20. 語らい
しばらく時間をおいてから、三人は近くの木の陰で情報の共有を始めた。
「……貴女様は、何者なのですか」
テレミアが着ていた薄手の外套に身をくるんだファンエーマが口火を切った。
「牛鬼海賊団船団長ジャルダの娘、テレミア。あんたの主人の主人」
「ラズエイダ様の主人、とは?」
「ラズエイダの奴隷契約の主人、ってこと。あんたたち二人をどこかの島に運んでた船を襲撃して、奴隷商から契約を奪い取ったの」
「……ラズエイダ様、そうなのですか?」
「ああ。確かにテレミアは私の主人だな」
ファンエーマは浮かない顔で「そうですか」と呟いた。
「でしたら、テレミア様が私の仕えるお方となるのですか?」
「んー、まあそうなるかな。普段はラズエイダの世話をしてくれればいいけど、必要なときはエマにも私の指示に従ってもらうと思う」
「……承知いたしました」
がっくりとうなだれるようにファンエーマは頷いた。
「そのだな、エマ。私達を奴隷に堕としたのはテレミアではないし、テレミアにはアルタスとの関係はない。それに、私が奴隷となったからといって、探掘送りにされるとか辱められるとか、そういうことも起こらないはずだ」
あまりにも雰囲気が暗いのを気にしてか、ラズエイダが横から口を挟んできた。
「テレミアはそういう類いの目的で私を使うことはできないだろう」
「……それはどういう意味ですか?」
ファンエーマの疑問は二人の身にさっきまで起こっていた異常事態を知らなければ尤もなもので、テレミアは苦笑いで口を開いた。
「ラズエイダって、もうある意味私なんだよね」
疑問が深まるばかりという顔のファンエーマを前に、テレミアはラズエイダに一つ提案をすることにした。
「もっかい合わさってみるのが一番わかりやすいと思うんだ」
「……そうだな、あれを口で説明するのは難しい」
「じゃあよろしく。確かあの時はお互い剣と盾を出した状態で身体がくっついたんだよね」
テレミアは盾を左腕に生み出し、続いてラズエイダの右手には剣が現れた。
「な!」
ラズエイダの剣を初めて見たファンエーマが声を上げた。
それを尻目に、テレミアは右手を伸ばしてラズエイダの左手に触れた。
意識が遠くなって、すぐに浮上する。
自意識の壁すら隔てない場所に、ラズエイダの存在を感じる。
(うん、できたね)
(もう少し心の準備をしたかったがな)
(別にいいでしょ……さてと)
ファンエーマの反応はどんなものだろうか、と彼女の方を見てみれば、
「う、そ……」
目を丸くするとはこのことだろう。
今にも目玉が顔から飛び出しそうなほどの驚きの表情を浮かべて、言葉もないようだった。
テレミアはラズエイダに交互に主導権を握りつつ話すことを提案し、すんなり受け入れられたので互いの台詞を組み立てた。
「今話してるのはテレミアで―――今話しているのはラズエイダだ―――って感じで私たちひとつになれちゃうんだよね」
元の二人の声とは全く異なる中性的な声が二人分の口調で森に響く。
お披露目はこれで十分だろうとテレミアとラズエイダは二人に分かれ、元の場所に座り直した。
「って感じ。あとは望めば記憶も共有できるみたいでさ、私はあんたの名前も知ってるし、あんたたち二人がどんな事情でサランダに辿り着いたのかも大体分かってる」
「逆に言えば、私もテレミアが抱えている事情についてはおおよそ把握している。……なんと言えば良いか。他人という気がしない」
「ほんとにね」
テレミアはラズエイダの言葉に心からの同意を返した。
ファンエーマはどうにか正気を取り戻したか、胸を押さえて一度大きく息をした。
「……やけに、ラズエイダ様はテレミア様と親しそうに話すのだな、と不思議に思っていたのです。その、失礼ながら、テレミア様は私どもの敵だと考えていましたもので。そういうことだったのですね」
