファンエーマの周辺に風を吹かせてはならないという制約は既に消え去っていて、それはつまり思うがまま乱暴に魔導をまき散らしてもよいということを意味した。


 自分たちに向かって全方位から吹き込むような風を生み出す。

 風に揉まれるばかりの男たちは殆ど抵抗することも叶わず、半ば転がるようにテレミアとラズエイダの前に身を躍らせる。


 それを一人一人斬り飛ばすだけで、簡単に死体の山が完成する。


「化け物が……!」


 最後に恨めしそうな表情を浮かべる双剣の男にとどめを刺して、それで警備の男たちは全滅した。


(化け物、ね……行こう、ラズエイダ)

(ああ)


 先に中に送り込んだファンエーマを追って穴をくぐり抜け、即座に土魔導で役目を終えた穴を塞ぎ固く門を閉ざす。


 周囲を観察すれば、ラグーダの館の玄関とも言える空間に置かれていたらしい僅かな人員は既にファンエーマによって掃除されていて、床に崩れ落ちる骸の他には牛の頭部を模した置物が寂しく佇むのみだった。この付近の防備は門前の警備隊の担当だったのだろうか。


 新鮮な血に濡れた槍を屋敷の奥に向かって構えたまま、ファンエーマは肩で荒く息をしている。

 これからの動きを説明すべく、テレミアとラズエイダは彼女の方に歩み寄りながら声をかけた。


「ファンエーマ、い―――」

「来てはなりません!」


 門に背を向けるファンエーマが、振り返ることなく鋭く叫んだ。

 直後、ファンエーマは首を守るように槍の柄を動かした。かっ、と音がして、木製の柄に深い切れ込みが入った。


 それが何らかの攻撃であるのは明らかだった。


「―――っ!」


 ようやく危機的状況を察知し、駆け出して援護に向かう最中、ファンエーマの腹が切り裂かれた。


「く、はっ」


 もう一刻の余裕もない。

 ファンエーマの身体から全方位に強く吹き出す風を生み出し、姿の見えない敵に向けた牽制とすることを想像する。


〈――〉


「『風よ』!」


 空気の逃げる先のない室内で魔導を行使したためか、風は想像していたよりも遙かに激しく吹き荒れた。

 どこかから砂袋を殴るような鈍い音と「ぐっ」という女の声がしたのを意識の片隅で捉え、そちらに顔を向ける。視線の先で突然群青の染みが生まれたかと思うと、その染みは壁と床との境目の前でぐんぐんと大きくなり蹲る人の形をとった。


「貴様ぁっ!」


 激昂したままに右手に剣を生み出して斬りかかる。

 女の手が閃いて、直後、焼けるような熱さが左足の腿に生まれた。小刀で刺されたのだと認識こそしたが、それはまるで些細なことにしか感じられなかった。テレミアもラズエイダも、その程度の痛みで鈍るような感情を抱えてなどいなかった。

 剣を突き出し、ファンエーマに傷を負わせた女の胸を穿つ。凄まじい恐怖を貼り付けた女の最期を一瞬のうちに遠い記憶の彼方に押しやり、二人はファンエーマに駆け寄った。


「エマ!」


 腰に腕を回した途端にファンエーマは身を預けるようにして崩れ落ちた。

 あらわになった身体を確かめる。彼女は腹を裂かれた他に、左腕に深い傷を負っているようだ。

 未だに彼女が強く握りしめて離さない槍をよく見れば、纏わり付く血は槍先から垂れたものではなく彼女自身の手から流れ出たものだった。

 太い血管を切られたのか、流れる血の量はおびただしく、痛みに震えるその唇は紫がかっていた。


「ああ、どうして、そんな」

「主様、敵が、溶けるように姿を消して―――」


 意識がもうろうとしているのか、既に倒れた敵の情報をファンエーマは口にする。

 

「それ以上話すな!」


 ファンエーマの身体を壁に預けさせて、傷の具合を確認する。

 幸いにも臓器は裂かれていない。


〈――〉


「『治癒の力よ、この者に溢れん』!」


 必死の思いで放った治癒魔導はすぐに淡い光と共にファンエーマの傷を満たすように収束し、桃色の真新しい組織と化して失われた肉体を置き換えた。

 しかし、血を失いすぎたか、ファンエーマはガタガタと震えるばかりでとても戦いを続けられるようには見えなかった。


 後悔の念がテレミアとラズエイダの心を満たす。

 しかし、この場で嘆く時間があるわけでもない。

 

「……エマ、おぶうぞ。苦しかったら言ってくれ」


 声をかけてファンエーマの身体を背負い込む。少しでも楽にしていられるように、槍を彼女の尻の下に横向きにあてがって支えとする。

 ごほごほと咳き込む音に続いて、背中から細い声がした。


「私を、置いていって、ください……」

「馬鹿を言うな」


 ぴしゃりとラズエイダが叩きつける。

 テレミアにもそのつもりなど微塵もなかった。


「お前一人を諦める道理がどこにある」

「……ですが、御身こそ」

「煩い。お前の耳や目や鼻はまだ頼りになるだろう、敵が潜んでいないか、助けを求める声が聞こえないか、感覚を研ぎ澄ませろ」


 納得したのか、それとも言い合うだけの気力が尽きたのか、ファンエーマはそれ以上言葉を発することはなかった。


 沈痛な面持ちでラグーダの館の廊下を進む青色の身体の中で、二つの心が後悔を交わす。


(……なんということだろうか)

(ファンエーマは死なずにすんだ、けど。これでもう、動けなくなった)

(……僕達が先に中に入るべきだった。そうしていたらこうなることは防げた。あの双剣の男以外なら、エマはいくらでも足止めできただろうに)

(私のせいだ。門の内側に手練れが待ち構えていたっておかしくないのに、そんなこと全然思わなかった)

(だが、僕にも助言をする必要があったはずだ……もう取り返しも付かないが)


 取り返しも付かない、という表現は、テレミアにある一つの事実を突きつけた。


(……あとは私たちだけか)

(そうだな)


 まだ三人を救い出してもいないのに、破滅の足音がすぐ側まで迫ってきている。

 皆に囲まれて笑顔を浮かべていられる未来が、既にその姿を霞ませているように思われた。


 それでも、テレミアが歩みを止めることはない。

 三人を救う以外にテレミアの生きる未来はないのだ。


 幸い、近くに新たな敵が迫っている気配はなかった。

 背中にファンエーマの弱々しい息づかいを感じながら、テレミアとラズエイダはラグーダの館の中を進んでいった。


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