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迷宮世界のオデュッセイア  作者: 諭吉
序章 海賊と王子
22/53

22. カライアへ

 ファンエーマを抱え空高く飛び上がり、遠くに浮かぶ海賊船団の進む向きを観察しながら、テレミアとラズエイダはおおよその針路を定めた。


 フジュロの教えてくれた魔導で空を飛べば、よほどラグーダ配下の魔道士たちが風魔導をふかしていない限りは船よりも速い。伝書鳩には勝てないにしても、少なくともラグーダ本人やその主戦力がカライアまで戻ってくるよりは早く辿り着けるだろう。


(ここからお前達の拠点までどれほどかかる?)

(船で一日半、ってくらいだったかな。私たちなら丸一日もかからずに飛べると思うけど、向こうに着くのはどんなに頑張っても夜遅くになるね)

(……そうか、それなりに遠いのだな)


 それは今のテレミアが一番聞きたくない言葉だった。


(間に合わないかも、だなんていまさら考えないでね)


 強めの命令の意図を込めて伝えると、ラズエイダは焦ったように返してきた。


(僕が言い出した以上は、そのような心ないことなど考えない……ただ)

(ただ?)


 問い返すと、ラズエイダの方から生ぬるい感情が届いた。


(それだけの時間、こんな姿のエマを抱えているとなると、その……申し訳なさが募る)


 ラズエイダの意思によって、視線がいまだたった一枚の薄手の外套で包まれたファンエーマの身体に向けられ、そして逸らされた。


(……あー、うん)


 テレミアは生理的嫌悪と同情の気持ちを半分ずつくらいの割合で抱いた。

 それはそのままラズエイダにも伝わるので、ラズエイダは(……僕にどうしろというのだ、どうしろと)と苦しげに返してきた。


(別のことを考えようよ。空を飛んでるうちは風の操作以外にすることがないのが悪いんだって、たぶん)

(何か話題をくれ、頼む)

(人任せ?)

(僕を助けると思って、なあ)

(うーん)


 必死なラズエイダのために適当な話題を考えて、テレミアは一つ訊きたいと思っていたことを思い出した。


(どうしてさ、人と話すときには”私”で、考えるときには”僕”を使うの?)


 考えを逸らす先を与えられたラズエイダから、胸をなで下ろすような安堵が伝わってきた。


(王宮で叩き込まれた作法だ。”私”で話すように矯正された。記憶を辿れば分かるだろう?)

(別に私はそれでもいいけど、そしたら一瞬でこの話題終わっちゃうよ)

(う、それは困る。あー、昔は”僕”で通していたし、このような堅苦しい話し方ではなかったんだ。それは賤民の言葉遣いだとして正された。ただどうも、頭の中には”僕”が残っていたらしい。こうしてお前と思念で会話をするようになって初めて自覚したが)

(へー。王族ってのは大変なんだね)

(大変も何も、授業のせいで頭が破裂して死ぬと本気で思った程だったな。他の兄姉達が十年かけて教わる内容を四年で詰め込んだのだから仕方の無いことではあったが)

(じゃあ次はその授業ってやつがどんななのか教えてよ。私のもらった記憶だと、授業でシキと会ったってくらいしか分からないからさ)

(成程、お前の知識に学校という概念はないのか)

(学校ってのは聞いたことはあるかも。似たようなのならカライアにもあるし)

(聞いたことはある、という程度か。分かった、先ずは学校とは何か、というところからだな―――)


 それからテレミアとラズエイダの二人は延々と互いの知識を交換して過ごした。途中からはファンエーマにも幼い頃のラズエイダの話を聞き、思いも寄らぬ一面を知ってテレミアは心の底から笑い転げた。

 死地に赴く最中とは思えない程のこの和やかな雰囲気を崩してはいけない、崩したくない、という感覚が、きっと全員の中にあった。




 日が暮れてからも月明かりとファンエーマのよく効く夜目を頼りに静かな海の上を進み続け、そして丸い月が真上に昇った頃、三人は海賊の根城が眼下に広がる場所まで辿り着いた。