「まあ、色々あったから」
「そうだな」
「で、エマはなんか聞きたいことある?」
私たち二人は大体のことは共有できているから、とファンエーマに質問を促すと、彼女は「その、どうしてテレミア様は私を「エマ」とお呼びになるのでしょうか?」とおそるおそる尋ねてきた。ほぼ初対面であるテレミアなら、略さずにファンエーマと呼ぶのが自然ではないか、という話だろう。
それもそうだ、と思ったテレミアは、試しに「ファンエーマ」と口にしてみた。
とても大きな違和感があった。
テレミアはひとつ咳をしてからラズエイダを指さした。
「あー、えっと、大体こいつのせい」
「ん? なぜだ?」
「最初に船の上で混ざったとき、「エマを助けたい」って思いに全部押し流されてから、どうにも、ん、ファンエーマ、のことが大事に思えて仕方ないんだよね」
ぽかん、とラズエイダは口を開いて唖然とし、やがて目をそらして頭を掻いた。
「……それは、なんと言えば良いか。小っ恥ずかしいのか申し訳ないのか分からないな」
「多分恥ずかしいって方が正しいと思うよ」
ともかく、とテレミアはファンエーマに向き直った。
「もし嫌なら、ファンエーマって呼ぶよ。記憶が確かなら、ラズエイダとシキとフジュロ先生以外にエマって呼ぶ人はいないんだよね。その三人が大事な人だってのは私にも分かるから」
選択を委ねると、少し考えた末に、ファンエーマは「でしたら、ファンエーマ、でお願いします」と答えた。テレミアは何度かその名前を口にしてみたが、慣れるまでには少し時間がかかりそうだった。
その過程で、テレミアは関連してあることを思いだした。
「ファンエーマさ、私の前でならラズエイダのことをイダ様って呼びなよ。別に気にしないから」
そう告げると、ファンエーマは明らかにほっとした顔をした。
「かしこまりました、そうさせて頂きます」
別の質問は、とファンエーマに尋ねると、彼女はラズエイダに「もう一度あの剣を見せて頂けますか」と願った。
すぐにラズエイダの右手に一振りの剣が現れた。
「なんと、美しい剣でしょうか」
ぽつり、とファンエーマが呟いた。
剣は金色の刀身と柄を持ち、随所に銀色の複雑で優美な模様が刻まれている。
今はどうしてかあまり強い光を放っておらず、木漏れ日のような温かさで三人のことを照らしていた。
「テレミアと初めて出会った裏路地でみた剣は、幻ではなかったのだな」
「そうだね。見間違いでなくて良かったよ」
「裏路地と仰いますと、あの?」
「そう。ファンエーマの勘違いで私とモムルが死にかけたときね」
笑いながらからかったつもりが、ファンエーマは決まりの悪そうな顔で、「その節は申し訳ございませんでした」と小さく謝罪を述べた。
とはいえ、テレミアにしてみればもうとっくのとうに過ぎた過去の話である。
どうせこれから長い付き合いになるのだから、わだかまりの芽は摘んでおくに越したこともない。
「ううん、いいよ。もう全然気にしてないから」
気にしていない、というよりは、ラズエイダの記憶を持ってしまった今、テレミアはとてもファンエーマを嫌うことができない、という方が正しいが。
「なにせ伝説の剣が宿ったんだから、まあ気絶くらいはするよ」
「伝説、とは?」
「多分二人の方が詳しいと思うけど、神様から与えられた剣でアルタスさんが悪い神様を倒した、って伝説」
「えっ?」
驚いたファンエーマは改めて剣に目をやった。
とはいえ、そこにあるのはただ光る剣だけである。
「これが、本当にかのアルタス王が振るったという、”太陽のように輝く剣”なのですか?」
「真偽の程は定かではないがな」