 夜遅い時間ではあったが島の中心部はどこも明るく、ラグーダの館の周囲を目指して降りるのは難しそうだと判断した結果、三人は栄えている本港から島の反対側に広がる森の中に舞い降りた。


 ファンエーマが抱えられた姿勢から立ち上がるのを支えながら、テレミアとラズエイダは思念を交わし合っていた。


(本当に休憩もなしに飛べてしまったぞ。魔素切れの気配もない)

(アルタスさんが神様から授かった力って、実は剣じゃなくてこっちが本体なのかもね。どんな魔導でも使いこなせて、しかもいくらでも使い続けて良い、なんてさ。ちょっと信じられないや)

(ああ、邪なる神を斃したというのも頷ける……とはいえ、未熟な僕達がこの力を十分に使いこなせるとは思わない方が良いだろうな)

(うん。一個一個片付けていこう。まずはラグーダの館に入るところからだね)


 ファンエーマが自分の足で立ち上がったので、二人は外套を彼女の肩にしっかりとかけ直した。


「じゃあ、決めてたとおりに。街外れに武具の手直しをやってる鍛冶屋があるから、そこで槍とついでに服があれば盗んでいこう」


 盗みという言葉に少し眉を寄せつつも、よろしくお願いします、と頭を下げたファンエーマと共に、テレミアとラズエイダは森を出る方に歩を進めた。

 やがて踏みならされた小道に行き当たった後は道なりに進み、感覚の鋭敏なファンエーマが人の気配を察知したときには足音を潜めながら近くを通り過ぎる人間から隠れて、としているうちに三人は目的の鍛冶屋の近くまで辿り着いた。


〈――〉


「『忍びは霞む』」


 オトがよく使っていた気配を消す霞の術を自らに行使して、そっと作業場に忍び込む。ファンエーマに着せる作業着と修理済みの槍を一本盗み出し、更に埃を被っていた大きめの外套を見つけたので目立つ青色の身体を隠すために拝借した。術の効果は十分で、扉を一枚挟んだ先で酒を飲んでいたらしい店主は工房に一度も顔を覗かせなかった。

 何度か剣の修理を頼んだこともある顔なじみの店から持ちだした槍をファンエーマに預ける。ファンエーマは演舞のような形で槍を一通り振るってから、「……なかなか扱いやすいですね」と複雑な顔で頷いた。


「こう言うのも何だけど、私たちはこれからここの人たちに戦いを挑むんだから、その程度の悪事で心を揉んでいる暇は無いよ」

「承知しております」


 未だ納得のいっていない表情のファンエーマを前にテレミアは更に言葉を重ねようとしたが、ラズエイダがそれを止めた。


(良いではないか、エマの感覚は別に間違っていない。儀礼の作法を叩き込まれてきた人間に海賊の価値観を押しつける必要もないだろう。僕としては、世話になった店から迷いなく盗む槍を選べるお前の感覚の方が不思議だ)

(押しつけるも何も、あんたたちは一応私の奴隷なんだけど)

(関係ないだろう、そもそも僕達が奴隷として扱われること自体間違っているのだぞ)

(はいはい)


 ラズエイダの強い拒絶の意思を感じ取り、これ以上争うのは時間の無駄だと判断したテレミアは抗議を受け入れることにした。


 テレミアの”大切な家族”を助けに行こうと決めた時もそうだったが、ラズエイダは主人に対してものを言うことを躊躇わないらしい。テレミアとしてはむしろそちらの方が不思議な感覚のように思えるくらいだ。二人に対してはさして攻撃的になれない心の内を見透かされているとはいえ、テレミアがその気になれば隷属の首輪を使い命を奪わない範囲での最大限の苦痛を与えることもできるのだが。


「主様、目標の建物はどちらでしょうか」


 二人が融合した姿のときに「主様」という呼称を用いるようになったファンエーマが質問を投げかけてきて、それでテレミアは我に返った。


「……あ、えっと、あっち。できるだけ人気のない道を選ぶから付いてきて」

「かしこまりました」


 テレミアは無用な思考を頭から追い払った。

 ここは既に敵地なのだ、そんなことを考えている暇などない。




 三人は栄えている地区を避けるように息を潜めて進んだ。


 目の前に屋敷の壁がそびえるところまで辿り着いた。

 この中に足を踏み入れれば、もう一切の油断は許されない。


「行こう」


 テレミアは小さく合図を出してから霞の術を切り、そして地面に手を当てた。


〈――〉


「『土よ我が導に従え』」


 ラズエイダが学校で聞きかじった知識にあった詠唱を唱え、地面から平らに土の柱が生えるように土魔導を行使する。

 鈍い振動とともに地面が盛り上がり、二つの身体は空に向かって持ち上げられた。


 やがて壁の上から中をのぞき込めるほどの高さに達したので魔導を切り、そっと人の気配を窺う。近くには誰もいないようだと確認してから、まずファンエーマが飛び降りた。

 流石の身のこなしで音もなく着地した彼女を追って、テレミアも宙を舞った。


〈――〉


 空中で最早聞き慣れた音が響き、力が漲った。

 膝で衝撃を吸収しながら着地する。それなりの高さがあったが、さして痛みを感じることもなかった。


「月の上がってる方にある割と大きな建物、分かる?」

「はい」

「あれがラグーダの館」


 指さしながら、テレミアは館の周辺に配された警備の体制を観察した。


「……武装した人間が多く見えます。奇襲は難しいでしょうか」


 夜目の利くファンエーマが同じように館の周辺を観察し、情報を共有した。


「正面の門以外に入り口はないから、真っ向から突っ込むことになると思う。覚悟は決めておいてね」

「心得ました」


 槍を握り直したファンエーマは真剣な顔で頷いた。


 それなりに遠くにいるにも関わらず、館の周辺で焚かれている多くのかがり火の明かりが届いてきていた。

 普段はそれほど厳重な警戒は敷かれていないはずだ。

 果たして彼らは何を守ろうとしているのか、はたまた何から守ろうとしているのか。


(決まっているだろう)


 テレミアの思念をラズエイダが強く上書きした。


(オトもモムルもヘステスも、まだ生きているに違いない。まだ救い出すことができるに違いない。だからこそ、奴らはこうして過剰に僕達に怯えているのだ。……僕達はそう信じるだけだ。迷うな、テレミア)


 ラズエイダの信念には微塵のブレもなかった。

 それがなぜかは、テレミアにもよく分かっている。


(ありがとう、ラズエイダ)


 迷いを振り払う代わりにラズエイダの信念を自分のものとして受け入れて、テレミアは足を前に踏み出した。


 丈の短い草を踏みしめる二種類の軽い音が夜の闇に吸い込まれていく。

 そうやって歩を進めるうちに、テレミアとラズエイダの目でも警備の人間が識別できるようになった。


 建物の壁沿いに一定間隔ごとに焚かれたかがり火の側に一人ずつ、めいめいの武器を手にした男が立っているようだ。

 正面の門の近くには少し多くの人間がいて、双剣の男が彼らを率いているようだった。テレミアも顔を知る、ラグーダ直属の手練れだ。


 歩みを止めないまま、テレミアとラズエイダはとるべき戦略を頭の中に描き、殆ど同じ結論を得た。


「ファンエーマ」

「はい」

「私たちは魔導で道を切り開くから、あの双剣の男を相手にして欲しい。多分あいつだけは生半可な魔導ではどうにもならないから、ファンエーマの力が必要になる」

「畏まりました」


 話しているうちに、やおら男が双剣を鞘から引き抜いた。

 その動きに怪訝な顔をした周囲の手下は二言三言何かを告げられて、慌てて手に持った鐘を打ち鳴らした。


「敵襲ーッ!」


 響き渡る声が一気に空気を塗り替える。

 どうやらこちらの存在に感づかれたようだ。

 

「私たちは一対一の状況を作ることに集中するから。隙を見て助けを入れられるようならそうするけど、あまり期待はしないで」

「では、私は速やかに敵を排除し、主様の助けに向かうこととしましょう」


 ぶん、とファンエーマが槍を構えた。


「頼むね」


 最低限の返事だけで会話を止め、テレミアは既に魔導の練り上げを始めていたラズエイダに加わった。


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