ファンエーマの尤もな疑問に、ラズエイダが何度か剣を振りながら答えた。
「だが、剣術があまり得意ではなかった私にも分かる。この剣は明らかにただの剣ではない。手になじむし、測ったかのように私が最も扱いやすい重さであり、なおかつ切れ味が良い。良すぎるほどだ。それだけでも伝説に謳われる剣だと言われても疑わない。極めつけに、あの摩訶不思議な力を宿しているときた。疑ってかかるより、この剣こそが伝説の剣だと信じておく方が勇気が出て良いと思うぞ」
ラズエイダが話し終えるのを待って、テレミアは自分の話を切り出すことにした。
「この剣が持ってる本当の力のことは知らなかったけど、伝説の剣の力が欲しいと思ったから、私はラズエイダのことを手に入れようとしたんだ。それでいま私達はここに揃っているって感じ。本当はこの剣の力で私の兄姉たちに立ち向かおうって思ってたんだけど、色々あって計画は崩れちゃって、これからどうしようかな、ってのがいま」
ファンエーマはなるほど、と頷き、テレミアのことを見つめた。
「すると、やはり私どもを奴隷としたのはテレミア様なのですか?」
「ああいや、違うよ。それはあんたたちを捕まえた奴隷商が勝手にやっただけ」
慌てて首を振る。
しかし、横で話を聞いていたラズエイダが口を挟んできた。
「だが、奴隷商が手を出さなくとも、元より私達を奴隷とするつもりだったのだろう?」
冷たい声だった。
ラズエイダがテレミアの記憶を持っている以上、その言葉を言いがかりだと切って捨てることはできない。
「……嘘がつけないってのは不便だね」
素直に白旗を揚げたテレミアのことを一瞥した後に、ラズエイダはファンエーマの方を向いた。
「裏路地でお前と一戦を交えた後に、テレミアは私に宿った剣のことに思い当たったらしい。それで私をどうにか手に入れようとして、配下すら切り捨てて、死にそうな思いをしながら進んできた結果がこれだ」
「配下を切り捨てた……確かに、あのボウガンの男や白髭の魔導士が見当たりませんね」
「それだけテレミアも生き残るのに必死だったのだよ。道具扱いされていたことに関しては甚だ遺憾だが、それを怒ろうとは到底思えない」
ラズエイダの言うとおり道具扱いしようとしていたまさにその当人に同情されて、テレミアはどうにも決まりが悪い気分になった。
「さて、テレミア」
そんなテレミアに対して、ラズエイダは一歩踏み込んできた。
「紆余曲折こそあったが、私は果たして、お前の計画通りお前の奴隷となったぞ。これからどうするのだ」
そのとても重要な質問に関して、テレミアの中に一応の答えはあった。
「ひとまずは海賊団の縄張りから離れて、誰にも見つからない場所を探そうと思ってる。ひたすら迷宮に潜って追っ手を問題なく撃退できるくらいの力を付けないと」
「その後は?」
そう問われて、考える。
身の安全を確保できた後に、私は何をするのだろうか。
何をしたら良いだろうか。
……ああそうだ、この広い海で、自由に生きていたいのだった。
「ええと、自分で海賊団を作ってもいいし、どこかの国を乗っ取るのも面白そう。もし興が乗ればここに戻ってきてラグーダを殺すってのもいいかも。あ、そうだアルタスの王になりたかったら手伝ってあげるよ。私の傀儡の王様にしたげる」
最初に「自分の海賊団を作る」というのを思いつくまでには少し時間がかかったが、元々の”夢”を思い出してしまえば、あとはつかえることなく明るい未来を語ることができた。
「はは、夢が大きいな」
「だって神をも斬れるって剣だからね。いくらでも夢は大きくしないと」
「そうかそうか」
屈託のない笑い声でラズエイダは応じる。
「―――で」
しかし、その瞳は微塵も笑っていなかった。
「その夢の中に、三人の姿はあるのか?」




